第15話 食材搬入口
王宮へ入る方法なら、シシーリアは十二通り知っていた。
賓客用の正門。
王族専用の東門。
円卓会議の盟卿が使う北の車寄せ。
庭園へ通じる小門。
舞踏会の夜だけ開かれる回廊。
侍女の通用口。
緊急時の避難路。
そのほかにも、門番へ顔を見せるだけで開いた扉がいくつもあった。
エルサが使えるのは、その十二通りのどれでもない。
豚肉とカブの間へ挟まる、十三通り目だった。
荷車が石畳の継ぎ目を踏んだ。
車輪が大きく跳ねる。
積み上げられた木箱が軋み、エルサの頭上でカブが一つ転がった。
彼女は身を縮めた。
鼻先には麻袋。
背中には塩漬け肉の箱。
右膝には、何か硬い根菜が食い込んでいる。
荷車の幌は下ろされていたが、完全には閉じられていない。布の隙間から午後の薄い光が差し込み、小麦粉のような埃を照らしていた。
王太子妃候補だった頃には、こんな場所へ入る食材がどのように運ばれてくるのか、考えたこともなかった。
正確には、考える必要がなかった。
厨房へ頼めば料理は出てきた。
衣装室へ命じればドレスが届いた。
馬車を用意させれば、扉の前で乗り降りできた。
王宮とは、望んだ物が適切な形へ整えられて目の前に現れる場所だった。
その裏側で、誰かがカブと一緒に揺られている可能性は、教育課程に含まれていなかった。
もう一度、荷車が跳ねた。
エルサは舌を噛みかけた。
「積み荷の扱いが乱暴すぎるわ」
声を抑えて言う。
向かい側の木箱へ腰掛けていたフランツが、呆れた顔をした。
「積み荷が文句を言うな」
「壊れやすい品なのよ」
「自分で荷車へ乗っただろ」
「選択肢が少なかっただけです」
「正門から入ってもよかったんだぞ」
「では、あなたが先に行って、悪女シシーリア本人を連れてきましたと門番へ説明してください」
「俺はお前の本名を知らん」
「今の発言は忘れて」
「自分から言ったんだろうが」
フランツは腕を組んだ。
錫の塔の設備職人らしい、太い指と傷の多い手だった。今日はいつもの煤けた作業着の上へ、王宮への出入りに必要な灰色の職人外套を着ている。
胸元には錫の塔の業務札。
エルサの首からも、同じ形の小さな札が下がっていた。
表には錫色の円。
裏には塔長印と、外勤者番号。
名前はエルサ。
家名はない。
この札を持って塔の業務として動く間だけ、彼女は身元のある人間として扱われる。
札を外せば、素性不明の女へ戻る。
大変に丈夫な身分だった。
紐一本で首から下がっている。
「食っとけ」
フランツが言った。
エルサは膝の上に置いていた油紙を見た。
出発前、グレタに押しつけられた黒パンとヴルスト。
黒パンは硬く、ヴルストはすっかり冷えて脂が白く固まっている。
王宮へ向かう食材荷車の中で、王宮の食材に囲まれながら、錫の塔から持たされた携帯食を食べる。
ひどく間抜けな話だった。
「食欲がないわ」
「戻るまで食えないかもしれんぞ」
「宴席の調査へ行くのでしょう。料理くらいあるのでは?」
「お前、調査中の料理を食う気か」
「安全が確認できたものなら」
「安全を確認しに行くんだろうが」
もっともだった。
エルサはヴルストを持ち上げた。
油紙を剥がすと、胡椒と燻煙の匂いがした。冷えてはいるが、肉は肉だ。
酒場の事故以来、錫の塔の食卓からは肉が減った。
苦い小麦騒ぎで、さらに出費が増えた。
こんな時に一本丸ごと渡されたものを残せば、グレタに殺される可能性がある。
王宮に捕まるのと、どちらがましかは判断が難しい。
一口噛む。
皮が歯の間で弾けた。
中の脂は冷たく、舌へべったりと残った。
温かければ、もっとおいしかったはずだ。
今の自分にとっては、王宮の晩餐よりこちらのほうが値打ちがある。
