閑話 眠っている親方
一か月分の雇用を得た日の午後、エルサは最初の塔外業務を命じられた。
契約板の炭がまだ乾ききっていない頃だった。
「銀の塔へ行ってこい」
マルコは、分解した保温鍋の部品を箱へ詰めながら言った。
「なぜ私が?」
「記録補助だからだ」
「雇用契約へ署名してから、まだ半刻も経っていないわ」
「仕事を始めるには十分だろ」
「新規雇用者を、初日から他塔へ一人で出すの?」
「一人じゃない。業務札がついてる」
人間を数える時に革札を含めないでほしい。
エルサは、机の上へ置かれた札を見た。
薄い革板。
錫の塔の円形印。
名前はエルサ。
職務は厨房下働き兼記録補助。
有効期限は一か月。
シシーリア・フォン・ゼーヴェルが死んでから初めて、自分が王都の中を歩いてもよい理由を示す物だった。
「ゲルト親方の容体を確認してこい」
マルコは続けた。
「銀の塔から正式な報告は届いているでしょう」
「重い魔力酔い。意識回復なし。右腕の黒変あり。隔離継続」
「それで十分では?」
「十分なら、お前に行けとは言わん」
エルサは眉を寄せた。
十分でない部分を、マルコは説明しない。
いつものことらしい。
「何を確認するの?」
「意識が戻ったか。腕が残ってるか。家族へ何が伝わってるか。銀が何を記録して、何を記録してないか」
「最後の項目は、銀の塔へ喧嘩を売る仕事では?」
「買うなよ」
「売られた場合は?」
「値切れ」
マルコは箱の蓋を閉めた。
「あと、これを持っていけ」
小さな布包みを投げてよこす。
中には黒パンが一切れと、干した林檎が二つ。
「患者へ?」
「食えるならな。食えないなら家へ渡せ」
「家族が来ているの?」
「朝、奥さんが面会へ行ったと聞いた」
ゲルト親方の妻。
酒場で倒れた職人にも、家がある。
当然のことだった。
それでもエルサは、事故記録の発症者欄へ並べた名前の外側に、待っている人間がいることを考えていなかった。
発症者。
重症者。
搬送先。
検査結果。
名前を列へ入れると、人間はきれいに一人分へ収まる。
実際には、一人が倒れれば、その家の食事、給金、仕事、明日の予定まで一緒に倒れる。
「分かったわ」
エルサは業務札を腰へ結んだ。
「ただし、塔外業務手当についてはあとで話し合います」
「近所だ」
「距離ではなく、身元露見の危険へ払う手当よ」
「戻ってから生きてたら考える」
「今考えて」
「銀を待たせるな」
交渉を打ち切られた。
大変に不満だったが、ゲルト親方も待っている。
正確には、意識がないので待ってはいない。
だからこそ、こちらが先に動かなければならなかった。
◇
錫の塔から銀の塔までは、王都の地図で見れば近かった。
実際に歩くと、近くなかった。
錫の塔の周辺は、古い水路と倉庫と工房が絡み合っている。
濡れた石段。
頭上の洗濯物。
樽を転がす職人。
野菜屑を積んだ荷車。
朝の事故の噂を話す酒場客。
南区の大階段を上るにつれ、麦汁と煤の匂いが薄くなった。
代わりに、焼いたパン、馬糞、香油、薬草の匂いが混ざる。
エルサは頭巾を深くかぶった。
昨日まで、王都の人間に見つかることは死を意味した。
今日からは、錫の塔の業務札を見せれば、少なくとも下働きのエルサとして説明できる。
説明できることと、安全であることは同じではない。
中央区へ近づくほど、道幅が広くなった。
石畳の継ぎ目が揃い、排水溝には蓋があり、店の看板は人の顔へぶつからない高さに掛けられている。
王都は一つの街ではない。
高低差ごとに、別の人間が別の値段で暮らしていた。
通りの先に、銀色の細い尖塔が見えた。
銀の塔。
白金の塔ほど高くない。
鉄の塔ほど煙を吐かない。
