いつもの夜に
瞳が家に帰ると、制服のままソファに寝転び、アイスを食べながらテレビを見ている妹の姿が目に入った。
「あ、お兄ちゃん。おかえり〜」
瞳の帰りに気づいた結衣は、もう片方の手をひらひらと振って挨拶した。
「ただいま。アイス食べてるのか?」
ちょうど季節の変わり目で、瞳のクラスでも風邪をひく人が増えてきている。
中には熱を出して休んでいる生徒もいるほどだ。
「最近、風邪が流行ってるみたいだから、体調には気をつけろよ」
少しおせっかいかとも思ったが、瞳はつい声をかけてしまう。
「は〜い」
結衣は素直に返事をした。
(よかった……結衣にはまだ反抗期が来てないみたいだ)
反抗期が来たら、瞳はたぶん立ち直れないかもしれない。
「お兄ちゃん、また変なこと考えてたでしょ? 顔が怖いよ」
結衣がじとっとした目で見てため息をつく。
この兄は基本的には良い人なのだが、ときどき妄想癖があるのが玉にキズだ。
「いや、なんでもないよ。それじゃあ、部屋に戻るよ」
瞳はゲーム制作を再開するために自室へ向かった。
「ばいば〜い」
結衣は軽く手を振り、再びテレビに視線を戻した。
部屋に戻った瞳はパソコンを起動し、ゲームのシナリオ作りを再開する。
しばらくして、画面に【鈴宮瑠璃が配信を開始しました】という通知が表示され、瞳は思わずクリックした。
今日は雑談配信のようだ。
絢音が日常のことを話している。知っている話もあれば、初めて聞く話もある。
「そういえば、ちょっとお知らせがあるんだ」
画面の中で、白いワンピースを着た少女の腰まで届くミルク色の髪が、ふわりと揺れた。
「少し私用でね、これからしばらく配信の頻度が下がるかもしれません。でも心配しないで。落ち着いたらまた元通りに戻るから」
:結婚!?
:出産おめでとう~
:体調でも悪いの?
コメント欄がざわつき、みんなが好き勝手に予想を始めた。
瞳には、それが進学準備のためだと分かっている。
けれど、視聴者たちの的外れな憶測を見ていると、なんだか可笑しくもあり、何とも言えない気持ちがあった。
「結婚? ないない。出産なんてもっとないよ! 私にはまだまだ遠い話よ。
それに、体調の心配もいらないよ。今すっごく元気だし、体も絶好調!」
その言葉に、瞳は苦笑しながら首を振った。
ここ数年は落ち着いているが、以前の絢音は季節の変わり目になると、よく体調を崩していたのだ。
「今年こそは、本当に健康で過ごせるといいけどな」
絢音の弱々しい姿を思い出すと、胸が締めつけられるような気がした。
そう思いながらも、配信を聞き流しつつ、瞳の指はキーボードの上で軽快に動き続けていた。
「“記憶潜行”がテーマなんだし、もっと章を増やさないとな」
瞳の構想では、一つの記憶が一つのステージになる。
それぞれ独自の仕掛けや謎解き、そして物語を持つ――そういう構成だ。
作業量はかなりのものになる。
細かい部分やシステム面は七夜夢スタジオに任せられるとしても、
メインストーリーだけは、自分の手で仕上げたい。
全体の枠組みはすでに固まりつつある。
だが、具体的にどんな記憶を使い、どんなドラマを描くのか――そこがまだ課題だった。
「絢音も頑張ってるんだ。俺も負けてられないな」
画面の中で、満面の笑みを浮かべる少女を見上げながら、瞳は静かに決意を固める。
モニターの光が静かに瞳の顔を照らす。
そしてその瞬間、彼の指は、より軽やかに、より力強くキーボードを走り始めた。
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