コミット 32:『騎士団長ヴァローナ見参!……って、その石頭、放っておけないんですけど!』
圧倒的な力で魔物の群れを蹂躙した騎士団。その中心で、紅蓮の長髪を汗で頬に貼りつかせながらも、鋭い金色の瞳の光を失わない女騎士が、ニーナの方へと馬を進めてきた。土煙が収まり、彼女の姿がはっきりと見えてくる。間近で見ると、その威圧感はさらに増した。
「怪我はないか、小娘」
馬上から見下ろすその声は、アルトの良く通る声だったが、どこか棘を含んでいるようにニーナには感じられた。そして「小娘」という呼び方。確かに外見はそうかもしれないが、中身はおっさんであるニーナにとって、それは少々カチンとくるものだった。
「あ、えっと、お陰様でなんとか…… あざっす。マジ、凄すぎっすね、お姉さんたちの戦いっぷり!」
つい、いつもの調子でギャル語を交えながら答えてしまうニーナ。しまった、と思ったがもう遅い。女騎士の眉間に、くっきりと皺が刻まれたのが見えた。
「……お姉さん、だと? 私は騎士団長ヴァローナ。貴様、何者だ?その奇妙な身なりと言葉遣い……まさか、あの魔物の残党ではあるまいな?」
ヴァローナと名乗った女騎士は、ニーナの頭のてっぺんから爪先までを、品定めするような、あるいは不審物を見るような目でじろりと見下ろした。露出度の高い(ように見える)服装、派手な髪色と瞳の色、そして何より聞き慣れない言葉遣い。無理もない、完全に不審者だ。
「(うわー、完全に警戒されてるじゃないか! まあ、この格好じゃ仕方ないか…… でも、魔物の残党って、いくらなんでも酷くないか?)」
ニーナは内心でため息をつく。他人の評価を気にしてしまう傾向が、チクリと胸を刺す。
「ち、違いますって! 私はニーナ。ただの旅のしがないダークエルフですって!さっきの魔物、マジでヤバかったじゃないですか? なんか、普通の魔物と動きが全然違くて…… 統率取れてるし、こっちの行動読んでくるし…… あれ、絶対なんかヤバい不具合ですよ!」
必死に弁解しながら、先ほどの魔物の異常性を訴えるニーナ。SEとしての分析眼が、あの魔物の特異性を看過できなかったのだ。あれは放置すれば、さらに広範囲に影響を及ぼす「世界の不具合」の一端である可能性が高い。
しかし、ヴァローナの表情は変わらない。むしろ、眉間の皺がさらに深くなった。
「不具合……? 何を言っているのか理解できん。魔物は魔物。知性などない。多少手強かったとはいえ、それは奴らが群れていたからに過ぎん。貴様の言うような『異常』など、私の経験則にはない」
ヴァローナの言葉は断定的だった。彼女の金色の瞳には、揺るぎない自信と、それ以外のものを受け付けないような頑なさが宿っている。まさに「石頭」という言葉がぴったりの対応だ。
「(うっわー、出たよ、経験則至上主義! こういうタイプ、前世の職場にもいたなー! 新しい技術とか提案しても、『今までこれでやってこれたんだから問題ない』の一点張りで、結局仕組みが時代遅れになって大変なことになるパターンのやつだ!)」
ニーナは内心で頭を抱えた。ヴァローナの頭の固さや筋の通らない考え方が、早くも顔を出している。
「いや、でも、あの動きは明らかに普通の獣のそれじゃ……」
「口答えをするな。私の部隊は、長年この地で魔物と戦い続けてきた。魔物の習性も、その危険度も、誰よりも熟知している。素性の知れぬ小娘の戯言に耳を貸すつもりはない」
ヴァローナはピシャリと言い放った。
その言葉に、ニーナはカッとなりかけた。確かに自分はこの世界の常識に疎いかもしれない。しかし、前世で培ってきた論理的思考と問題分析能力には自信がある。あの魔物の動きは、明らかに通常の獣や、これまでニーナが遭遇してきた魔物とは一線を画していたのだ。それを「戯言」の一言で片付けられるのは我慢ならなかった。
「(むっきー! このおっ固い頭、どうにかして改善してやりたいんだが! でも、ここで反論しても逆効果か……? 評価だだ下がりは避けたいし……)」
他人の評価を気にする傾向が、ニーナの反論を押しとどめる。
「.……分かりました。騎士団長様のおっしゃる通りかもしれませんね。私、ちょっと動転してたみたいで」
ニーナは努めて冷静に、しかし内心では不満を隠しながら、表面上は引き下がった。
ヴァローナは、ニーナの言葉にわずかに眉を動かしたが、それ以上追及するつもりはないようだった。「ふん。……いずれにせよ、この荒野は危険だ。貴様のような小娘一人がうろついていては、また魔物の餌食になるのが関の山だろう。我々は近くの駐屯地へ戻る。貴様も一時的に保護してやる。そこで身元を改めさせてもらうぞ」
「(保護って言うか、完全に監視対象じゃないか……! でも、まあ、野宿よりはマシか。それに、この騎士団長となら、色々とやり取りがありそうだな……?)」
ニーナは、ヴァローナの有無を言わせぬ態度に若干の反発を覚えつつも、現状では彼女たちに従うしかないことを理解していた。この石頭の女騎士との出会いが、ニーナの異世界での活動に新たな展開をもたらす予感が、なぜか胸の奥で疼いていた。
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