淡い灰色の外壁に窓が多く、半透明の薄板が朝の光を白く散らしている。
正門前には、患者と家族の列ができていた。
咳をする老人。
額へ布を巻いた子供。
腕を吊った職人。
腹の大きな女性。
籠の中で鳴く、羽の一部が青く変色した鳥。
人間用と動物用の受付札があるのに、列は途中で混ざっている。
血のついた布が運ばれ、誰かが吐き、子供が泣いていた。
薬草を煮る匂いの奥へ、消毒用の酒精が刺さる。
王宮へ来る銀の医師は、清潔な外套を着て静かに現れ、静かに帰った。
治療という仕事が、実際にはこれほど騒がしいとは知らなかった。
「面会ですか?」
声をかけられた。
白に近い灰色の作業衣を着た若い女だった。
二十歳を少し越えた程度。
袖を肘まで折り、胸元へ銀の小札をつけている。
髪は邪魔にならないよう固くまとめられ、指先には薬草の緑が残っていた。
手には記録板。
「錫の塔から参りました。ゲルト親方の経過確認です」
エルサは業務札を見せた。
女は、札とエルサの顔を順に見る。
「お名前は?」
答えが一瞬遅れた。
「エルサ」
呼ばれれば、すでに振り向ける。
自分から名乗る時には、まだ少し引っかかった。
女は記録板を確かめた。
「錫の塔、厨房下働き兼記録補助。聞いています。私はマチルダです」
「医師?」
「エレナ先生の助手です。ゲルトさんの区画まで案内します」
マチルダは歩き出した。
エルサは後を追う。
正門を入った先は、銀色に輝く静かな広間ではなかった。
床は磨かれているが、泥の足跡が続く。
壁には何十枚もの札。
発熱。
外傷。
出産。
魔力酔い。
獣傷。
薬草中毒。
原因不明。
隔離。
死亡確認。
矢印が多すぎて、初めて来た者には読めない。
「案内が必要なのね」
エルサが言うと、マチルダは振り返った。
「必要です。増築するたび区画番号が変わりましたから」
「人の体を調べる塔が、自分の建物の動線は把握できないの?」
「建物は青銅の塔の担当です」
真面目な顔で返された。
冗談ではないらしい。
銀の塔にも壁がある。
「ゲルト親方の意識は?」
「まだ戻っていません」
「搬送後、一度も?」
「明確な意思疎通はありません。刺激へ反応することはあります」
「黒い筋は?」
マチルダの歩みが僅かに遅くなった。
「面会区画では包帯へ触れないでください」
「質問への回答ではないわ」
「私から説明できる範囲ではありません」
「説明できないのか、説明しないのか、どちら?」
マチルダは足を止めた。
窓の向こうを担架が通る。
片脚を失った男が横たわっていた。
切断部は厚い布で巻かれ、端に赤い血が滲んでいる。
「エレナ先生からは、現在の症状と処置だけを伝えるよう指示されています」
マチルダは言った。
「分からないことを、分かったようには言えません」
言い逃れではなかった。
少なくとも、マチルダ自身は。
エルサはそれ以上追及しなかった。
「妥当ね」
「怒らないんですか?」
「怒っているわ。あなたの回答が間違っていないだけよ」
マチルダは少し困った顔をした。
それから、また歩き出した。
◇
病室の前に、女性が一人いた。
寝台の横ではない。
廊下の長椅子へ座っていた。
五十代ほど。
髪を後ろで束ね、濃い茶色の外套を着ている。
膝の上には布袋。
両手は赤く荒れ、爪の間へ黒い粉が残っていた。
鉄の塔の職人家族らしい手だった。
女性は、マチルダを見ると立ち上がった。
「もう一度だけ、顔を見ても?」
「面会時間は終わっています」
「起きたら、誰もいなかったと思うでしょう」
「目が覚めれば、すぐに呼びます」
「いつ?」
マチルダは答えられなかった。
女性の手が、布袋を強く掴んだ。
