第一章 四人の約束
アルトが生まれ育ったリーデ村は、王国の地図を広げても、よほど目を凝らさなければ見つからないような辺境の村だった。北には深い森があり、その向こうには険しい山脈が連なっている。南へ三日歩けばようやく街道に出られるという場所で、村人のほとんどは麦を育て、山羊を飼い、生涯に一度も大きな町を見ることなく一生を終える。
そんな村で育ったアルトには、幼い頃からいつも一緒にいる三人の少女がいた。
剣を振らせれば村の少年たちをまとめて打ち負かしてしまうリーナ。怪我をした鳥や兎を見つけるたびに家へ持ち帰り、母親を困らせているセシリア。そして村にある数少ない本を片端から読み漁り、文字を覚えたばかりの頃から神官に質問ばかりしていたミレイユ。
四人は性格も得意なことも違っていたが、一緒にいることだけは当たり前だった。
「私、十五歳になったら冒険者になるから」
十歳の夏、木剣を肩に担いだリーナがそう宣言した。
「でしたら私も行きます。怪我をしたとき、治してあげられるかもしれませんから」
「外には珍しい魔物も古代遺跡もあるそうよ。私も行くわ」
二人に続いてセシリアとミレイユが言い、三人の視線がアルトに集まった。
「じゃあ、俺も」
「何よ、そのついでみたいな言い方」
「だって三人とも行くなら、一人だけ村に残っても仕方ないだろ」
リーナは不満そうに頬を膨らませたが、すぐに笑った。
「じゃあ決まり。四人で冒険者になるのよ」
そうして交わされた約束は、五年後まで誰一人忘れなかった。
十五歳になる年、村ではスキル認定の儀が行われた。
この世界では十五歳になると、教会で神から授かった能力を確認する。農民向けの《豊作》や職人向けの《鍛冶》などが多いが、時には人生を大きく変える希少なスキルが現れることもある。
最初に祭壇へ進んだリーナの足元が眩しく輝いた。
「《剣聖》……!」
神官の声が震えた。
村人たちがどよめく。王国でも十年に一人現れるかどうかという戦闘系の最上位スキルだった。
続いたセシリアは《聖女》。
ミレイユは《大魔法使い》。
三人続けて歴史に名を残してもおかしくないほどのスキルが現れ、普段は静かな村の教会が祭りのような騒ぎになった。
「次、アルト」
「はい」
期待されていないことは自分でも分かっていた。それでも三人がこれほど凄い能力を得たのだから、自分にも何か冒険に役立つものが与えられるのではないかと、ほんの少し期待していた。
祭壇に手を置く。
淡い光が浮かび、その中に文字が現れた。
《ググル》
神官が眉を寄せた。
「……ググル?」
「何ですか、それ」
「私にも分からん」
後ろから村人たちの困惑した声が聞こえる。
「使ってみればいいんじゃない?」
リーナに言われ、アルトは隣に立っていた神官を見た。
頭の中で、何となく思う。
この人は誰だ。
すると視界の隅に文字が現れた。
《ハンス・ベルト神官。五十八歳。リーデ村教会主任神官。腰痛あり。好物は蜂蜜酒》
「……ハンス神官。五十八歳。腰が悪くて、蜂蜜酒が好き」
神官の顔が引きつった。
「なぜそれを知っている」
「今、頭の中に出ました」
ミレイユが目を輝かせた。
「鑑定系ね」
しかし期待したのもそこまでだった。
剣を見れば材質や製作者が分かる。薬草を見れば名前が分かる。人間を見れば年齢や職業が分かる。
便利ではある。
だが、それ以上でもなかった。
「まあ、悪くないじゃない」
リーナがアルトの肩を叩いた。
「そうですよ。冒険では役に立つと思います」
「珍しいスキルなのは間違いないわ」
三人が励ましてくれたことが、アルトには何より嬉しかった。
その日の夕方、四人は村の外れの丘へ登った。
夕日に染まった畑を見下ろしながら、リーナが拳を差し出す。
「来年の春、四人で村を出る」
セシリアがその拳に自分の手を重ねた。
「そして冒険者になります」
「いつか四人でSランクね」
ミレイユも手を置く。
最後にアルトも重ねた。
「ああ。四人で」
そのときのアルトは、この約束だけは何があっても変わらないのだと思っていた。