そう考えた瞬間、エルサは少し不愉快になった。
人間は落ちぶれると価値観まで都合よく変える。
あるいは、今まで自分が値打ちを知らなかっただけかもしれない。
「止まるぞ」
フランツが小声で言った。
エルサはヴルストを油紙へ戻した。
荷車の速度が落ちる。
幌の外で声がした。
「錫の塔、食材管理部品および検査員二名!」
御者が叫んでいる。
「業務札を」
別の男の声。
フランツが幌を少し持ち上げ、札を外へ出した。
エルサも同じようにする。
布の隙間から、灰色の制服を着た検査係が見えた。
札を見ている。
裏返す。
塔長印を指でなぞる。
「女のほうも顔を」
エルサの指が止まった。
フランツがこちらを見る。
決めていた手順だ。
顔を隠したままでは、正式な外勤者として入れない。
隠しすぎれば、かえって疑われる。
エルサはフードを少し上げた。
顔の上半分は前髪の影へ残す。
頬には、出発前にわざと薄く煤をつけてある。
化粧で顔立ちを変えるより、厨房の下働きに見える汚れのほうが自然だった。
検査係は一度だけ彼女を見た。
目が合う。
心臓が強く打った。
知っている顔ではない。
相手も何の反応も示さなかった。
「名は」
「エルサ」
自分の名が口から出る。
もう遅れない。
「家名」
「ありません」
検査係が眉を上げた。
エルサは業務札を少し高く持った。
「錫の塔が身元を保証しています」
「外勤歴は?」
「初めてです」
「担当」
「食材記録の補助」
「読み書きは」
「できます」
「どの程度」
「あなたの質問票にある誤記を、三つ指摘できる程度には」
沈黙が落ちた。
フランツが目を閉じた。
検査係は手元の板を見た。
「誤記?」
「錫の塔の正式表記は『生活技術及び醸造管理』です。『生活雑務』ではありません。それから検査品目の麦酒が、麦の酒ではなく麦の汁になっています。最後に、外勤者番号の記入欄が昨年度の様式です」
「エルサ」
フランツが低く呼んだ。
「事実です」
「今、言う必要があるか?」
「聞かれました」
検査係の口元が引きつった。
怒るかと思った。
しかし、彼は板へ視線を落とし、古い様式の欄を親指で隠した。
「通れ」
「ありがとうございます」
「ただし、勝手に歩き回るな。厨房管理官の指示に従え」
「承知しました」
荷車が動き始める。
門を抜ける。
厚い石壁の下へ入った瞬間、外の光が消えた。
蹄の音が狭い通路へ反響する。
エルサは息を吐いた。
フランツが彼女を睨んでいた。
「何?」
「口を慎む約束はどうした」
「慎んでいたでしょう」
「どこがだ」
「誤記を三つしか指摘しませんでした」
「ほかにもあったのか」
「四つ」
「黙ってろ」
荷車が暗い門道を抜けた。
再び光が差す。
ただし、そこはエルサの知る王宮の景色ではなかった。
白い石の柱も、噴水も、整えられた花壇もない。
石壁に囲まれた細長い荷捌き場。
積み上げられた樽。
野菜箱。
吊るされた肉。
濡れた床。
荷車を誘導する怒鳴り声。
人、人、人。
厨房へ入る食材と、厨房から出る生ごみが、同じ場所の左右を行き交っている。
壁際では、鶏籠の中から白い羽が舞っていた。
別の荷車からは、塩漬け魚の樽が下ろされている。
王宮は正面から見ると国の威厳を示す建物だが、裏から見れば巨大な胃袋だった。
毎日、恐ろしい量を飲み込み、食べ、吐き出す。
「降りろ」
フランツが先に荷車を降りた。
エルサは幌の外へ足を出した。
靴底が石床へ触れる。
王宮。
戻ってきた。
膝の奥へ、わずかな力の抜ける感覚があった。
地下牢とは違う。
処刑台でもない。
ここで首を測られたわけではない。