袋の口から、繕いかけの厚い作業手袋が見えている。
右手用。
親指の根元へ新しい革が当てられていた。
「奥様?」
エルサが声をかけた。
女性が振り向く。
「どちらさん?」
「錫の塔のエルサです。酒場事故の内部記録を補助しています」
家名を聞かれなかったことに、少し安堵した。
「ゲルト親方の経過を確認に来ました」
女性の顔から、僅かに力が抜けた。
安心ではない。
知っている場所から人が来たことへの反応だった。
「錫から……」
「はい」
「朝にも、塔から使いが来たよ」
エルサはマチルダを見た。
マチルダは何も言わない。
「誰が?」
「名前は聞かなかった。丸い顔の男だった」
マルコだろうか。
本人が来たのか、別の者を寄越したのか。
「何を?」
「これを置いていった」
女性は外套の内側から、小さな封筒を出した。
封蝋はない。
表に錫の印だけ。
中身は見せなかった。
エルサも尋ねなかった。
金かもしれない。
食券かもしれない。
治療費の仮払いかもしれない。
「受け取ったの?」
「置いていったんだよ。返すなら、親方が起きてから返せって」
「返すつもり?」
女性は封筒を見た。
「うちの人は、錫の酒場で勝手に倒れたんじゃない。仕事帰りに飯を食べてただけだ」
「ええ」
「だからって、錫だけが悪いと決まったわけじゃない」
「まだ決まっていません」
「鉄からも、銀からも、何も来てない」
責める声ではなかった。
事実を並べる声だった。
エルサには、その方が重かった。
「それでも、今日の食事代は要る。工房へ行けない分の給金も減る。銀へ通う馬車代もかかる」
女性は封筒を握った。
「正しいかどうか決まるまで、腹は待ってくれない」
エルサは答えられなかった。
王宮なら、責任の所在が確定するまで支払いを保留する。
保留中に相手が死ねば、死亡者補償へ切り替える。
その方が安くなることもある。
女性はエルサの持つ布包みへ目を向けた。
「それは?」
「黒パンと干し林檎です。患者が食べられない場合は、ご家族へと」
「食べ物まで?」
「大した量ではありません」
女性は受け取らなかった。
「親方が起きたら食べさせて」
「銀の許可が必要です」
「起きるまで悪くなるだろ」
乾燥品でも、永遠にはもたない。
エルサは包みを見た。
ゲルトの意識が戻る日付は空欄。
食べ物には期限がある。
患者の妻にも、明日の食費が要る。
「半分だけ持って帰ってください」
エルサは言った。
「残りは、親方が起きた時のために銀へ預ける」
「勝手に決めていいのかい?」
「よくありません。だから、マチルダに確認します」
マチルダは包みを開き、中身を見る。
「黒パンはご家族へ。干し林檎は患者用には適しません」
「では、全部奥様へ」
女性はようやく受け取った。
「名前は?」
「エルサです」
「家は?」
喉が狭くなった。
「錫の塔で働いています」
家ではない。
だが今の自分が答えられる住所は、それだけだった。
女性はそれ以上聞かなかった。
「私はアンナ。ゲルトの妻だよ」
アンナは布袋から右手用の手袋を取り出した。
「昨日の朝、穴が開いてるって文句を言ってた。帰ったら直すって言ったんだ」
厚い革。
鉄粉。
新しい当て布。
親指の根元だけ、まだ縫い終わっていない。
「右手用ね」
エルサが言うと、アンナは頷いた。
「左じゃ槌が振れない」
その言葉で、ジャックの空の右袖が浮かんだ。
地下牢。
緑の外套。
肩口から先のない布。
包帯の隙間へ走っていた、根のような黒い筋。
ゲルトの腕は、まだついている。
意識はない。
包帯の下で黒い筋がどうなっているか、エルサには見えない。
「切る話は出ている?」
アンナの顔が固まった。
