コミット 31: 『荒野で問題発生! 何この魔物、挙動が予測不能すぎでしょ!』
乾いた風が、どこまでも広がる赤茶けた荒野を吹き抜けていく。村を出て数日、ニーナは次の大きな町を目指し、寂しい街道を一人歩いていた。以前の村々を巡る旅とは違い、本格的な長旅の始まりだ。日差しは強く、時折砂塵が舞い上がり視界を遮る。背負った荷物の重みが、じわじわと肩に食い込んできていた。
「(はぁー、本当にこの世界、徒歩移動が基本とか、インフラ整備どうなってんだよ...... せめて馬車くらい定期便で走っててほしいんだが)」
内心で愚痴をこぼしながら、ニーナは水筒の水を一口飲んだ。ギャル風の軽装に見える今の服装も、実は村で手に入れた丈夫な獣皮や麻布を使い、動きやすさと最低限の防御力を考慮して自分で仕立て直したものだ。お世辞にも洒落ているとは言えないが、実用性だけは追求したつもりだった。それでも、この世界の過酷な環境での野営は、精神的にも肉体的にもかなり堪えるものがあった。特に虫。あれだけは本当に勘弁してほしい。
「(......ん?)」
不意に、肌がピリつくような嫌な感覚を覚えた。ダークエルフの鋭敏な感覚が、周囲の魔力の微細な乱れを捉えたのだ。それは、以前、家畜小屋や枯れた井戸で感じた魔力の「淀み」とはまた質の違う、もっと攻撃的で、不規則なノイズ。
「(なんだろう、このザワザワする感じ...... まるで、大量の迷惑データがネットワークに流れ込んできているみたいだ......)」
ニーナは足を止め、警戒しながら周囲を見回す。荒野は見通しが良いはずだが、妙な胸騒ぎがする。瞳を凝らすと、遠くの岩陰が陽炎のように揺らめき、そこから禍々しい紫色の光の線が、まるでノイズのように不規則に明滅しながら立ち上っているのが見えた。その光は、周囲の正常な魔力の流れを喰らい、捻じ曲げているかのようだ。
「(うわっ、アレはヤバいヤツじゃないか......! 明らかに正常な魔力の流れじゃない。完全に異常が出てる感じだ!)」
前世のSEだった頃、致命的なシステムトラブルが起きる直前に、サーバーの警告ランプが激しく点滅する光景が脳裏をよぎる。あれは、世界のシステム的な不具合が引き起こす、より深刻な現象の前兆なのではないか。この世界の根幹を揺るがすような「ラスボス級の厄介な問題」の尖兵、そんな嫌な予感がした。
その直後だった。
「グルルルルアアアアツ!」
地を揺るがすような咆哮と共に、岩陰から複数の影が躍り出てきた。オオカミの魔物だ。しかし、ただのオオカミではない。体長はニーナの背丈を優に超え、全身の毛は不気味な黒紫色に変色し、爛々と光る赤い瞳は飢餓と狂暴性に満ちている。そして何より異常なのは、その動きだった。
「(うそっ、こいつら、統率が取れているだと!?)」
通常、この世界の魔物は知性を持たず、個々の本能のままに無秩序に襲いかかってくると聞いている。しかし、目の前のオオカミ型魔物の群れ――ざっと十数匹はいるだろうか――は、明らかに組織的な動きを見せていた。数匹が先行して威嚇し、残りは左右に展開して包囲網を形成しようとしている。まるで、訓練された軍隊のようだ。
「(こいつら、明らかに通常の出現パターンじゃないぞ......! 完全にイレギュラーな動きだ!これが...... 世界の不具合の具体的な影響というわけか!? まるで、行動パターンが異常な値になって暴走しているみたいだ!)」
ニーナは咄嗟にイヤリング型のデバイス「エレメンタル・ガードナー」に意識を集中し、魔力を流し込む。イヤリングにはめ込まれた赤い魔石が、微かに熱を帯びる。今の自分の論理魔導で、この数の、しかも異常な連携を見せる魔物に対処できるだろうか。素早い。とにかく動きが尋常じゃなく速い。一瞬で間合いを詰めてくる。
「(石ころと素手じゃ無理ゲーすぎたが、今の俺なら......!)」
そう思った瞬間、先頭の一匹が猛然と突進してきた。鋭い爪が、土煙を巻き上げながら迫る。
「(くっ......! 論理魔導・限定起動!『瞬間炎壁』!)」
脳内で即座に指示を組み立て、イヤリングの火属性魔石の力を借りて、両手の前に瞬間的に炎の壁を発生させる。魔力を直接ぶつけるのではなく、魔石をトリガーにして物理現象を引き起こすのだ。炎の壁は魔物の勢いをわずかに削いだが、それでも完全に止めることはできず、衝撃波がニーナを襲う。