それでも、体は王宮という場所を一つの危険として覚えているらしい。
息が浅くなる。
エルサは業務札を握った。
錫の塔。
エルサ。
記録補助。
現在の項目を頭の中で数える。
シシーリアではない。
婚約者でもない。
罪人でもない。
荷車から降りた下働きだ。
「おい」
フランツの声。
エルサは顔を上げた。
「立てるか?」
「立っています」
「顔が白いぞ」
「元からよ」
「煤まで白くなってる」
「煤は黒いでしょう」
くだらない返事をすると、呼吸が少し戻った。
フランツはそれ以上聞かなかった。
荷車の後ろでは、塔から持ち込んだ検査箱が下ろされている。
錫の小瓶。
封印布。
計量器。
記録板。
粉を採取する匙。
フランツの工具。
食材検査とは名ばかりで、実際には錫の塔にある物を詰め込んできただけに近い。
「検査員はこっちだ!」
王宮の雑役長らしい男が呼んだ。
四十代ほど。
首が太く、腰の鍵束が歩くたびに鳴っている。
「塔の者か」
「フランツ。設備を見る」
「エルサ。記録補助です」
「若いな」
「年齢は記録精度に影響しますか?」
「エルサ」
フランツがまた名前を呼んだ。
今度は警告だった。
雑役長は片眉を上げたが、言い返さなかった。
「宴席用の麦は西小厨房の前室だ。案内する。荷物はそこの台車へ載せろ」
男が歩き出す。
エルサも続こうとして、壁へ目を向けた。
藁で作られた小さな人形が、釘から逆さに吊るされている。
赤い布のドレス。
栗色の毛糸の髪。
首には、金色に塗られた輪。
顔には黒い墨で、つり上がった目と大きな口が描かれていた。
腹の部分へ、麦穂が一本突き刺されている。
エルサは足を止めた。
「何だ、あれ」
フランツも人形に気づく。
雑役長が振り返った。
「ああ。悪女除けだ」
「悪女?」
「知らんのか。シシーリアだよ」
自分の名を他人の口から聞いた。
エルサは表情を動かさなかった。
「どうして逆さに?」
フランツが尋ねる。
「足を上にして吊るすと、厨房へ入り込めないんだとさ」
「人形が?」
「悪女がだ」
雑役長は真面目な顔で説明した。
「食材を腐らせる。酒を酸っぱくする。男を惑わせる。銀の匙を盗む。宴席へ毒を入れる。西じゃ昔からそう言うらしい」
初耳だった。
少なくとも、生きていた頃には聞いたことがない。
「全部、一人で?」
エルサは思わず尋ねた。
「悪女だからな」
便利な言葉だった。
悪女なら、人間一人に不可能な仕事量まで処理できるらしい。
「最近、王都でも流行ってるんだよ。シシーリアが獄死してからな。死んだ悪女は食い意地が張ってるから、厨房へ戻ってくるんだと」
「死んでいるなら壁くらい抜けるのでは?」
雑役長が黙った。
フランツが咳払いをした。
「気にするな。こいつ、疑問を放っておけない病気なんだ」
「治るのか?」
「錫の塔でも無理だった」
「不治ね」
エルサは逆さの人形を見上げた。
赤い布は安物だった。
頭が下になったせいで、毛糸の髪が床へ向かって垂れている。
生前のシシーリアは、食材を腐らせたことも、銀の匙を盗んだこともない。
男を惑わせた覚えについては、相手側の証言を聞く必要がある。
宴席へ毒を入れたという噂は、冤罪事件と混ざって生まれたのだろう。
本人が獄中死した直後だというのに、ずいぶん商品化が早い。
瓦版だけでなく護符まである。
王都の商人も仕事が速かった。
西の人間として、少し誇らしい。
人間としては腹立たしい。
「急げ」
雑役長が言った。
三人は荷捌き場を離れた。
低い天井の通路へ入る。
ここから先は、エルサの知る道だった。
使用人用の裏廊下。
左へ行けば大厨房。
右は菓子工房。
まっすぐ進み、二つ目の角を曲がれば西小厨房。
