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面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第三章 ふたりの特別な時間
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第二十七話 ホットコーヒー

はとこ会から数日後。

また、いつも通りの朝がやってきた。


目を覚まして窓の外を見ると、淡い橙色の朝焼けが空を染めている。

制服に袖を通しながら、何気なくスマホを手に取った。

通知は特にない。

けれど、はとこたちとのグループチャットには、新しい写真が一枚投稿されていた。


流満がぬいぐるみを抱えたまま眠っている姿。

送り主は和満だ。

思わず小さく笑ってしまう。

――楽しめたんだな。

そう思いながら、スマホをポケットにしまった。


教室に入ると、いつも通りのざわめきが広がっていた。

席に腰を下ろしたとき、廊下の向こうで優愛が誰かと話しているのが目に入る。

楽しそうに笑っている。


――でも、あのときの笑顔は、僕の方を向いていた気がする。


「おはよー、溢喜」

前の席の希望が振り返り、軽く手を上げた。

「……おはよう」

「なんか、顔つき変わった?」

「え?」

「いや、なんとなく。前よりちょっと柔らかくなった感じ」


僕は苦笑した。

自分では分からないけれど、もしそう見えるなら、それも悪くない。


昼休み。

廊下の窓辺に立ち、校庭を眺めていると、優愛が隣に並んだ。

「ねえ、溢喜。今度、またみんなで集まるって話、出てるよ」

「え、もう?」

「うん。美褒が言い出したんだって。秋になったら、紅葉を見に行こうって」

「美褒、動き早いな」

「でしょ? ……でも、ちょっと楽しみかも」


優愛はそう言って、窓の外に視線を投げた。

風に揺れる木々の葉がきらめいている。

やがて昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、僕たちは並んで教室へ戻った。

その歩幅は、不思議と自然に揃っていた。


――放課後。


校門を出ると、空はすっかり夕方の色に染まっていた。

遠くから部活の声が響き、風は少しだけ涼しさを帯びている。


「ねえ、ちょっとコンビニ寄ってかない?」

優愛が僕の横に並びながら言った。

「……いいよ」


二人で歩く道は、朝とは違って静かだった。

制服のままスマホを片手に歩く今の僕らは、ランドセルを背負っていた頃より少し大人びて見える。

でも、並んで歩く距離も、話すテンポも、あの頃とあまり変わっていない気がした。


店内は外の夕暮れとは対照的に、白い光に満ちていた。

冷房の風がひやりと肌を撫でる。

僕は期間限定のレモン味の炭酸水を手に取る。

「そういえば、何買うの?」

問いかけると、優愛はしばらく棚を眺め、それからふわりと笑った。

「ホットコーヒー」


思わず心の中でツッコむ。

……まさか僕に飲ませるつもりなのか?

けれど、彼女はすぐに言葉を続けた。

「あったかいの、飲みたい」


その一言が、胸の奥に妙な熱を残す。

慌てて呼吸を整え、できるだけ平静を装った。

「じゃあ、僕がお金出すよ」

「え?」


優愛の目がぱちりと瞬き、僕を見上げる。

驚きの中に、ほんの一瞬だけ甘えた色が見えて、心拍数が上がった。

「おごる。今日の分」


言い切った僕に、優愛は頬を染め、少しだけ視線を逸らした。

「……ありがと。じゃあ、お願いしよっかな」


レジで会計を済ませ、ホットコーヒーのカップを受け取る。

僕と優愛は並んでコーヒーメーカーの前に立った。


「……こういうの、ちょっと緊張するんだよね」

優愛はカップを機械に置き、ボタンを押す。


ごぼごぼと音を立てながら、店内に香ばしい匂いが広がった。

やがて、湯気を立てて黒い液体が満ちていく。


「できた」


優愛がカップに手を伸ばした瞬間――


「っ、あつっ!」


指先がびくりと震え、身体が後ろに傾く。

「危ない!」


僕は反射的に腕を伸ばし、彼女の背中を抱きとめた。

ぐっと引き寄せた拍子に、優愛の髪が肩に触れる。かすかにシャンプーの匂いが鼻先をかすめた。

息がかかるほど近い距離に、鼓動が一気に跳ね上がる。


「……っ、ごめん。ありがと……」


優愛は頬を赤く染め、もう一度カップを持ち直した。

小さく震える指先が、どうしようもなく愛おしい。


店を出ると、夜風が火照った頬を冷ましていく。

優愛は両手でカップを包み、ふっと息を吹きかけてから一口すした。


「……あったかい」


街灯に照らされた横顔と、立ちのぼる湯気。

僕は言葉を失い、ただその姿を焼きつけた。

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