「(強いな! なんだこのフィジカルは!? データ上のおすすめレベルを、完全に超えているじゃないか! しかも、今の技、魔力消費効率が悪すぎる!)」
体勢を立て直す間もなく、別の方向から二匹目が襲いかかってくる。完全に死角からの攻撃。こいつら、本当に知性がない魔物なのか?まるで、経験豊富な狩人が獲物を追い詰めるような狡猾さだ。
「(ヤバい、これは、詰んだか......!?)」
冷や汗が背中を伝う。論理魔導の応用で小規模な問題解決はしてきたが、本格的な戦闘経験はゴブリン程度。このレベルの、しかも組織的な戦闘能力を持つ魔物の群れは、今のニーナにとっては絶望的な戦力差だ。世界の不具合は、こんなにも理不尽な形で牙を剥くのか。まさに解決不可能な致命的な問題に直面した気分だった。
諦めかけた、その時だった。
「――そこまでだ、穢れたる獣どもめ!」
凛とした、しかし力強い女性の声が、荒野に響き渡った。声と同時に、灼熱の風が巻き起こり、ニーナを襲おうとしていた魔物の一匹が、紅蓮の――いや、そう見えたのは剣圧が生み出す陽炎か、あるいは彼女自身の気迫が魔力を震わせたのか――とにかく尋常ならざる勢いで吹き飛ばされ、悲鳴を上げた。
「(え......?)」
ニーナが驚いて振り返ると、街道の向こうから、数騎の馬を駆る一団が砂塵を巻き上げながら猛スピードで迫ってくるのが見えた。先頭に立つのは、燃えるような紅蓮の長髪を風に靡かせ、陽光を反射して鈍く輝く軽鎧に身を包んだオーガの女性騎士。その手には、使い込まれたであろう長剣が握られている。
彼女の姿は、逆光の中でまるで伝説の勇者のように神々しく見えた。いや、それ以上に、その圧倒的な存在感と、周囲の魔力さえも従えるかのような気迫に、ニーナは息を呑んだ。
紅蓮の髪は、まるで溶岩が流れるかのように腰まで伸び、風に煽られて激しく揺れている。陽に焼けた褐色の肌は健康的で、引き締まった四肢は長年の鍛錬を物語っていた。切れ長の瞳は、獲物を射抜く猛禽のように鋭い金色で、今は目前の魔物たちを射竦めるように見据えている。鼻梁は高く、意志の強そうな一文字に結ばれた唇が、彼女の厳格な性格を伺わせた。そして、何よりも目を引くのは、その額の中心から天に向かって鋭く伸びる、一本の角だった。その角は、まるで研ぎ澄まされた剣の切っ先のように鋭く、彼女の非凡な存在感を際立たせていた。軽鎧は機能美に溢れ、身体のラインにしなやかにフィットしており、その下にある鍛え上げられた筋肉の躍動を隠しきれていない。特に、馬上でバランスを取る太腿の筋肉は、まるで鋼のようだ。
「(つ、強そう...... というか、ガチのガチな人じゃないか! しかも、あの魔力......! そこらの魔術師とは桁が違う!それに、まさかオーガの騎士がいるなんて......!)」ニーナは目を見張った。魔術師のように派手な魔力ではない。しかし、長年の鍛錬によって肉体に宿り、研ぎ澄まされた純粋な身体能力と気迫。それは、魔術とは異なる質の、しかし圧倒的な「力」を感じさせた。
女性騎士は馬を巧みに操り、魔物の群れに突入すると、長剣を一閃させた。剣先から放たれたのは魔法ではない。純粋な剣技が生み出す斬撃。しかし、その一撃は、まるで炎の刃のように魔物の一匹を捉え、断末魔の叫びと共に黒い煙へと変える。その剣技は荒々しくも洗練されており、一切の無駄がない。
「各員、散開して包囲を縮めろ! 奴らを一体たりとも逃がすな!」
女性騎士の号令一下、後に続く騎士たちが一斉に魔物の群れへと襲いかかる。彼らもまた熟練の戦士であり、統率の取れた動きで次々と魔物を屠っていく。
ニーナは、その圧巻の戦闘を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。さっきまで自分を絶望の淵に追い詰めていた凶暴な魔物たちが、まるで赤子の手をひねるように倒されていく。
「(これが......この世界の『本物』の戦い......!)」
魔物から立ち上る禍々しい紫色の光の線は、依然として不気味に明滅し、周囲の魔力を乱している。しかし、女性騎士が振るう剣の気迫、その剣筋が描く軌跡は、あたかも赤い炎が紫の闇を焼き払うかのように、魔物たちの禍々しい気を圧倒し、蹴散らしていく。それは力と技の純粋な発露であり、ニーナの知る「ロジック」とは異なる次元の戦い方だった。
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