プロローグ
「壁が破られた……! 敵襲だ! 敵襲だぞ!」
栄光たる日々というものは然るべくして、その実像を訝しい代物へと変質させるものだ。
確かに渇望する限り、夢は夢自身に浸らせることを拒みやしないだろう。いや、実際しなかったんだもんな。
いつまでも、お前を掴んで離さない。都合のいい物語の只中に、無責任だと知りもせずに誘ってくる。
だが夢というものは、終幕があるからこそ夢なんだ。
夢がお前を許しても、それ自体が耐えきれず、期せずして瓦解していく。
底の破れた砂時計のように、曇ったガラスを砂がかち割って、向こう側の現実を嫌でも見せてくる。
「くっそ! くそくそくそ! アーサーだ! 『英雄』だ! 突っ込んできやがった!」
「おい城塞を魔法で固めろ!!」
「やめろ魔力の無駄だ!! あいつ相手じゃ石壁なんざ役に立たねぇ!」
あの日々は楽しかったか? 『アーサー』。
楽しかったと宣うのなら、それは大嘘をかましてきたもんだ。
仮に自分のことが分かっていなかっただけなのだとしても、滑稽で実に腹立たしい。
お前があの狂乱の最中、覚えたのは『満足感』そのものでしかないだろう?
中身のない自分への充足でしかなかったろう?
「ぁあああああああっっっっ――――!!」
「――っっ!! レヴがやられた!!」
「聖剣を振るわせるな!! 誰か拘束しろ一瞬でいい!!」
「無理だ! 近づけば焼き払われる!!」
「『絶技』は!? この中で拘束型のを持ったや――――」
「――ルートベルトーォ!!」
そうさ、お前はいつだって空っぽだ。
中身を誰かに、何かで詰め込んでもらわないと、自分が誰かも分かりやしない。
こうやって武力を振りかざして、賞賛や憧憬をその身に受けても、心は依然満たされない。
満たされたフリならできるだろう。そしてそれは自分に向けたものだ。滑稽極まれりだな。
だから大切なものを失うんだ。お前の傲慢が殺すんだ。
お前の旅路や信念は全て無駄だった。
結局お前は誰のことも見てやしない。自分のことしか見えていない。
「あんなんどうやって……!!」
「地平線まで伸びてやがる……! 気軽に打てていい一撃じゃないぞ!!」
「ジャクソン!! 『人斬り火車』を確認した! ぶち当てて逃げよう!」
「馬鹿!! あいつがそんな大人しく誘導されると思うか!」
感情に意味を見出せない。
行動に意味を見出せない。
存在に意味を見出せない。
この世界に、自分を見出せない。
すべてが理屈抜きの感情論、理想論だ。
そう、そうさ。
お前の中身は、どこまでも空っぽだ。
「おい逃げるぞ!! 瞬間移動だ!! 魔法陣展開しろ!」
「アーサーがいるんだぞ! 上手くいくわけが――」
「じゃあどうやって逃げるってんだ! ほかに方法は――」
「――――」
「聞いてるのか!? 返事をしろ! あぁ!?」
「お、おいあれ……光が、上まで伸び……」
「――――あぁ」
まぁ、せいぜい浸っておけばいい。
泡沫の夢はお前を歓迎する。
英雄らしくあれ。英雄が如くあれ。
厄介にも、その茶番劇に富んだ理想には――――
「ふざけるなよッッ――!!
くそがぁぁぁぁぁぁああああ!!」
――お前を勘違いさせてしまうだけの力なら、確かに宿っているんだから。
―――――――――――――――――――――――
土に汚れた手のひらを、呆然と見つめる男がいる。
ジャガイモ畑のど真ん中で、かつての夢、その熱を思い出す。
そんな一人の青年がいる。
曇りがちなこの国に反して、グラストンベリーの青空はどこか、えもいえぬ哀愁を纏っていた。
秋の残照が、青年の影を細く長く伸ばしている。その色はいつもよりも濃く、重い。
顎を伝ったゆたけき汗が、土を濡らす。
紺青の瞳はそれを捉えない。かつての相棒が握られていたその右手に、何かを見出そうと瞼を動かす。
だが慈悲なき現実、哀れな自己しか投射されることはなく。
青年は大きくため息をつき、どこまでも雄大な空を見上げる。
「……疲れたな、ほんと」
それは『MMS』が国連によって禁止され、三年の月日が経ったある晩秋の一日。
淡くも香しい夢へと浸るには、絶好の時節であった。




