【大学編】この部屋、なんか……変
結衣が近いうちにこちらへ来る、という連絡を受けて。
週に二、三回は掃除しているとはいえ、瞳は念のため部屋を少し整えることにした。
「……ん?」
瞳は部屋を見回して、まず目に入ったのは棚に置かれたピンク色のマグカップ。
可愛らしい猫のイラストまで描かれている。
「絢音のカップだ。でもマグカップくらいなら……普段使いにも便利だしな」
瞳は小さく頷き、特に問題はないと自分に言い聞かせた。
続いて視線を向けた先――
リビングの隅、サンドバッグの横には、やや小さめのボクシンググローブが置かれている。
「はは……このサンドバッグ、絢音のほうが俺より使ってるかも」
そう考えれば、絢音専用のグローブが置いてあっても不自然ではない。
だが。
ソファの上に並べられた、猫とサメの抱き枕を見た瞬間、
瞳はようやく違和感に気づいた。
「……待てよ。絢音の物、ちょっと多くないか?」
気づけば、部屋のあちこちが絢音の存在を主張していた。
改めて確認してみると、さらに驚くことになる。
キャットフードのおやつまで置いてあるのだ。
「あ、そうだ……ムムが勝手に食べないように、って言ってたな」
ようやく理由を思い出し、納得する。
「まあ……長い付き合いだしな。これが幼なじみってやつか」
普通なら、ここまで私物が置いてあれば、誰だって恋人関係を疑う。
だが、自分と絢音の場合は少し事情が違う。
十年以上の付き合いで、今は隣人同士。
少し物を預かるくらい、今さらと言えば今さらだ。
瞳は手で顔を扇ぎ、理由のはっきりしない熱を誤魔化すように息を吐いた。
これ以上考えるのはやめて、床を掃除し、テーブルを拭くだけにする。
「結衣用のスリッパはもうあるし……歯ブラシはあとで予備を買えばいいか」
来る日程がまだ決まっていない以上、お菓子系は直前に買えば十分だろう。
――夜。部屋を整え終えた頃には、すっかり日が落ちていた。
二人は並んでソファに座り、テレビを眺めていた。
画面に映っているのは、かなり昔のゾンビ映画だ。
何度観たか分からない作品だが、
それでも細かい演出には、つい見入ってしまう。
映画を見ながら、瞳はふと思い出したように口を開いた。
「そういえばさ、結衣が休みにこっちへ遊びに来たいって」
「え?結衣ちゃんが来るの? いつ?」
猫の抱き枕を抱えた絢音が、嬉しそうに尋ねる。
「まだ決めてないっぽい。決まったら伝えるよ」
「はーい。そういえば、瞳」
何かを思い出したように、絢音がこちらを向いた。
「ん?」
「新作ゲーム、もうすぐ出るんでしょ?」
そう言いながら、絢音は瞳の左腕をぎゅっと掴む。
期待に満ちた視線が、まっすぐ向けられていた。
「……ああ。今週の金曜の夜だよ」
瞳はテレビから目を離さずに答える。
「楽しみだなぁ」
そう言って、絢音は手を離し、ソファの背もたれに身を預けた。
「うん」
瞳も小さく答える。
絢音の配信が、どんな反応になるのか――それを想像するだけで、胸が少し高鳴った。
だからこそ、発売日は金曜の夜にしたのだ。
土曜まで待てないことくらい、彼女の性格を考えれば分かりきっている。
(……でも、これは内緒だな)
まだ口に出せない思いを胸にしまい、
すぐ隣に感じる体温を意識しながら、瞳は再び映画へと視線を戻した。
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