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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
八作目『記憶墜落(メモリーフォール)』

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忘れるまで忘れないでね

瞳は、ただ黙って目の前の光景を見つめていた。

今日は、絢音が「鈴宮琉璃」として配信を行う最後の日――その現実を、どうしても受け入れられずにいた。


あの日、二人が学校の前で襲撃を受けてから、絢音は「もうこれ以上、周囲に迷惑をかけたくない」と言って、ひとつの決断を下したのだ。


卒業。


もちろん、マネージャーも、同じ事務所の仲間たちも全力で引き止めたという。

絢音の話では、泣きながら止めてくれた子もいたらしい。

それでも、彼女の意志は固かった。


天川社との話し合いの末、月末に卒業すること、そして卒業告知の配信を除き、これまでの配信アーカイブをすべて削除することが決まった。


あのときの「卒業告知配信」。

――瞳はいまでも、昨日のことのように鮮明に思い出せる。


「じゃあ、今日はもう、最初から言っちゃうね。

このたび、鈴宮琉璃は――今月末で卒業します」


絢音は、迷いのない声でそう宣言した。


その瞬間、コメント欄は嵐のように荒れた。

理由を問い詰める人、泣き絵文字を連打する人、止めようとする人――まるで世界が揺れているようだった。


だが、絢音は静かに、そして穏やかに語り始めた。


「まず最初に言いたいのは、配信が嫌いになったわけじゃないということです。

皆さんと過ごしたこの時間は、ずっと私の一番大切な宝物でした」


:じゃあ、どうして?

:体調の問題?

:琉璃ちゃん、行かないで;;


「ううん。鈴宮はとっても元気です。心配しないで。

ただ、最近の配信でちょっと過激なコメントが増えてきたこと、気づいてる人もいると思います。

天川社も削除対応を頑張ってくれたけど……それでも影響が出ていました」


:あー確かに

:コメント欄、荒れてたもんな


「鈴宮に向けられるだけならまだいいんです。

でも、それで他の人が嫌な気持ちになるのは、どうしても耐えられません」


:鈴宮は優しいね

:自分より他人のことを気にするタイプだもんな…


「それに、会社にも“果たし状”みたいな手紙が届いたり、帰り道で待ち伏せされたりもしてました」


:待ち伏せ!?

:それもう犯罪だろ

:そんなことが……


「でもね、鈴宮は本当に配信が大好きで、皆さんと過ごす時間が何よりも楽しかったんです。

だからこそ――この環境が壊れてしまったなら、もうやめ時かなって、そう思いました」


:そんな一部の人のせいで…

:琉璃ちゃんの配信が一番好きだったのに…


「皆さん、本当にありがとうございました。

『ずっと私のことを覚えてて』なんて言いません。

もし他に好きな配信者さんを見つけたら、それはとても素敵なことです。

ただ、忘れてしまうその時まで――どうか、私のことを少しだけ覚えていてくれたら、それだけで十分です」


:こんな時でもネタ挟むのかw

:忘れられるわけないだろ!


卒業告知から最後の配信までの一か月、絢音は何ひとつ変わらなかった。

特別なこともせず、ただいつも通り、笑顔でゲームを楽しんでいた。


そして迎えた、最後の配信。


プレイするのは、彼女が初めて配信した作品の続編。

超高難易度で知られる、まさに「鈴宮琉璃」らしい選択だった。


:最初と最後が同じシリーズとか最高すぎる

:やっぱ鈴宮だな…


「皆さん~! 天川社所属の鈴宮琉璃です!」

久しぶりに、きちんとした自己紹介で始まった配信。


主人公は紙のように脆く、ボスどころか雑魚にすらあっさり倒される。

だが、琉璃は何度も挑戦し、笑いながら立ち上がる。


「やるじゃん!でも鈴宮はこんなんじゃ負けないよ!」


:強者ムーブw

:敵の方が人間味ある説

:もはや修行配信


何度も死に、学び、また挑む。

琉璃の顔には、心から楽しんでいる笑顔があった。

それを見て、視聴者たちも忘れた――彼女が「卒業する」という現実を。


:もう6時間やってるぞ!?

:笑顔でプレイし続けるの尊い…


「天川社の鈴宮琉璃です!よろしくお願いします!」

ボス戦のたびに自己紹介をし、突撃して、あっけなくやられる。

それでも笑って、何度も挑んだ。


:ボス「お前何回自己紹介すんねん」

:ある意味ホラー配信だな…


そして、ついに――ボス撃破。

歓声がコメント欄に溢れ、琉璃は次のステージへと進んだ。


だが、どんなに長い一日にも、終わりは訪れる。


:あぁ…時間が…

:琉璃ちゃん、行かないで……


時計の針は、23時58分を指していた。

ゲームはまだ半分だが、琉璃はそっとコントローラーを置いた。


「まだまだ遊びたい気持ちはあるけど、そろそろ時間だから――。

ここまで一緒にいてくれて、本当にありがとう。

さようなら、は言わないよ。またいつか、ね!」


その声は明るく元気だったが、かすかに震えていた。

泣きそうな笑顔を、最後まで崩さずに。


「本当にありがとうございました。

こちら、天川社の鈴宮琉璃でした~!」


配信画面が、静かにフェードアウトしていく。

残されたのは、コメント欄を流れ続ける「ありがとう」と「おつ琉璃」の文字だけだった。


瞳の部屋には、何も音がなかった。

ただ、モニターの明かりだけが、夜の静けさに滲んでいた。



モニターの中で笑っていた彼女、鈴宮琉璃には、もう二度と会えない。

けれど——瞳は、あの笑顔を、決して忘れなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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