第七十二話 繋いだ手の、新しい意味
親友たちからの温かい祝福を受けた、あの日の午後。
僕と優愛の間の空気は、朝のぎこちないものから、少しだけ、くすぐったいような、でも確かなものに変わっていた。
「じゃあ、帰ろっか」
放課後、僕がそう声をかけると、優愛は「うん」と、はにかみながら頷いた。
今朝、僕が改めて「一緒に帰らないか?」なんて聞いたせいで、この当たり前だったはずの行為が、今はもう、特別な約束みたいになっていた。
二人きりの帰り道。
昨日よりも、ほんの少しだけ、僕らの歩く距離は近い。
時々、腕が触れ合うたびに、お互いの肩がびくりと揺れる。
(……手、繋ぐべきか?)
僕の頭の中は、そのことでいっぱいだった。
でも、どうやって?
なんて言って?
もし、僕の手が汗ばんでたらどうしよう。
そんなことを考えているうちに、タイミングが分からなくなってしまう。
僕が一人で葛藤していると、ふと、隣を歩いていた優愛が、何でもないことのように、僕の小指に、そっと自分の小指を絡めてきた。
「……え」
「……だめ?」
上目遣いで、不安そうに僕を見る優愛。
その表情に、僕の心臓が、大きく、そして温かく脈打った。
「だめなわけ、ないだろ」
僕は、意を決して、彼女の小さな手を、僕の手でそっと包み込むように、握った。
優愛の手は、少しだけひんやりとしていて、でも、信じられないくらい、柔らかかった。
彼女も、嬉しそうに、きゅっと僕の手を握り返してくれる。
「……なんか、変な感じ」
優愛が、繋いだ手をぷらぷらと揺らしながら、楽しそうに笑う。
「何が?」
「今まで、何度も繋いだこと、あったのにね。人混みの中とか、危ない時とか」
「……ああ」
「でも、今のは、全然、違う」
その言葉に、僕も頷く。
今までとは、全く違う。
これは、ただの「幼馴染」の手じゃない。
僕が、世界で一番、大切にしたい女の子の手だ。
僕らは、そのまま何も話さずに、ゆっくりと歩いた。
ただ、繋いだ手から伝わってくる温かさだけで、僕らの心は満たされていた。
いつもより、ずっと短く感じられた帰り道。
家の近くの角を曲がり、僕らの家の前に着く。
どちらからともなく、名残惜しそうに、そっと手を離した。
「……じゃあ、また明日」
「うん。また明日」
自分の家に入っていく彼女の背中を見送る。
一人になった途端、さっきまでの温もりが消えた右手が、なんだか少しだけ、寂しかった。
部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
天井を見上げながら、僕は繋いでいた右手を、ぎゅっと握りしめた。
まだ、彼女の柔らかさと温かさが、残っている。
恋人になるって、こういうことなのか。
一つ一つの当たり前が、全部、特別に変わっていく。
それは、僕が想像していたよりも、ずっと難しくて、照れくさくて、そして、何倍も、何十倍も、幸せなことだった。
僕は、明日の朝、また彼女と会えるのが待ち遠しくて、幸せなため息をついた。