尋ね方を間違えた。
「誰から聞いた」
「誰からも。黒変が腕へ出たと聞いたから、可能性を確認しただけです」
「銀は何も言わない」
マチルダが口を開く。
「現時点で、切断の決定はありません」
現時点。
便利で、恐ろしい言葉だった。
未来を約束せず、現在の嘘もつかない。
アンナは手袋を握りしめた。
「目が覚める前に、勝手に切られたりしないね?」
「緊急処置が必要な場合を除き、ご家族への説明を行います」
「必要になったら?」
マチルダは答えを選んだ。
「命を守る処置を優先します」
正しい。
それでも、アンナの欲しい答えではなかった。
エルサは、未完成の右手袋を見た。
直して待つ物。
使う人間が戻る保証はない。
それでも、妻は持ってきた。
「親方のそばへ置ける?」
エルサが尋ねた。
マチルダは首を振る。
「病室へ私物は置けません。汚染確認が終わっていないので」
「では、預かり札を出して」
「手袋へ?」
「持参者、日時、用途、返却先。紛失したら、何を返すの?」
マチルダは少し考えた。
銀の塔では、薬、血、症状、処置を記録する。
待っている手袋までは、記録の外らしい。
「私物預かりの書式があります」
「使って」
マチルダは記録板から小さな紙を切り、項目を書いた。
患者名。
持参者。
品目。
右手用作業手袋。
未完成。
返却先、妻アンナ。
エルサは最後の欄を指した。
「親方が起きた場合の扱い」
「本人へ確認?」
「それでいいわ」
マチルダが追記する。
アンナは紙を見た。
「こんな物まで書くのかい」
「書かなければ、ただの汚れた手袋として処分されるかもしれません」
「銀はそんなことを?」
「するかどうかではなく、しないために書くの」
アンナは少しだけ笑った。
疲れた笑いだった。
「親方が嫌いそうな娘だね」
「よく言われます」
「まだ会ってないだろ」
「起きたら嫌われる予定です」
◇
病室へ入れるのは一人ずつだった。
アンナはすでに面会時間を使い切っている。
マチルダの許可で、エルサは記録補助として扉の内側まで入った。
ゲルト親方は眠っていた。
窓際の寝台。
鉄の塔の作業着ではなく、銀の塔の薄い寝間着。
太い首も、煤けた腕も、白い布の中では病人のものだった。
右腕は胸元で吊られている。
指先まで包帯。
左手は布団の上。
爪の間には、洗い切れなかった黒い鉄粉が残っていた。
呼吸は浅いが、続いている。
「声は聞こえる?」
エルサが尋ねた。
「可能性はあります」
マチルダが答えた。
「反応がなくても?」
「聞こえていると考えて話すよう、ご家族には案内しています」
エルサは寝台の横へ立った。
何を言えばよいのか分からない。
見舞いの言葉なら知っている。
貴族の病床へ向ける、回復を祈る整った言葉。
今のゲルトに必要とは思えなかった。
「ゲルト親方」
返事はない。
「豊穣の酒場の保温鍋は停止しました。分解部品も残しています。外向け報告とは別に、黒い根と発症者の症状を内部記録へ残すことになりました」
マチルダが、少し不思議そうにエルサを見る。
病人へ話す内容ではない。
けれど、ゲルト親方が起きた時に最初に気にするのは、事故の原因か、自分の腕か、家族の金かもしれない。
どれかは分からない。
「奥様が先に来ています」
エルサは続けた。
「右手の作業手袋を持ってきました。親指の当て革はまだ縫い終わっていません。銀の塔へ預かり札を出させたので、勝手に捨てられることはありません」
ゲルトの指は動かなかった。
「起きたら、自分で受領確認をしてください」
反応なし。
エルサは包帯に包まれた右腕を見た。
ジャックの袖とは違う。
中身がある。
まだ。
「腕も、勝手に処分されないようにしてください」
