【大学編】再会と計画書
今日は、瞳が朝倉社長と約束していた企画書の提出日だった。
瞳はいつもの習慣どおり、約束の時間より三十分ほど早くオフィスビルの前に到着した。
だが、すぐに中へ入ることはせず、足を止める。
近くのコンビニで、どこか見覚えのある小柄な後ろ姿が目に入ったのだ。
少女は真剣な表情で飲み物を選んでおり、まだ瞳には気づいていない。
「朝倉さん、久しぶり」
瞳は店内に入り、声をかけた。
「……長谷川さん? びっくりした」
歌奈は驚いた顔をしたが、すぐに何かを思い出したようにぱっと表情を変えた。
「――あ、そっか。七夜夢の人だったよね。久しぶり〜」
朝倉歌奈。
絢音の同級生で、かつては同じ職場で働いた仲間でもある。
瞳は歌奈を改めて見つめる。
以前は寝癖で跳ねていた短髪は、いまはきれいに後ろへ流れている。
さらに今日はフリルのついたワンピース姿で、まるで丁寧に作られたドールみたいだった。
歌奈はきょろきょろと周囲を見回し、不思議そうに尋ねる。
「……あれ?絢音ちゃんは一緒じゃないの?」
瞳は苦笑する。
「なんか勘違いしてるみたいだけど、別にいつもセットってわけじゃないし。絢音にも絢音の予定があるよ」
「そ、そうなの?」
歌奈は、以前はほぼ必ず絢音が隣にいた光景を思い出し、半信半疑な表情を浮かべた。
「まあいいや。絢音ちゃん、最近元気にしてる?」
歌奈は話題を切り替え、心配そうに尋ねる。
大学に進学してからは通話で話すことはあっても、実際に会う機会はまだない。
絢音が天川社を辞めて以降、歌奈はずっと彼女を気にかけていた。
「絢音?まあ、そこそこ元気だと思うよ」
瞳は、数日前、早朝の外郎売りの練習で何度も噛んでしょんぼりしていた絢音の顔を思い出した。
「そっか、よかった〜」
歌奈はほっと息をつく。
「朝倉さんは?最近どう?」
瞳が尋ねる。
「私?元気だよ。ただ、外語学部の授業がちょっと大変けどね〜」
「あそこの外語学部って、すごいじゃないか」
歌奈が名の知れた大学の外語学部に通っていると知って、瞳は素直に尊敬の目を向けた。
「そんな大したことじゃないよ〜」
歌奈は照れたようにうつむく。
「そろそろ朝倉社長との約束の時間だから……先に失礼するね」
時計を見た瞳は、そろそろ向かわなければと申し訳なさそうに言った。
「じゃ、ちょっと待って! 私も一緒に!」
歌奈は慌てて飲み物を三本選び、レジへ向かった。
エレベーターに乗り、二人は壁にもたれながら話を続ける。
「長谷川さん、今日は何しに来たの?」
「新しいゲーム企画を提出しに」
「新作ゲーム!?」
歌奈が驚きと喜びの声を上げる。
その反応が絢音とまるで同じで、瞳は思わず微笑んだ。
「通るといいんだけどね……」
何度目であっても、企画書を提出する瞬間はどうしても緊張する。
瞳は小さくつぶやいた。
エレベーターを降りると、すぐに受付カウンターが見えてくる。
七夜夢の中へ入ると、冷房のひんやりした空気が迎えてくれ、瞳の気持ちも少し引き締まった。
「おはようございます」
瞳は受付の二人に声をかけた。
「おはようございます。長谷川くんとお嬢様が一緒なんて、珍しいですね」
「うん、たまたま下で会っただけだよ」
歌奈が補足する。
挨拶を終えると、ショートカットの麗人がこちらへ歩み寄ってきた。
体格差のある二人が並ぶと、まるで姉妹のようだ。
「おはようございます、長谷川さん。社長はすでにオフィスでお待ちです」
黒崎はまず瞳に挨拶し、それから歌奈に向き直る。
「お嬢様、おはようございます」
「凛さん、おはよ〜」
「おはようございます、黒崎さん」
瞳も丁寧に返した。
黒崎は自分の席に歌奈を促す。
「お嬢様、少しここでお待ちください」
「は〜い」
歌奈は慣れた様子でうなずき、そのまま椅子に座った。
「こちらへどうぞ」
黒崎は瞳を案内して社長室へ向かう。
「社長、長谷川さんがお見えになりました」
「入ってください」
瞳が社長室に入ると、革張りの椅子に座る朝倉社長が目に入った。
「新しいゲーム企画、ですか」
社長は顔を上げ、瞳を見る。表情の変化は乏しいが、瞳を射抜くような鋭さがあった。
その視線に瞳の胸がわずかに強張った。
瞳はそっと息を整え、書き上げた企画書を差し出す。
「どうぞ」
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