【大学編】お話
「昨日の配信、ほんとにびっくりしたよ」
瞳は朝食を食べながら呟いた。
「えへへ〜、だって前に知らせようとした時、瞳が来てくれないんだもん」
絢音は小悪魔みたいな笑みを浮かべる。あの日、本当はそのことを伝えるつもりだったらしい。
「ごめん、ああ、だからその時、浅海先輩もいたのか」
瞳は納得したように頷く。
「でも……まあ、いいや。なんでもない」
瞳は以前の襲撃事件を思い出し、言いかけて結局口を閉じた。
「心配しなくて大丈夫だよ。もう会社に迷惑かけることもないし」
絢音は片目をつむりながら、
「それに……瞳くんが守ってくれるでしょ?」
「こ、こほん……もちろん」
瞳は気恥ずかしそうに顔をそらす。
「えへへ」
――ピロン。
「ん?」
瞳がスマホに視線を向ける。
「珍しいね、誰だろ?」
絢音は気になりつつも、覗き見はしないように自制していた。
「篠原さんだ。なになに……」
瞳は隠す様子もなくテーブルの上でメッセージを開く。
「ん? お昼に会いたいって」
「えっ!?」
絢音は目を見開き、瞳を凝視する。
「たぶん授業のことだよ。前に同じ班になったし」
瞳はあっさりと答える。
「そ、そう……?」
絢音の声が微かに震えた。
「どうしたの?」
瞳が首を傾げる。
「……なんでもない」
絢音は小さく首を振った。
昼。
瞳は約束の場所に向かう。
そこにはぴょんぴょん跳ねる琴梨と、無表情な祈がいた。
「長谷川くん〜! 聞いて、聞いて!」
琴梨はニュースを共有したくてたまらない、といった顔だ。
「篠原さん……?」
瞳は祈の方を見る。
「長谷川さん、少し付き合ってあげてください。昨日からずっとこの調子なんです」
祈の声は静かだが、わずかに呆れが混じっている。ちなみに今日でその話を聞いたのは三回目らしい。
「わかった」
瞳は戸惑いながらも、琴梨へ向き直る。
「篠原さん、俺に何か用?」
「昨日の配信、見ましたか!?」
(……昨日? いや、まさか)
瞳の胸に不穏な予感が走る。
「昨日の……配信?」
瞳は平静を装って返す。
「そう! 星野光ちゃんの!」
琴梨は大きく頷き、声まで弾んでいる。
星野光――その名を聞いた瞬間、瞳は抵抗を諦めた。
「……ああ、見た」
ここまで来れば観念するしかない。
「やっぱり! あれ絶対琉璃ちゃんですよね!?」
「……たぶんね」
瞳は曖昧に答えた。
「絶対だよ! 見て、これ!」
琴梨はスマホを突き出す。画面には浅海の公式アカウントのツイート。
【新しい娘! 星野光、よろしくお願いします】
(浅海先輩……)
瞳は言葉に詰まり、何も返せない。
「それでね、それでね!」
琴梨が勢いよく喋り続けようとしたその時――
祈がそっと琴梨の袖を引く。
「どうしたの? 祈ちゃん」
琴梨が振り返る。
「……あっち」
祈は無言のまま鋭い視線を向け、三人のほうを見ているポニーテールの少女を指差した。
「ひっ……!」
琴梨は息を呑み、こっそり囁く。
「すっごい綺麗な人……長谷川くんの知り合い?」
「私は知らないけど……長谷川くんの彼女とかじゃない?」
祈が淡々と言う。
「いや、知り合いなのは確かだけど……」
瞳が慌てて弁解しようとしたが――
琴梨は慌てて手を振った。
「ごめん、じゃあ私たちもう行くね!
彼女にはちゃんと説明しておいてね!!」
そして琴梨は祈を連れて、逃げるように去っていった。
「……なんなんだよもう」
瞳はため息をつき、近くで立ち止まっていた絢音に手を振る。
「えへへ……話、終わった?」
絢音は少し気まずそうに近づいてくる。
「うん」
瞳は小声で続ける。
「何の話してんの?」
「篠原さん、星野光の初配信の話をしてただけ」
「……え?」
「彼女、あの配信見てたみたい」
絢音は身を固くし、か細い声で尋ねる。
「ほ、本当に……?」
「うん。まあ……気をつけよう」
瞳はため息交じりに言った。
「……わかった」
「大丈夫だよ。学校広いし、学科も違うし。
そう簡単にバレたりしないって」
不安げな絢音を見て、瞳はそっと言葉を添えた。
「そ、そうだね」
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