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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
八作目『記憶墜落(メモリーフォール)』

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【絢音】病気でも、ゲームをしたい



視界がぼやけ、頭の奥がずきずきと痛む。喉の奥が焼けるように熱く、息をするたびに胸が軋む。


「……げほっ、げほっ」

絢音は頭を振り、ベッドの上で上体を起こした。体が少し重い。


「……あー、あー……うん、大丈夫。まだいける」

声が少し掠れていたが、それほどひどくはない。

本来ならこんな日はゆっくり休むところだが、今日だけは違った。

今日は――瞳の新作ゲームの発売日だ。


約束したわけではない。

けれど、最初の作品以来、瞳のゲームが出るたびに、絢音はできる限り初日に配信するようにしていた。


幼なじみの顔を思い浮かべると、自然と口元がゆるむ。

「バレたら、また怒られるんだろうな……」


スポーツドリンクを準備して、絢音はいつものようにパソコンチェアに腰を下ろす。

ただ、それだけの動作が、今日はやけに重く感じられた。


パソコンの電源を入れ、深呼吸を数回。


「よしっ」

彼女は配信ボタンを押した。

「みんな~、こんるり~! 鈴宮瑠璃です!」


:こんるり~

:こんばんは~

:なんか今日、元気なさそう?


「ちょっと風邪気味だけど、心配しないで。大丈夫だから」


絢音は明るく笑いながらゲームを紹介する。

画面には銀色に輝く巨大な機械。パイプのラインが青い光を放ち、機械の表面を走っていた。


「今日プレイするのは、みんなおなじみ“瞳中の景”の新作――【記憶墜落メモリーフォール】です!」


:待ってました新作!

:お大事に!

:これ、SF系かな?


「うん、楽しみだね。SF……たぶん、そんな感じかも?」

絢音がスタートボタンを押すと、まず作者のロゴが表示された。

おなじみの淡い黄色のシベリアンキャットのシンボルが現れ、それだけで少し安心した気持ちになる。


次の瞬間、真っ白な部屋が映し出された。

中央には銀色の巨大な機械。青い光が脈動するパイプが全体を走っている――まさにタイトル画面で見たものだ。


横には透明な培養カプセルのようなものがあり、中には人が浮かんでいる。だが顔までは見えない。

機械の前にはスーツ姿の男性が立ち、右手に灰色のノートを持っていた。

全体のグラフィックは、絢音の好きなドット絵風。


「ノート? 時代設定と合ってない気がするけど……」


:せめてタブレットじゃない?

:まさかの手書き!?


 スピーカーから女性の声が流れる。

「Y、何か違和感はありますか?」


「スタッフかな? Yって主人公のコードネーム?」

 絢音は首をかしげながら画面を見つめた。


「問題ない。すべて正常だ」

 Yと呼ばれた男が淡々と答える。


「手にしているノートを開いてください」


 Yがノートを開くと、そこにはいくつかの文章が記されていた。


ノートは任務を示します。必ず達成してください。


任務を完了するたび、記憶世界は崩壊し、より深い層へと墜ちていきます。


誰かに成りきってはいけません。あなたはあなた自身です。


世界を救うために、必ず答えを見つけ出してください。


「ふむ……なるほど?」

 絢音は少し眉をひそめながら読み上げる。


:つまり記憶潜行系?

:これ映画で見たことあるかも!


「ノートの内容は随時更新されます。必ず確認してください」

「了解」


「随時更新? ってことは、途中で内容が変わるのかな?」

 絢音は少し驚いたように目を瞬かせた。


「では――準備はいいですか?」

「問題ない。いつでも」

「それでは、目の前のボタンを押してください。幸運を祈ります」


 Yがボタンを押した瞬間、世界がぐるりと回転し始めた。


 絢音はその間にミュートを押し、こっそり咳をする。

 水を一口飲み、喉の痛みを和らげた。


 再び画面を見上げると、そこは暗くて古びた土壁の家。

 Yが手を見ると、それは小さく幼い――まるで子供の手だった。

 鏡の前に立つと、映っていたのは黒髪の少年。


「これが“あの方”の記憶……? ここはどこだ?」

 Yが小声でつぶやく。

「この建築様式……文献で見たことがある。地方の農村か」


:異世界転生かなw

:子供になった!?

:“あの方”って誰?


「そうだ、ノートだ」

Yは思い出したように指示を確認する。


【Qキーでノートを開く】


絢音がQを押すと、画面右上にノートが表示された。


1.望遠鏡を見つけろ


「内容が変わってる……望遠鏡?」

絢音は少年を操作して部屋を探索する。

壊れた機械や謎のパーツが並ぶ室内は古びているが、不思議と整然としていた。


やがて、少年は引き出しの中から古びた望遠鏡を発見した。

ノートの一行目がスッと横線が引かれた。


「よし、いい感じ!」

絢音が嬉しそうに声を上げる。


続いてノートに新たなミッションが現れた。


2.星を見るのに最適な場所を探せ


「確かに、望遠鏡といえば星だもんね」

絢音がうなずく。


少年は望遠鏡を抱え、家族に気づかれないように家を抜け出した。

外は田舎の風景が広がり、少年は暗闇の中、遠くの森へと向かって歩き出した。


「みんな、夜にこっそり家を抜け出したことある?」

絢音が笑いながら問いかける。


:社会人になってからはしょっちゅうw

:ないです

:一度だけある!


ぼんやりした頭の中で、絢音はふと昔の思い出を思い出す。


「私ね、小さい頃に一度だけ、こっそり外に出たことあるの。友達と一緒に、ホタルを探しに行ったんだ」


それは小学生の頃。

今でも鮮明に覚えている、瞳とこっそり約束して、蛍を探しに行ったあの夜。

胸が高鳴り、不安と期待が入り混じっていた。


:意外!

:大胆だなぁ

:蛍を見つかった?


「ううん、蛍は見つからなかった。カエルと虫はたくさんいたけどね。しかも帰ったら親に見つかって、こっぴどく叱られたんだ」

絢音は苦笑しながら首を振る。

今となっては、その叱られた記憶さえも懐かしく感じる。


:かわいそうw

:あらら


画面では、少年が森の中の空き地にたどり着いていた。

中央には切り株。少年はそこに望遠鏡を立て、夜空を見上げる。


「……あ、流れ星!」

少年が小さな声で歓声を上げた。

その瞬間、遠くから轟音が響く。


ノートに書かれていた二つ目のミッションも、サッと線が引かれて消された。


3.自分の部屋に戻れ


「いいなぁ……でも、先の音はなんだ?」

絢音が憧れるように呟いた。



少年は小道をたどって戻ろうとしたが、村がどういうわけか異様にまぶしく光っているのに気づいた。


「え……?」



村は激しく燃えていた。


少年はその場に立ち尽くし、前方の光景を見つめた。



炎が全てを呑み込み、崩壊し、世界が沈んでいく。


そして、落下する。



もっと深い記憶の奥へと、


墜ちていく。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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