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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
大学編

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【大学編】はは、そんな簡単に身バレするわけないじゃん

朝の陽射しが差し込む中、長谷川瞳はゆっくりと目を開けた。

「……なんか、見慣れない天井だな」

寝ぼけ眼のまま身を起こし、洗面所へ向かう。鏡に映る自分の身体を見て、瞳は小さく頷いた。


あの襲撃事件のあとから、時間を見つけてはトレーニングを始めていた。

筋肉がついたとはいえ、まだ鍛え上げたというほどではない。


「いざという時に、絢音を抱えて走れるように」

冗談のようで、彼にとっては本気の理由だった。


「そろそろ時間か」

スマホの時計を確認し、朝食の準備に取りかかる。


大学に合格してから、瞳は実家を出て、学校の近くにあるアパートで一人暮らしを始めていた。


「……完璧」

焼き上がった目玉焼きをトーストの上に乗せ、二つの皿をテーブルへ。

冷蔵庫から牛乳を取り出して二杯注いだ、そのとき――


ピンポーン。


チャイムの音が響く。


「はいはい、今行く」

瞳が玄関に向かいドアを開けると、そこにはポニーテールの少女が立っていた。

彼女は瞳を見るなり、ぱっと花が咲いたように微笑む。


「おはよう、瞳」


瞳も穏やかに微笑みを返した。


「おはよう、絢音」


絢音は靴を脱ぎ、部屋の中へ入る。

彼女が一人暮らしをすることを心配した双方の両親の話し合いの結果――今、二人はお隣同士なのだ。


「わぁ、今日の朝ごはん、美味しそう!」

嬉しそうに言う絢音。

以前は実家で両親の作った朝食を食べることが多く、こうして瞳の手料理を食べるのは新鮮だった。


「瞳、けっこう料理上手なんじゃない?」

「ただの目玉焼きトーストだよ」


二人で席に着き、食事をしながら瞳が尋ねる。


「今日は何時から授業?」

「十時からだよ」

絢音はトーストを小さくちぎりながら答えた。


「俺も同じ時間だ。じゃあ一緒に行こうか」

「うんっ!」

嬉しそうに頷く絢音。

その笑顔を見て、瞳の胸の奥がほんの少し温かくなる。



「授業のほうはどう?慣れてきた?」

「うん。声の演技だけじゃなくて、体の動きとかダンスもあるから大変だけど、すごく充実してるよ」

絢音は明るく笑った。


「そっか」


「最近はね、これを練習してるの。『拙者親方せっしゃおやかたと申すは、お立会の中にご存じのお方もござりましょうが――』」

抑揚をつけて感情豊かに台詞を読む絢音。


「それは?」

瞳が首を傾げる。


「『外郎売り』っていうの。発声練習にすごくいいって先生が言ってたの」

絢音は少し誇らしげに胸を張る。


「なるほど。上手くできてる?」

「ふっふっふ~」

絢音は胸を張りながら――


「全然ダメ」


「えっ?」

いきなりの自己否定に、瞳は思わずこけそうになる。


「舌がすぐ絡まっちゃうの。でも、ちゃんと練習するから!」

その目は真剣だった。


「そっか。頑張れよ」

小さな拳をぎゅっと握る絢音を見て、瞳は思わず笑みをこぼした。


「で、瞳の方は? 大学どう?」

「俺か?」

少し考えてから答える。

「得るものは多いよ。キャラの作り方とか、学ぶことばかりだ。……ただ、一つ問題があって」


「問題?」

絢音が首を傾げる。


「クラスに一人、『瞳中の景』の大ファンがいて、しかも、超熱狂的な」

瞳は苦笑いを浮かべた。


「……女の子?」

「そう。入学初日の自己紹介で、延々と語ってたよ」


「ふーん、それっていいことじゃない?『瞳中の景』先生」

絢音はからかうように眉を上げた。


「やめてくれよ。それに、絢音にも無関係じゃないぞ」

「え?私?」

「彼女の一番好きな作品が、『狐の巫女と天気雨』なんだ」


「えっ……」


「想像してみろよ。俺の正体がバレて、次にお前に会ったら――」

瞳は両手の人差し指を合わせて、じわりと笑う。

「ダブルサプライズ、一度に満喫ってわけだ」


その光景を想像した絢音は、ぞくりと震え、ぶんぶんと首を振った。

「瞳、ぜっっったいにバレちゃダメだからね!」


「ははは、そんな簡単にバレないって」

瞳は苦笑しながら言う。

「クラスだって数十人いるし」


「……まぁ、確かに。私もクラスの名前、まだ全員覚えてないし」


少し安心したように笑う絢音。



「そろそろ行こうか」

瞳が食器を片付けながら声をかける。

「うん!」

絢音も荷物をまとめ、二人並んで部屋を出た。

朝の風が、少しだけ甘く感じられた。



――そして、一限目の授業。


「こんにちは!篠原琴梨しのはら ことりです!」

隣の席のショートカットの少女が、元気よく瞳に話しかけてきた。

小柄なその姿に、思わず子犬が尻尾を振っているような幻覚を見た気がした。


「え、あ、ど、どうも。長谷川瞳です」


口元が引きつる。

――目の前にいるのは、絢音に話した“あの”少女。

瞳中之景の、狂信的なファンだった。

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