その先には、宴席用の保温室と配膳待機室がある。
雑役長はまだ何も言っていない。
それなのに、エルサの足は自然に右へ向きかけた。
違う。
現在の目的地は西小厨房だ。
左。
次の分岐を左へ。
そう考えた瞬間には、すでに体がそちらへ動いていた。
「おい」
フランツの声で、エルサは止まった。
雑役長は反対側を指している。
「そっちは菓子工房だ」
エルサは指された方向を見た。
廊下の改修で入口が一つ増えている。
以前とは少し変わっていた。
だが、壁の中を通る排気管の音と、床の傾斜は同じだった。
「初めてじゃなかったのか」
フランツが尋ねた。
「初めてです」
「迷わず曲がったぞ」
「間違えました」
「間違えるにも迷いがなかった」
「厨房は煙と排水の向きを見れば、だいたい分かるわ」
「王宮の中でか?」
「大きくても厨房は厨房です」
「さっきは菓子工房へ行こうとしただろ」
「甘い物が好きなの」
「お前、出発前に砂糖菓子を高いって戻したじゃないか」
「好きであることと買えることは別問題よ」
フランツは納得していない顔だった。
雑役長が二人を見比べる。
「錫の塔は、こんなのばかりなのか?」
「こいつは特別だ」
「褒め言葉として受け取るわ」
「褒めてない」
以前にも、同じようなことを言われた気がした。
リーネだったか。
錫の塔では、褒められていない言葉を褒め言葉として回収する技能が必要になる。
廊下を進む。
前から、銀の盆を持った侍従たちが来た。
雑役長が壁際へ寄る。
フランツも続く。
エルサは一瞬遅れて、壁へ背をつけた。
昔なら、逆だった。
シシーリアが歩けば、使用人たちが道を空けた。
侍女は頭を下げた。
料理人は帽子を取った。
王宮の廊下は、彼女がまっすぐ歩くために存在しているように見えた。
今は、誰もエルサを見ない。
侍従たちは会話を続けたまま通り過ぎた。
一人の袖が、エルサの前掛けへ触れた。
銀盆から漂う香りが鼻へ届く。
鶏肉。
白ワイン。
香草。
バター。
まだ客へ出す料理ではない。
厨房長が味を見る試作品だろう。
昔なら、味見の感想を求められたかもしれない。
今の彼女には、残り香だけが与えられた。
壁は冷たかった。
背中の薄い作業着を通して、石の感触が伝わる。
見えない側にいる。
安心する。
同時に、胸の奥へ小さな空洞ができた。
未練ではない。
失った身分が惜しいわけでもない。
ただ、自分がかつて占めていた空間へ、別の誰かが何の滞りもなく収まっていることを、体が理解した。
人間一人が死んでも、廊下の流れは変わらない。
使用人は歩く。
料理は運ばれる。
宴席は開かれる。
婚約者は替わる。
実に健全だった。
「行くぞ」
フランツが言った。
エルサは壁から離れた。
前掛けへ白い粉がついている。
侍従の袖ではない。
壁の漆喰だろう。
彼女は手で払わなかった。
煤と粉のついた下働きのほうが、ここでは安全だった。
西小厨房の前室には、麦袋が並べられていた。
大宴会用ではなく、王族と少人数の客へ出す料理に使われる区画だ。
広さだけなら錫の塔の厨房と変わらない。
ただし設備は比較にならなかった。
磨かれた銅鍋。
銀の計量器。
温度を一定に保つ魔導炉。
壁へ埋め込まれた冷蔵庫。
床には水を流して洗える細い溝。
棚の瓶には、すべて日付と担当者名が書かれている。
金がある。
圧倒的に。
錫の塔で修理を重ねながら使っている道具が、ここでは最初から正しい形で揃えられていた。
フランツが炉の前へしゃがみ込む。
「上等だな」
悔しそうに言った。
「羨ましい?」
「道具に罪はない」
「使う側には?」
「まだ見てない」
フランツは炉の外板へ触れた。
すぐに眉を寄せる。
