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泥濘(でいねい)のレクイエム ―英雄の残火と、つぎはぎの神魔―  作者: 堀吉 蔵人
第2部

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第133話:からのざのへり、まだすわらない 【三位一体の少女】

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ここ は、せき の かたち が たくさん ある。

でも せき が ない。


あさい いし。

かけた ふち。

ひくい もりあがり。

まんなか の あき。


どれ も `ここ` に みえる。

どれ も `ここじゃない` にも みえる。


それ が たすかる。


きたかげ は、きょう の へや だった。

きょう だけ の へや に する ため に、たくさん けずって、たくさん ずらして、たくさん やめて、ようやく きょう の へや に なった。

だから きょう だけ で おわれた。


でも ここ は、へや に なる まえ の ところ だ。

へや に して しまう と、たぶん こわれる。

こわれる と いう より、だれか の せき に なる。

だれか の せき に なった ら、わたしたち は そこで ひとり に なる。


それ が いや だった。


やさしいひと の ひだり は、うしろ に さがっている。

でも いなく は ない。

そこ に ある。

よぶ と き だけ、とどく ばしょ に ある。

それ が いま は ちょうどいい。


しろいはな の ひと は、みず を もっている。

でも `のんで` の かたち に は していない。

ただ まだ すてていない きょう の のこり みたい に もっている。

それ も ちょうどいい。


まっすぐなひと は、まんなか を つくらない。

くろいひと は、みない いし みたい に いる。

おと を こわしすぎない ひと は、まだ おしゃべり を こらえている。


みんな ちがう。

でも みんな、ここ を `つぎ の ただしい ばしょ` に しない ため に ちがっている。


それ が うれしい。

うれしい けれど、`ありがとう` は まだ ちがう。

`ありがとう` と いう と、たぶん ここ に ひとつ の いみ が できる。

いま は まだ、いみ より さき に からっぽ が いる。


からっぽ は こわい。

でも ひとり の せき より ずっと まし だった。


ひとり は、みぎ の あさい いし を みる。

そこ は せ の ほう を かるく もたせられる。

でも もたせる と、かたい ひと が まえ に でる。


ひとり は、ひだり の かけた ふち を みる。

そこ は つばさ を ひっかける の に ちょうどいい。

でも ひっかける と、やわらかい かぞえ が そこ に とどまりすぎる。


ひとり は、まんなか の あき を みる。

そこ は だれ の もの でも ない。

でも だれ の もの でも なさすぎて、そこ に そのまま いく と、こんど は `あき` そのもの が ただしい まんなか に なる。


だから どれ も ちがう。

どれ も すこし だけ よくて、すこし だけ だめ だった。


わたし は すこし だけ ひざ を ずらした。

つち の うすい もりあがり に のせた おもさ を、みぎ に よせる。

でも いし まで は いかない。

つばさ は ひっこめる。

でも ふち に は かけない。

て は ひざ の うえ に おく。

でも からだ を `もう ここ です` と いう かたち に は しない。


それ は すわる じゃ ない。

たつ でも ない。

のせる でも ない。


まだ すわらない すわりかた だった。


その かたち に なった とき、からだ の なか で ふたつ と ひとつ が すこし だけ しずか に なる。

そろった から しずか に なった の では ない。

まだ そろわなくて いい と わかった から、しずか に なった。


ここ は たぶん、そういう ばしょ だ。

そろえる ため の せき じゃない。

そろえなくて いい まま、つぎ に わたす ため の からっぽ。


それ なら すき かもしれない、と おもう。


すき と いって しまう と、これ も また へや に なる から、こころ の うち だけ に しておく。


やさしいひと の ひだり が、まだ そこ に ある。

でも さっき と ちがう。

まえ に `ここ に つかまって` と いっている ひだり では ない。

てんだ ら とどく。

でも てんで いない なら、ただ そこ に いる。


それ が らく だった。


だれか の て が `ある` こと と、だれか の て が `いま つかう もの` に なっていない こと は、ぜんぶ ちがう。

いま の やさしいひと の ひだり は、そこ を まちがえていない。


だから わたし は、みない。

みる と、そこ を えらびそう に なる。

えらぶ と、また ひとつ ただしい もの が できる。

だから みない。

でも `ない` とも おもわない。

そこ に ある こと だけ しっている。


しろいはな の ひと の みず も おなじ だった。

のみたい か と きかない。

くち の まえ に こない。

でも `なく して` しまわない。

だから それ も まだ ただしい もの に なっていない。


ここ は、`なく しすぎない` ところ でも ある のだ と おもう。


きたかげ は、たくさん の もの を なくしてきた。

なまえ。

まんなか。

せいかい の かたち。

のぞく め。

ちゃんと した へや の やりかた。


ここ は、そこ まで なくした あと に、こんど は `ある けれど つかわない` を ためす ところ なのかもしれない。


それ は すこし むずかしい。

ない なら さわらない だけ で いい。

でも ある と、からだ は つい そっち を おぼえよう と する。

やさしいひと の ひだり を おぼえる。

しろいはな の ひと の みず の くち を おぼえる。

