進路と新しいゲーム
高校に入ってからというもの、これはもう、日常の光景といっていい。
瞳はパソコン用の椅子に座り、ベッドに横たわる少女のほうを向いていた。
「瞳、進路はもう決めたの?」
ショートパンツに映画のTシャツ姿の絢音が、瞳の枕を抱きしめながら興味深そうに尋ねる。
もう長い付き合いなのに、自分の枕に絢音の香りが染みついているのにはどうしても慣れない。
だが、抵抗するのはすでに諦めた瞳は、少し考えてから口を開いた。
「大学か……永新芸術大学を受けようと思ってる」
「晴香先輩が通ってるところだよね? あそこ、結構レベル高かったっけ?」
絢音が少し眉を寄せる。永新は、彼女にとっては難関校の部類だ。
「仕方ないよ。一番有名なゲームアートの学科は永新だし。ちょっと難しいけど、挑戦するしかないね」
瞳はうなずいた。大学ではもっと美術関連の知識を学ぶつもりでいる。
「じゃあ、絢音は?」
同じ大学に行くために、絢音はぎゅっと拳を握りしめた。
「私も頑張る!」
「絢音はどの学科を目指してるの?」
瞳が不思議そうに尋ねる。絢音は絵を描くのが好きだが、それはあくまで趣味の範囲だ。
「声優関係の勉強がしたいなって思ってる。永新、最近そのコースできたんだよ」
絢音は答えた。
絢音はいまVTuberとして活動していて、天川社の主力商品はグッズとボイス販売。
演技力を磨けば、仕事にも役立つ。
それに――恥ずかしくて本人には言えないけれど、瞳の作るゲームでもっと声を当ててみたい。
「そうなんだ。じゃあ一緒に頑張ろう」
瞳は穏やかに笑った。
「うん!」
絢音は元気よくうなずき、右目をウィンクさせておどけてみせる。
「勉強でわかんないとこあったら、瞳に聞くからね?」
「全部わかるとは限らないけど……」
瞳は苦笑しつつも、絢音の顔を見て頷いた。
「わかった、任せて」
「やった、ありがと瞳!」
絢音は嬉しそうに笑い、半回転して仰向けになると、天井を見上げたまましばらく沈黙してから言った。
「ねぇ」
「ん?」
「三年生になったし、これから瞳は勉強に集中する? それともゲーム作りも続けるの?」
その問いに、瞳は腕を組んで少し考え、ようやく答えを出した。
「たぶん続けると思う。規模はちょっと小さくするけど」
瞳にとって、ゲーム作りは息抜きのようなものだった。
「そっか。じゃあ、次の新作、楽しみにしてるね」
「はは、まだ何作るか全然決まってないけどね」
絢音にそう言われ、瞳はふと思い立って、自分の“アイデアノート”を開いた。
何か使えそうなネタがないか探し始める。
絢音も気になったようで、身を起こしてノートを覗き込む。
「これどう? ホラー映画でよくあるじゃない?振り向いたら猫だった、みたいなやつ」
瞳は右手に持ったペンで、ノートの一行を指し示す。
「あるある。しかもそのあと安心したところで、今度は本物の幽霊が出てくるっていう、二段構えのやつ!」
ホラーの話題になると、絢音のテンションは一気に上がった。
「そうそう、だからさ、いっそ“猫が幽霊”って設定にしてみたらどうかなって」
瞳は以前、猫の復讐をテーマにした作品を構想しており、その延長だった。
「かわいい猫ちゃんを幽霊に!? ダメダメ、絶対ダメ!」
絢音は全力で首を振った。どうしても猫が怖い役をするのは耐えられないらしい。
その反応を見て、瞳は苦笑しながらページをめくる。
「じゃあ……あ、これ。絢音、前に一緒に観たあの映画覚えてる? “記憶潜行”のやつ」
ノートを見ながら、瞳は思い出した。あのアイデアは、あの映画を観たときに浮かんだものだった。
「覚えてるよ。あれ、すごく面白かったね」
絢音がうなずく。
瞳はあのときの衝撃を、今でも鮮明に覚えていた。
「こんなにすごいコンセプト、ゲームにしないともったいない」――そう思った。
だが、調べてみると、夢や記憶潜行をテーマにした作品はすでにいくつも存在していた。
「それなら、自分なりの“記憶探索”を作ってみてもいいんじゃないか?」
それが、瞳が出したひとつの結論だった。
「記憶に関する話。記憶の中の真実を探る……」
まず、記憶を探索するには明確な目的が必要だ。
誰の記憶を探索するのか? 何のために?
瞳はPCのメモ帳を開き、タイピングを始めた。
「世紀の天才を設定しよう。そんな人物の記憶なら、きっと面白い」
その人物の記憶をなぜ探索するのか?
「もちろん、それに見合う理由が必要だ。世界を救うため? 少し陳腐だけど、王道ってのは使いやすい」
つまり、この物語は「世界を救うために、世紀の天才の記憶を探索する」話になる。
天才の人生を追体験し、世界を救う鍵を見つける。
物語には起承転結が必要だ。まずは人を惹きつける冒頭から。
「主人公は任務のために、重病で昏睡状態の博士の記憶に潜入する特務エージェント」
その導入部分で、すでに異常が発生する。
寂れた部屋で主人公が目を覚ます。目の前には一冊のノート。
頭は真っ白で、自分が誰なのか、なぜここにいるのかも分からない。
「そう、主人公は記憶喪失なんだ」
ノートを開くと、プレイヤーを惹き込むようなメッセージが書いてある。
「何を書こう……? 『私はXXX。世界を救うためにXXXを見つけなければならない』。XXXの部分は塗りつぶして秘密にしよう。そして一番大事な一行、『自分が誰なのか、絶対に忘れるな』」
この最後の一文は、急いで書かれたような、不揃いで歪んだ文字で。
「この時点でプレイヤーは混乱するよね。『自分って誰? 何をすればいいの? 説明一切ないじゃん!』」
瞳の口元がにやりと歪む。
「そして、あるイベントがプレイヤーを探索へと駆り立てる」
瞳の中では、もう全体構造が見えていた。
主人公は記憶を辿りながら、ある何かを探していく。記憶ごとに謎解きと任務が用意されている。
「つまり、多層的な記憶構造。ひとつの記憶を突破すると次の記憶へ。“私はXXX”の部分は、毎回違っていても面白いかもしれない」
ここで瞳はメモに注釈を書き入れた。まだどう処理するか決めていない。
「BGMは全部フリー素材でいいや。ボイスもナシ。今回の物語には、たぶん必要ないし」
前回の開発で費用がかかった部分を大胆に削除する。
「全体は2Dドット絵スタイルでいこう」
何作も作ってきたおかげで、瞳はこのスタイルに慣れていた。
そして何より、工数を削減できるし、技術的な問題も回避しやすい。
「ステージは多すぎずに……うーん、まずは7つくらい? それにマルチエンディングにしよう」
瞳は考えながら、キーボードを打ち込んでいく。
一歩一歩、新しいゲーム企画が形になっていく。
絢音は頬杖をつき、カタカタと響くキーボードの音を子守歌のように聞いていた。
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