「外板を外すには、棚をどかす必要があるな」
「壊れた時のことを考えていない造り?」
「見た目を優先したんだろ。管も壁の中だ。故障したら厨房ごと止める」
「王宮らしいわね」
「知ってるみたいに言うな」
エルサは聞こえなかったふりをした。
雑役長が麦袋を指した。
「宴席で使う予定の南部小麦だ。毒見役から、念のため錫の塔にも確認を取れと」
「毒見役は何を見たの?」
エルサが尋ねる。
「まだ何も。事前確認だ」
「使用を止めている?」
「止めてない」
「では、確認の意味がないでしょう」
「正式な検査は済んでいる」
雑役長は袋の表面を叩いた。
「全部、印がある」
エルサは近づいた。
麻袋の縫い目。
封紐。
荷札。
集荷地。
製粉所番号。
最初に目へ入ったのは、折れた麦穂を円で囲んだ印だった。
前に追った、南部の集荷区分。
同じ符号。
その下に、製粉所の番号。
さらに仲介商会。
王都受領倉庫。
数字を目で追う。
完全に同じ袋ではない。
だが、同じ経路を通っている。
エルサは袋へ顔を近づけた。
乾いた小麦の匂い。
麻。
倉庫の木。
その奥に、微かな金属のような刺激。
気のせいだと言える程度。
知らなければ、無視する程度。
けれど、舌が覚えている。
苦いパン。
呼吸する樽。
青白く光った泡。
「開けても?」
「封を切るなら記録を」
雑役長が言った。
エルサは記録板を出した。
フランツが封紐を確認する。
「結び直した跡はない」
「針穴は?」
「見当たらん」
「袋の湿り」
「なし」
「底」
フランツが袋を少し傾けた。
粉は漏れない。
虫の死骸もない。
目に見える異常はなかった。
エルサは袋の表面へ押された印を見た。
一つ。
麦穂を囲む緑の印。
生産地と収穫区分。
二つ。
石臼を示す灰色の印。
指定製粉所で処理された証明。
三つ。
天秤の印。
規定重量を満たしている。
四つ。
甲虫へ斜線を引いた印。
害虫なし。
五つ。
水滴を囲む輪。
水濡れ、黴、腐敗臭なし。
六つ。
銀の杯。
既知の毒物検査済み。
七つ。
王冠の下に小さな門。
王宮倉庫受領済み。
七つ。
あまりにも整っている。
錫の塔へ届いた袋にも、複数の印はあった。
だが、王宮用はさらに厳重だった。
生産地。
製粉。
重量。
害虫。
腐敗。
毒物。
受領。
ここまで確認されていれば、安全だと思う。
誰でも。
思わなければ、何のための検査制度か分からない。
「全部、通ってるじゃないか」
フランツが言った。
その声には、安堵より困惑があった。
「袋も正常だ。封も切られてない。保管状態も悪くない」
雑役長が腕を組む。
「だから言っただろう。王宮の検査は厳しい」
エルサは返事をしなかった。
指先で、最初の印へ触れる。
生産地証明。
これは、その土地で収穫されたという意味だ。
小麦が安全だという意味ではない。
二つ目。
指定製粉所。
決められた場所で挽いたという意味。
製粉前の小麦が正常だったとは保証しない。
重量。
虫。
水濡れ。
既知毒物。
受領。
それぞれが、違うことを確かめている。
どの印も嘘ではないのかもしれない。
どの担当者も、規則どおり仕事をしたのかもしれない。
だからこそ、この袋はここまで来た。
七つの関所を、何一つ不正なく。
「エルサ?」
フランツが呼んだ。
エルサは七つの印を見たまま答えた。
「ええ」
「何が、ええだ」
「全部、正しいのよ」
雑役長が鼻を鳴らした。
「なら問題ないだろう」
エルサはようやく顔を上げた。
「いいえ」
七つの印は、七人が安全を保証した証ではなかった。
七人とも、自分の見た範囲では間違えていないという証だった。
「だから厄介なのよ」




