【大学編】初めまして!とおかえり~
リビングで、夕食を食べ終えた二人は、黙ってテレビで再放送されている映画を眺めていた。
「……大丈夫?」
瞳が思わず口を開いた。どういうわけか今日の絢音は、どこか落ち着かないように見える。
理由は――だいたい想像がついた。朝のメッセージに書かれていた「サプライズ」のせいだろう。
「ん?」
絢音は一瞬動きを止め、瞳の方を向いた。
「……ううん、大丈夫だよ。ちょっと緊張してるだけ」
「そう? もし俺でできることがあったら、何でも言ってね」
瞳は無理に聞こうとはせず、ただ微笑んだ。
「ん~……」
絢音はしばらく考え、ためらうように口を開いた。
「……じゃあ、ひとつ、お願いしてもいい?」
「いいよ。言って」
「……手」
「え?」
「……少しだけでいいから、手を握ってくれる?」
絢音は俯き、小さな声で言った。
「もちろん。ほら」
瞳がそっと両手を差し出すと、絢音はおずおずと手を重ねてきた。
絢音の指先は少し冷たかった。
その冷たさが、彼女がどれだけ緊張しているかを物語っていた。
だけど――瞳は、そんな絢音に何もしてあげられない自分が悔しくてたまらなかった。
胸の前で手を包み込むようにして、少しでも温めようとする。
絢音はそっと目を閉じ、冷えていた指先に感覚が戻り、胸の不安が溶けていくのを感じた。
「……もう大丈夫。ありがとう」
目を開くと、名残惜しさを滲ませながら手を離した。
「じゃあ、私は部屋に戻るね」
絢音は立ち上がって言う。
「うん。おやすみ」
「おやすみ~」
軽く手を振り、玄関の方へ歩き――ふと振り返った。
「そうだ。あのリンク、ちゃんと見てね」
絢音は重ねて、真剣な声で念を押した。
「わかったよ。忘れないから」
絢音を見送った瞳は自室に戻り、例のリンクをパソコンに転送した。
「……いったい何なんだろう」
約束の時刻になると、瞳はパソコンでリンクを開いた。
そこは――VTuberの配信ページだった。
【初配信】初めまして!
サムネには、淡いクリーム色のパーカーを着た眼鏡の少女。
黒い長髮の内側には天色の星の煌めきが散りばめられ、
そして何より印象的なのは、右目の眼鏡フレームの下側――涙型にデザインされていた。
「これって……」
瞳は自分の目を疑った。
そして、配信が始まった。
見知らぬ名前。見知らぬ姿。
……なのに、声だけは間違えようがなかった。
「みなさん、こんにちは〜」
:こんばんは~
:初見です~
「こんばんは! まずは自己紹介から、どんっ!」
少女は口で効果音をつけ、画面に用意していたプロフィールを表示した。
「星野 光。
人間に憧れて、空から降りてきた光。今は大学生です!」
:宇宙人?
:光の化身ってこと?w
「いろんなゲームが好きで、やりすぎて目を悪くしちゃいました」
星野光はくいっと眼鏡を指差し、ゲームのせいだとアピールした。
:仲間だw
:宇宙人でも視力落ちるんだ?
「もちろん! 今の私はほとんど人間と同じだよ~」
:どんなゲームが好き?
:普段何して遊んでるの?
「好きなジャンル? 高難易度のシングルゲームかな」
星野光は笑顔で答えた。
:ネットゲームは?
:スマホゲーは?
「ネトゲはね、昔ちょっとハマりすぎて、昼夜逆転しちゃって……親にすごく怒られたの。それでやめちゃった」
その話――瞳は覚えていた。
中学二年の頃、絢音はネトゲにどっぷりハマり、由紀さんにこっぴどく叱られた。
その後、高校受験に向けてスパッとやめてしまったのだ。
「スマホゲームは、ちょっとだけやるよ。でも気が向いた時だけ」
星野光はそんな調子で、コメントに答えながら自己紹介を続けていった。
「次はね、配信の最初の挨拶を決めたいの。何がいいかな?」
:基本のこんひかり~とか?
:こんばんは?
瞳は無意識のうちに、ある言葉を打って送っていた。
「こんばんは、こんひかり~、おかえり?……?」
星野光はコメントを追い――
そして、ふっと息をのんだように見えた。
少しの沈黙。
画面越しの時が止まる。
星野光は、何かに気づいたように、優しい声で続けた。
「……うん。ただいま」
その瞬間、瞳の目には涙があふれた。
必死に上を向いてこぼれるのをこらえた。
その後の流れは、正直あまり覚えていない。
ただ、挨拶は最終的に 「おかえり」と「ただいま」 に決まった。
「……よかった。本当に……よかった……」
──その頃。
「この声……間違いない、琉璃ちゃんだよ!」
配信が終わるや否や、琴梨は抑えきれない興奮を抱えたまま、親友に電話をかけた。
「……どうしたの? こんな時間に」
受話器の向こうからは、少し眠たげな声が返ってくる。
「祈ちゃん! 聞いてよ!」
「うん、聞いてるよ」
「琉璃ちゃん! 琉璃ちゃんが転生したの!」
「本当?」
祈の声には、わずかな驚きが混じった。
「本当だよ!」
琴梨は溢れそうな熱をそのまま言葉にし、祈はそれを静かに聞きながら、時折相槌を打った。
「明日、長谷川さんにもお知らせしなきゃ!
きっと、すっごく喜ぶよね!」
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