マチルダが息を止めた。
言葉が強すぎた。
だが、取り消してもゲルトは聞いていないとは限らない。
寝台脇の札を見る。
名前。
所属。
発症時刻。
症状。
処置。
意識。
右腕所見。
面会者。
そこへ、妻アンナの名前がある。
その下へ、エルサの名も加えられる。
銀の塔の患者記録に、エルサという人間が残る。
シシーリアではない。
錫の塔の新しい記録補助として。
「黒い筋が変化した時は、錫の塔へ時刻を知らせて」
病室を出てから、エルサはマチルダへ言った。
「正式な連絡はエレナ先生から塔長へ行います」
「正式な報告書ができた後では遅いかもしれない。色、範囲、温度、硬さ、意識状態。変化した時刻だけでも」
「患者情報です」
「私は内部記録担当よ」
「今日、任命されたばかりでしょう」
「だから何?」
「業務範囲の確認が必要です」
正しい。
腹が立つ。
エルサは腰の業務札を見せた。
「錫の塔へ照会を出して。マルコが拒否したら、その拒否も記録して」
マチルダは、しばらく札を見た。
それから頷いた。
「経過照会希望として残します」
「誰の希望?」
「錫の塔のエルサさん」
名前が記録へ入る。
一瞬だけ、断りたくなった。
しかし、これは今の自分の仕事だった。
「それでいいわ」
◇
銀の塔を出ると、日が傾き始めていた。
中央区の石畳はまだ明るい。
店先では白パンが並び、薬草売りが残り物を束ねている。
馬車が通る。
鐘が鳴る。
人が目を覚まさなくても、街は止まらない。
エルサは来た道を戻った。
大階段を下りるにつれ、香油の匂いが消え、煤と麦汁が戻ってくる。
錫の塔へ着く頃には、夕食の仕込みが始まっていた。
「どうだった?」
リーネが野菜籠を抱えて聞いた。
「生きているわ」
「起きてた?」
「まだ」
「じゃあ、話せなかったね」
「一方的には話したわ」
「それ、話したって言うの?」
「記録上は面会よ」
リーネはよく分からない顔をした。
「奥さんが来てた?」
「ええ。アンナさん。右手の手袋を持ってきていた」
「親方、右利きなんだ」
「今、気にするところはそこ?」
「だって、起きたら使うでしょ」
単純な言葉だった。
起きたら使う。
腕が残り、手が動き、親方が戻れば。
エルサは未完成の手袋を思い出した。
「塔からも、先に使いが行っていたそうよ」
リーネの手が少し止まった。
「そう」
「知っているの?」
「何を?」
「何を渡したのか」
リーネは野菜籠を持ち直した。
「私は知らない」
嘘には見えなかった。
少なくとも、詳しくは知らない。
「マルコへ聞けば?」
「本人から正直な説明が返ると思う?」
「じゃあ、明日聞けばいいよ」
「誰に?」
「帳簿とか」
エルサは黙った。
一か月雇用。
厨房下働き兼記録補助。
内部記録閲覧権。
今日得たばかりの権利だった。
ただし、見られることと、理解できることは同じではない。
厨房の奥からグレタが呼んだ。
「エルサ! 戻ったならカルトッフェル剥きな!」
エルサは反射的に振り向いた。
「今行くわ」
新しい名前で呼ばれ、いつもの仕事へ戻る。
野菜台へ座り、刃を取る。
最初のカルトッフェルは、少し厚く剥きすぎた。
ジャックの空の右袖。
ゲルトの包帯に包まれた腕。
未完成の右手袋。
説明されなかった封筒。
考えることが多かった。
「厚い」
リーネが言った。
「分かっているわ」
二個目は、少し薄く剥けた。
意識の戻らない人間がいる。
待っている妻がいる。
理由の決まらない金が必要になる。
分からないことは残っている。
それでも、明日の食事は作らなければならない。
カルトッフェルの皮は細く続き、桶の底へ落ちた。




