少し修羅場の予感が……
「ゲーム研究部はけっこうゆるい部活で、研究内容がゲームに関係していれば何でもいいんだ」
瞳が説明を始めた。この流れはこれまでに何度も経験しており、すっかり手慣れたものだった。
(でも、結局みんな残ってくれないんだよな……)
「ゲームに関係していれば?」
弥紗が首をかしげ、あまり要領がわからないそうに聞く。
「例えば、三年の田中先輩はゲーム音楽を研究してるし、高野先輩はハードウェア専門。ほら、これ全部先輩が部に残していったんだ」
瞳はテレビの横に並べられたゲーム機を指さした。
「わあ……ッ!」
弥紗の瞳が輝く。彼女の家には新しい機種が数台あるだけで、ここに置いてある古い機種は、初めて触れるものばかりだった。
その反応がかつての絢音とまったく同じで、瞳は思わず微笑んだ。絢音の表情も、少し照れくさそうに和らいでいた。
「部の唯一の条件は、学期ごとに少なくとも一つ、ゲームに関連した研究を発表すること。はい、こっち、過去の会誌を見れば参考になるかも」
瞳は弥紗を社誌が並んでいる棚へ案内した。弥紗は最新号を手に取り、ざっとページをめくる。
「ん?これは……」
手を止めて、真剣に読み始めた。
「兄さんの新作ゲーム!?」
「うん、制作過程や細かいところを書いておいたんだ」
「これ、いくらですか?売ってください!」
弥紗は深々と頭を下げ、懇願するような顔をした。
「大げさすぎ、予備があるから、欲しいならどうぞ」
もともと文化祭用に刷った分なので、瞳はすぐに承諾した。
「はい、これ」
瞳は箱から新しい一冊を取り出し、弥紗に手渡す。
「ありがとうございます!」
宝物を手に入れたように大切そうに抱え、すぐに鞄へしまい込んだ。
「えっと……どこまで話したっけ?そうそう、学期ごとに研究を一つ出して文化祭で発表する。それ以外は特に制限なし」
「けっこう良さそうですね。あ、そうだ、兄さん。この部って、兄さんと琉璃先輩二人だけなんですか?」
弥紗は何気ないふりをして尋ねたが、実はとても気になっていた。
「その名前、学校で呼ぶのはやめたほうがいいよ。ちょっと危ないから」
瞳は声を荒げることなく、穏やかに諭すように言った。
自分はただのゲーム制作者にすぎない。
けれど、絢音や結衣――Vtuberとして活動する二人にとっては事情が違う。
彼女たちの立場は、ほとんどアイドルに近い。もし正体が露見してしまえば、どんなトラブルに巻き込まれるか分からないのだ。
「あ……ごめんなさい」
弥紗は反射的に口を押さえ、気まずそうに目を伏せた。
頬がほんのり赤く染まっているのを見て、絢音は首を振って気にしていないと示し、自己紹介する。
「大丈夫よ、私は清水絢音。よろしくね」
「西村弥紗です。よろしくお願いします、清水先輩」
「こちらこそ、西村さん」
「はは」
「ふふふ」
二人は視線を交わし、笑みを浮かべた。
瞳はその様子を横目で見ながら、なぜか二人の間に火花が散っているように感じてしまった。
「さっきの質問だけど、三年生の先輩たちのほかに、最近入った二年生が一人いる。ただ、ほとんど顔を出さないから幽霊部員みたいなものかな」
その二年生は隣のクラスの男子で、顔を出すことはほとんどなく、来ても一人で黙々と作業しているだけだった。
「そうなんですか」
「まあ、だいたいそんな感じ。だから、そんなに早く決めてほしくない。もしかしたら、もっと合う部活があるかもしれないし……」
「いいえ、ぜひ入部させてください!」
弥紗ははっきりと答えた。
「わかった。はい、これが入部届」
瞳は引き出しから申込用紙を取り出し、弥紗に手渡した。
「ありがとうございます」
「でも、ちょっとうるさいかもしれないけど、他の部も見学してから決めたほうがいいと思うよ。勘違いしないでね、入部を拒否するわけじゃないんだ」
結衣の友人だからこそ、瞳はあえて忠告を添えた。
「経験は多いほうがいいしね」
「はい、わかりました」
弥紗は不満を見せることなく、素直に受け止めた。
「じゃあ、兄さん。今日はもう帰ります」
「うん、気をつけてね」
弥紗を見送った後、絢音がからかうように寄ってきた。
「嬉しい?あんなに可愛い後輩に好かれて」
「からかわないでよ」
瞳は苦笑する。
「だって、あなたに会った途端に入部決めちゃったんだよ?」
「まあ、多少は俺の影響もあるかもしれないけど……単純にゲームが好きなんだと思うよ。絢音みたいに」
瞳は自分が入部の動機の一つであることを否定しなかったが、VTuberでもある弥紗がゲーム好きなのは当然だとも思っていた。
「それもそうね」
納得した絢音は、当時あれほど多くのゲーム機を目にした時の気持ちを思い出し、思わず微笑んだ。
「さて、そろそろ帰ろうか」
「うん」
荷物を片づけ、部室の窓や扉をきちんと施錠してから、瞳と絢音は並んで歩き出した。
「今日、うちに来ない?」
絢音がごく自然に問いかける。
「今日か……いいよ」
瞳は予定を思い返し、あっさりと承諾した。
「ほんとお?やった!行こう、早く行こう」
夕暮れの街に、二人の影が楽しげに並んで伸びていった。
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