第十章 ※正確性は保証されません
三日後。
四人の怪我はまだ完全には治っていなかったが、ベッドから起きられる程度には回復した。
ミレイユが〈ググル〉の機能説明を最初から読み直していた。
「ねえ、アルト」
「嫌な予感しかしない」
「これ」
指差された場所を見る。
《ググル》
《利用者の要求に応じ、取得可能な情報を検索・整理・提示します》
「普通だろ」
「下」
《十分な直接情報が存在しない場合、既知の類似情報、過去事例、観測データを基に推定結果を生成する場合があります》
アルトは黙る。
「さらに下」
《推定結果は事実を保証するものではありません》
「……」
リーナが横から覗き込んだ。
「まだあるわよ」
《ググル脳β版》
《複数の情報を統合し、利用者の目的に適すると推定される行動を提案します》
《提案内容には誤りが含まれる可能性があります》
「……」
《重大な判断については、複数の情報源および現地での確認を推奨します》
セシリアが申し訳なさそうに尋ねる。
「これは……いつから書いてあったのですか?」
「ググル」
《スキル認定時より表示されています》
部屋に長い沈黙が落ちた。
リーナが聞く。
「読んだ?」
「……最初の二行くらい」
「私は?」
「見せてない」
「ミレイユは?」
「初めて見たわ」
「セシリア」
「同じです」
四人揃って何も読んでいなかった。
「一応、聞いていい?」
アルトがググルに尋ねる。
「利用規約みたいなの、ある?」
《あります》
「同意した?」
《初回利用時に同意済みです》
「俺が?」
《はい》
「いつ?」
《十五歳のスキル認定時》
アルトは記憶を探った。
祭壇で〈ググル〉が現れた直後、確かに何か文字が出た。
《利用を開始しますか?》
何も考えず「はい」と答えた。
あれか。
「……読んでない」
リーナが枕を投げた。
「馬鹿!」
「お前だって信じ切ってただろ!」
「私は利用規約に同意してない!」
「でも『ググルが言うなら』って何百回言った!」
「それは……!」
リーナが詰まる。
ミレイユがため息をついた。
「やめなさい。全員同じよ」
セシリアまで苦笑している。
「ググルが間違えたことより、私たちが考えなくなっていたことの方が問題ですね」
その言葉で部屋が静かになった。
アルトは窓の外を見る。
奈落の塔の攻略には失敗した。
商売で儲けた金が消えたわけではない。Sランク候補から外されたわけでもない。
それでも以前とは何かが違う。
「もう一回、挑む?」
リーナが尋ねた。
「今すぐは無理だろ」
「怪我が治ったらよ」
ミレイユが腕を組む。
「今度は黒竜を自分たちで観察する。魔力の流れも私が調べるわ」
「私も、黒竜の攻撃を自分で見ます」
セシリアが言う。
リーナは剣を握る真似をする。
「私は構えを見る。ググルの指示だけで動かない」
三人の視線がアルトに向いた。
「アルトは?」
「俺?」
「次はどうするの?」
アルトは口を開いた。
「ググル、次の攻略――」
三人の目が一斉に細くなる。
「……」
アルトは口を閉じた。
しばらく考える。
以前なら、その数秒すら惜しいと思っていただろう。
答えは聞けば出る。
最適解は向こうから教えてくれる。
だが、答えが表示されることと、その答えが正しいことは同じではない。
まして、誰も知らないことならなおさらだ。
「まず、自分たちで考えよう」
三人が笑った。
「そうね」
「賛成です」
「やっとまともなこと言ったわね」
その瞬間。
《「自分で考える方法」を検索しますか?》
アルトの視界に表示が浮かんだ。
「……」
「どうしたの?」
リーナが聞く。
アルトは表示を睨みつけた。
「黙ってろ、ググル!」
《音声出力機能は現在使用していません》
「そういう意味じゃない!」
三人の笑い声が治療院に響いた。
怪我が治れば、四人はもう一度奈落の塔へ向かうだろう。
そのときもググルは使う。
地図も、翻訳も、検索も、きっと手放さない。
便利なものを捨てる必要まではない。
ただし次からは、その画面の一番下まで読む。
そして、知らないことを「知っているつもり」にならない。
アルトはそう心に決めた。
もっとも翌日の昼食を決めるとき、四人揃って十分ほど悩んだ末、
「……店くらいならググルに聞いてもよくない?」
とリーナが言い出し、
「それはいいんじゃないか?」
「食事なら重大な判断ではありません」
「評価の高い店を検索しましょう」
結局、いつも通りググルに決めてもらうことになった。
人間は、そう簡単には変わらない。
《四名での昼食候補を検索します》
アルトの視界に、三つの店が表示された。
今度はすぐに一番上を選ばず、四人で相談して二番目の店へ行くことにした。
ほんの少しだけ。
本当にほんの少しだけ、自分たちで考えるようになったのである。
了