あさい いし の あたたかく なりそう な かくど を おぼえる。


おぼえて しまう と、つぎ は それ を さがしてしまう。

だから ここ で は、おぼえすぎない こと が ひつよう だった。


くろいひと が、いし を にぎっている。

その いし は いま、きたかげ の ぬくさ では なく、まだ なまえ の ない うつり の ぬくさ を もっている。

それ が わかる。

だから まだ だいじょうぶ。


でも だいじょうぶ だから って、ここ を `だいじょうぶ な ばしょ` に しては だめ だった。

`だいじょうぶ だった いま` と `だいじょうぶ な ばしょ` は ちがう。

その ちがい を まちがえる と、また へや が できる。


まっすぐなひと が、いりぐち の むこう を みている。

だれか が はいってきたら とめる め。

でも だれも はいってこない なら、それ を じぶん の しごと の まんなか に しない め。


へんな おと の ひと は、くち を ひらきかけて、とじる。

その くりかえし を している。

それ が なんだか おかしくて、すこし だけ からだ が ほどける。

でも `ほどけた` と きめない よう に、わたし は すぐ ひざ の おもさ を なおした。


ここ は らく に なりすぎる の も だめ だ。

らく に なった かたち は、つぎ の ただしい かたち に なる から。


だから わたし は、らく でも つらく も ない ところ を さがす。

ちょうどいい でも ない。

ちょうどよく ない けれど、まだ いられる ところ。


それ を みつける と、からだ の なか の みっつ が また すこし だけ ばらばら の まま ならぶ。

かたい ひと は、みぎ の いし を まだ みている。

やさしい かぞえ は、ひだり の ふち を まだ きいている。

ひとり に なりたくない こころ は、まんなか の あき を まだ こわがっている。


でも その みっつ を、どこ に も ぜんぶ は のせない。

ぜんぶ のせない まま いられる の が、ここ の いい ところ なのだ と おもう。


わたし は て を ひざ から はなし、つち の うえ に そっと つけた。

つめたい。

でも きたかげ の つめたさ では ない。

かたち を きめる まえ の つめたさ。


その つめたさ の うえ に、ゆび を みっつ だけ おく。

ひとつ ずつ。

ならべない。

そろえない。

でも ばらばら に も しすぎない。


それ で ちょうど、わたしたち の いま に なる。


ことば に すると、また ことば の かたち に なる から、いわない。

でも こころ の なか では わかる。


ここ は `すわる ところ` じゃない。

ここ は `まだ すわらない で いられる ところ` だ。


それ が わかった とき、`つぎ` の くうき が すこし だけ むこう から きた。

まだ どこ へ いく か は きまっていない。

でも `ここ に とまる` より さき の くうき だ と わかる。


つぎ が ある。

でも まだ えらばない。

えらばない まま、ここ を とおる。


それ なら こわくない。

すこし だけ こわい けれど、ひとり の せき に すわらされる こわさ より は ずっと まし だった。


わたし は からだ を ほんの すこし だけ ずらす。

みぎ の いし に も いかない。

ひだり の ふち に も よりかからない。

まんなか の あき も うばわない。

その あいだ を、まだ あいだ の まま つかう。


やさしいひと の ひだり は うごかない。

しろいはな の ひと の みず も こない。

まっすぐなひと は まっすぐ な まま、でも こちら を きめつけない。

くろいひと は まだ みている。

へんな おと の ひと は、まだ がまんしている。


それ で いい。

それ なら ここ は まだ だれ の もの でも ない。


だれ の もの でも ない ところ で、わたしたち が まだ わたしたち の まま いられる。

その こと が、いま は いちばん だいじ だった。


だから わたし は ここ で きめる。


まだ すわらない。

まだ ここ を だれ の せき に もしない。

でも ここ を こわしもしない。


その ちいさい きまり は、だれ に も いわない。

だれ に も いわない まま、からだ だけ が そう する。


それ が、いちばん きまり に なりにくい と わかっている から。


からのざ は、そうして まだ から の まま だった。

でも ほんとう に からっぽ では なかった。

わたしたち が まだ ひとり に ならない ため の、ぎりぎり の あき が そこ に あった。


それ を つぶさない まま、つぎ の くうき を まつ。

たぶん いま は、それ だけ で いい。


帝国暦849年。冬。

三位一体の少女は、カイルが `空座の渡し場` で自分の `左` を新しい手すりや前提にせず、`必要な時だけ間に合う余りの手` へ引き直したあと、そこを `座る場所` ではなく `まだ座らないでいられる場所` として受け取り直す。彼女は右の浅い石、左の欠けた縁、真ん中の空きのどれも `ひとりぶんの正解` になりうると感じつつ、そのどれにも決めきらず、中間の置き方をさらに細く選び直した。そのうえで、カイルの `左`、ミナの湯、レオンの番、セトの観測、リノの拍を `あるけれど使いすぎないもの` として受け取り、`空座` を `次章の最初の部屋` にせず `まだ誰の席にもならない入口` のまま保つ側へ踏み込む。こうして局面は、`カイルもまた北影の `左の手すり` を空座の正解にせず、必要な時だけ間に合う `余りの手` として引き受け直しながら、次章の入口を誰の初期値にも決めないまま支える` 段階から、さらに `三位一体の少女自身が空座を `まだ座らないでいられる場所` として使い始め、次章の入口を器の側からも空のまま保つ` 段階へ進んだのです。

ここまでお付き合いいただきありがとうございます。ブックマーク・評価もぜひお願いします!

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