ヴィーヴルの瞳
ロッテントークを離れる日が来た。
既にセージュさんへは挨拶を済ませ、バオさんにトレントの死骸も渡してあり、あとはハン族の皆さんへの挨拶のみ。
「オリちゃん本当に一緒に行くの?」
「うん! 準備はできてるよ!」
良い笑顔で私の質問に答えるオリちゃん。
今日まで何度同じ質問をしても同じ回答。
もうしょうがないね。
その後ろに見える両親のバオさんとスーリさんの顔からは、不安や寂しさのようなものが感じ取れる。
そうだよね、不安だよね。
オリちゃんがいくら強くても七歳の子供には変わり無い。
それに恐らく年単位でこの里へは帰って来ないかもしれない。
そう思ったら不安だし、寂しくもなるよきっと。
オリちゃんが一緒に行く事が決まってから、準備も含め二日が経った。
既にバステト様も下界に来てくださり、今は私の肩の上にいらっしゃる。
私とヒースさんはバステト様に乗せて頂き、オリちゃんはグンちゃんに乗って移動する事が決まったが、グンちゃんのスピードとバステト様のスピードがかなり違う。
グンちゃんのスピードがどのくらいか確認するため、オリちゃんに呼んでもらったんだけど、初めて見るグリフォンと呼ばれる魔物は、オリちゃんから可愛いと聞いていたからか怖く感じる事はなく、とても凛々しい姿だった。
鷲の頭部と羽を持ち、がっしりした獅子のような胴体。
瞳は小さくつぶらで、かっこいい中にも愛嬌があるように感じた。
もちろん人を襲うことなどなく、グルゥと鳴きながらオリちゃんに頭をスリスリしていた。
お利口さん。
そんなグンちゃんの速さは、バステト様が大体新幹線より少し早いとして、その半分くらい。
これは、オリちゃんと共にグンちゃんに乗せてもらい、私が体感で感じた速さなので正確ではないが、まあ大体そんなもんだろう。
で、ロッテントークまでに掛かった日数の倍かかる事になるが、流石にオリちゃんをバステト様に乗せてとは言えなかったし、オリちゃんもグンちゃんに乗って行くと言ったので、バステト様に三日ほど伸びても良いかと聞いたら、まあこれが最後だしねとオーケーして下さった。
お心の広い神だ。
それにしても、バステト様がグンちゃんの倍の速さで移動できると言った時のハン族の皆さん、またかなり驚かれていた。
そもそも普通の猫じゃないのかってかなりそこでも驚いてたし。
神ですから、とは言ってない。
今更言ったら余計混乱させそうだし。
そして今、初めてこの集落に来て駕籠から降ろされた広場にいる。
また私を囲む様に円状に集まってくれた皆さん。
「こちらへ」
そうファンさんが言うと、人垣の奥から木造の大きな物体が動いてこちらに近づいてくる。
そして、私の目の前にそれは置かれた。
屋形船に近い形で、帆のついた木造の船だ。
全長十メートル程あり、二十人くらいなら平気で乗れそうな大きさ。
しかし、これを黒ハン族の四人が運んできた事にも驚きだ。
この大きさの船を四人で持てるものか?
いや、普通なら持てない。
黒ハン族の方々の力はどれ程強いのだろうか……計り知れないな。
「トウコ様、宜しければこちらをお使い頂けましたら幸甚に存じます」
「ここに出てきた時点で薄々感じてましたけど、私が使うとなると暫くお返しできないですよ?」
「ええ、問題ございません。オリが迷惑をかけますので、立ち寄る島が見つからない場合などにご活用頂ければと」
「は、はぁ……」
確かに、前回の移動ではちゃんと泊まる島を確認して進んでいたが、今回はその倍かかるので、毎回見つかるとは限らない。
なので、海の上で過ごせる環境があるに越した事はない。
ファンさんの雰囲気的には貰って下さい感がヒシヒシと伝わって来るけど、あくまでも借りると言う体でなら使わせて頂きます。
「それとですね、こちらも是非お受け取り頂けますでしょうか」
ファンさんが隣にいた白ハン族の男性に合図を送ると、その男性が持っていた木箱を私の前に差し出した。
その木箱に彫られた模様はとても緻密だ。
今までの経験から、何か貴重なものが入っていそうな気がしてならない。
「先日、里とは世界樹を挟んだ反対側へ狩りに出掛けていた部隊が戻って参りまして、山脈にいたヴィーヴルを得ましたのでこちらをお受け取り下さい」
「ヴィ? ヴィーヴルって?」
「すまない、私も聞いた事がない」
ヒースさんに問うも、ヴィーヴルに関しては知らないみたいだ。
「ヴィーヴルはねぇ、強くないけど飛べるし速いからちょっとやっかいな魔物だよ!」
オリちゃんは知っているようだ。
「あとね、瞳がキラキラしててキレイだよ!」
「キラキラ……」
そんなオリちゃんの言葉を聞いて、恐る恐る渡された木箱の蓋を開ける。
中には、十センチはありそうな程大きい楕円形のダイヤモンドらしき宝石と、それと同じ大きさの赤色の宝石が入っていた。
「いやいや、いやいや、いやいや、何ですかこれ! 船も借りるのにこんな貴重そうなもの貰えないですよ!!」
しばらく現実を受け止められず宝石を凝視してしまったが、我に帰って今手に持っている宝石の価値を思い、震えて叫んだ。
木箱がガタガタ言ってるよ。
この赤い宝石はなんだ?
