第百七十話 空とリーシャは宿屋にて②
「リーシャはどうして、あんな状況に陥っていたの?」
「はい、実は――」
と、語り出すリーシャ。
彼女の言葉をまとめると、こんな感じだ。
リーシャはそもそも、城壁の街『エクセリオン』という場所で暮らしているようなのだ。
けれどある日、少し離れた街に所要で行くことになった。
当然、リーシャは聖女。
護衛は精鋭中の精鋭が勤めることになる――それが例の騎士団だ。
行きは何の問題なく進めたが、帰りはそうもいかなかった。
聖女を狙う魔物――魔王の配下に狙われてしまったのだ。
「ですから、勇者様は命の恩人です……助けていただき、ありがとうございます」
と、言ってくるリーシャ。
空はそんな彼女へと言う。
「えーっと、リーシャがその魔王に狙われてるのって、やっぱり――」
「はい! わたしが勇者様を見出し、共に魔王を倒すという予言を受けたからです!」
魔王というのが何者なのかはわからない。
けれど、強大な存在にリーシャが狙われているというのは理解した。
(いや、もしも僕が本当に勇者なら、今後は僕も狙われるのか……)
今後といえば、空はあと一つ気になる事があったのだ。
それは。
「そういえば、明日からはどうするの? リーシャは要人なんだよね? だったら、ここで待っていれば、いずれエクセリオンの人たちが――」
「いえ、それはできません」
と、首を振るリーシャ。
彼女は空へとさらに続けて言ってくる。
「わたしが帰らないのを不審に思えば、確かに捜索隊が編成されるはずです」
「それが何かいけないの?」
「精鋭である騎士団に守られていた……そんなわたしが行方不明になれば、捜索隊は戦力面も考えかなりの規模になるはずです」
それは当然だ。
リーシャが行方不明になったということは、騎士団に何かあったということ。
であるならば、騎士団以上の戦力を投入しなければ、意味がない。
「エクセリオンは魔王の支配領域と、人間の領域の境界に建っているんです。日夜、魔物の侵攻を押しとどめ、戦い続ける街なんです」
と、言ってくるリーシャ。
それを聞いて、空はようやく彼女の意図を理解した。
故に、空は確認の意味を込め、リーシャへと言う。
「ただでさえ精鋭が居なくなったのに、更なる戦力をエクセリオンから離脱させるのは、リスクが高すぎるってこと?」
「はい……エクセリオンの民は優しい方ばかりですから、絶対に救援部隊を編成してしまうはずです」
だがそれはまずい。
であるならば、空とリーシャが明日からすることは決まりきっている。
「じゃあ、二人でエクセリオンに向かおう」
「っ……はい! ですが、その……まだお話していない事が」
と、おずおず言ってくるリーシャ。
彼女は空へと言葉を続けてくる。
「エクセリオンへ行くには、地下街道を通るのですが……そこは近年、魔物の巣窟になっているんです」
「でも、ある程度の強さの魔物なら、僕だけでも――」
「いえ、強さではなく、数が問題なのです。騎士様たちは数と連携があったので、無事に抜けられましたが……あれを一人でとなると」
と、リーシャは地下街道の様子を思い出しているに違いない。
彼女は「そこでわたしに考えがあります」と、空へと言ってくるのだった。
「伝承の通りなら、勇者様は親密な者に力を与えられると言います……そして、その親密な者は、いついかなる時も勇者様の傍に居ると――そんな人物をご存知ありませんか?」