何にしても高価であることに変わりはないだろう。
だって、ダイヤモンドと一緒に入ってるんだよ?
それなら、それなりの宝石でしょう?
しかし、十センチの大きさのダイヤモンドなんて存在するの?
あれ?
私がダイヤモンドって思っちゃっただけでダイヤモンドじゃない説?
……鑑定結果はヴィーヴルの瞳“ダイヤモンド“でした。
そして赤い宝石はヴィーヴルの瞳“ガーネット“だと。
「うわぁ、トコ様キレイだね! それヴィーヴルの瞳だよ!」
「そ、そうみたいだね……って、ファンさん! こんな貴重なもの流石に受け取れませんよ!」
「トウコ様、貴方は私共ハン族のみならず、この大陸、ひいてはこの世界をお救い頂いたも同義なのです。寧ろこれだけでは足りないとさえ感じております。ですが、これ以上となるとトウコ様はお受け取り頂けないのではと危惧致しました」
「確かに……」
「我らの感謝の気持ちとして、是非ともこちらはトウコ様にお受け取り頂きたいのです」
感謝の気持ちと言われてしまったら断れないし、ファンさんハン族の皆さんの意志は固いようで、結局受け取りました。
うーん、この宝石達の価値はどのくらいなんだろう?
全くわからないけど、この大きさからして億とか軽くいきそうな気配はするな……何にしても高価過ぎる、ああ、胃が痛い。
「ファンさん、ハン族の皆さん、本当にお世話になりました。オリちゃんは責任持ってまたこの里に送り届けます」
「大変世話になった。オリは任せてくれ」
そう私とヒースさんは皆さんに挨拶し、目の前に置かれた木造船をストレージに仕舞った。
「流石トウコ様だ……」
「あの大きさの船が入るのですか……」
など、周りから聞こえたが、聞こえないフリ。
そして、オリちゃんはグンちゃんを呼び、私はバステト様に変化して頂けるようお願いした。
ピカっと光ったバステト様は神獣形態に。
「「「……」」」
「グォッ!?」
「わぁ! バステ、キレイでかっこいいね!!」
それを見たオリちゃん以外のハン族の皆さんは目をおっ広げて一様に驚いた様子。
グンちゃんは一瞬怯んでいたけど、すぐさま頭を下げていた。
すごいな野生の感。
そんな皆さんを置いて、私とヒースさんはバステト様の背中に跨る。
「では、皆さんまたお会いしましょう! 行ってきます!」
「長、お父さん、お母さん、皆な! 行って来るねぇ!!」
そう言って私たちは皆さんの言葉を待たず、飛び立った。
飛び立った下では、ギャーギャー聞こえて来たけど、なんて言っているかわからなかったし、あっという間に里は遠くなった。
スピードはグンちゃんに合わせて進む。
バステト様の半分のスピードと言っても二百キロ近くは出てるんじゃないだろうか?
いや、体感だからなんとも言えないけど速いのは速い。
後ろを振り返ると、今はもう遠くになったセージュさんの姿が確認できる。
あんなに瘴気に覆われていた大陸が嘘のように、太陽の光が差し込みキラキラ輝いているセージュさん。
「ヒースさん、ちょっと揺れま……ああ…」
「勿論だ」
何も言わずとも、既に一眼レフカメラを構えていたヒースさん。
流石です。
もうそれは貴方のものです。
お読みくださりありがとうございます!




