エピローグ【私達は正解を拒否して生きていく】
鐘が鳴りました。
ゆっくりと時間をかけて次の音が聞こえると、私も窓から離れました。
予定通り国王の密葬が行われた知らせでしかなく、それ以上でもそれ以下でもありません。
「ナーシャ、砂糖たっぷりのお茶を入れて頂戴」
「はい」
全ては解決したのではなく、解決させたのです。
結局、陛下は何を聞いても何を言われても、根深く疑う心を捨て去る事が出来ませんでした。
愛を語りながら愛など、陛下の前では何の意味もなかったと言う事です。
それが陰謀が付きまとう王族に生まれ落ちた業からだったとしても……哀れなものです。
陛下は全ての責任をとって『亡くなられました』。
あの日、最後の最後で密約は果たされませんでした。
陛下との会合を終えて王城の一般区画に戻った私達を待っていたのは、まさかのソルシアーナでした。
父やメイヴェナ公爵を始めとした上位貴族、帰ったかに見えた方達も勢揃いしておりました。
「最後の会話はどんな様子でした?」
雰囲気がただならぬものがありましたが、ソルシアーナの声自体はいつも通りの穏やかなものでした。
私は首を傾げ、
「……何もかも信用出来ず、嘆かれておりました」
「そう。なら、私達が裏切っても何も問題はないでしょう」
ソルシアーナは後ろに控えていた上位貴族当主達に頷くと、フリードの腕を掴んで全員で私達が戻った道を進んでいきました。
すれ違いざま父が私に、
「これからはソルシアーナ様と当主達の話し合いだ」
短くそう私に告げました。
普段の父はソルシアーナをメイヴェナ公爵令嬢と呼ぶのですが、ソルシアーナ様ですか。
今日は歴史が動く日なのでしょう。
一緒に父の言葉を耳にした第2王子殿下は安心感もあって限界が来たのでしょうか、崩れ落ちました。
戻ってくるのを待っていた第2王子殿下付きの侍従が慌てて走ってきて、苦しそうな殿下を助け起こします。
「本当に終わりだな……実に虚しい終わりだ」
ポンとグリフィスの腕を叩いた第2王子殿下は、侍従だけでなく騎士達の手を借りて、長らく留守にしていた自身の部屋へと戻っていきました。
そして、私も。
グリフィスを自滅する陛下から引き離す為に掴んでいた手を離し、父達の話し合いが終わるのを待つ事なく家に帰ろうと歩き出しました。
「あの、ディアーモ公爵令嬢……」
先程の審議室での堂々たる声とは違い、背後から聞こえたのはどこか頼りなげな声でした。
こう言う声はケインを思い出します。
全てが過ぎた話ですが。
「もっと早くに私の前に現れてくれたら、私は貴方に幸せにして貰ったかも知れないわね。でも、貴方は遅すぎた」
可哀想な令嬢はずっと助けを待っていたのに、現れなかった。
エリックは確かに退けてくれたかも知れないけど、あの頃の泣いてばかりだった子供の私に一言声をかけてくれても良かった。
「……私もケインと同じく愛よりも家族を取った。君に声をかける事も罪人なのだから相応しくないと思った」
私はグリフィスに背を向けていました。
振り返る気配もなかったから、グリフィスも私に背を向けている事でしょう。
「あの頃の私は声をかけてくれるなら誰でも良かったわ」
「そうも言うけどね、意外と君の両親は君に近付く不埒な者を警戒している。今はフリードもかな」
ああ、エリックがいなかったら。エリックなんていなかったら!
私の扇を持つ手に力が入ります。
エリックがいなかったら、私は幸せになれたのに!
「残念ね。貴方の罪を知る前だったら、何か違っていたかも知れないわ」
現実に発する声が震えそうになります。
心の中は恨みの籠もった叫びを繰り返しております。
結局は、エリックの所為で私は幸せを逃してしまった。
今回エリックを断罪出来たにしても、無駄に流れた時間は戻りません。
そして、私はどんなに欲しいと思っても、どうしようもない陛下の罪に加担してしまったグリフィスの手はもう掴めません。
私が恋の未練を振り切るように歩き出すと、
「オルゴールはよく確認した方が良いよ」
その言葉の意味が分からず私が振り返ると、グリフィスは廊下の先を曲がって消えた所でした。
密葬という名の陛下の放逐も終わった所で、私は自分の持っている4つのオルゴールを並べてみました。
内3つは割と近年買った物で、こちらかなと思いましたが、どんなに調べても全く分かりません。
「ナーシャはどう?」
「私にも分かりません……。どれも完全にオーダーメイド品ですから、何かが介入出来る余地は少ない気もします」
アクセサリーボックスもかねたオルゴールは、デザインから材質に至るまで私がl細かく指定をした物で、設計図通りだと確認もしました。
残るは、第2王子殿下と交換したオルゴールです。
手に取り蓋を開けると、耳慣れた優しい音楽が鳴り響きます。
それと同時に思い出が……。
「……ナーシャ。このオルゴールの事、覚えてる?」
私は何度も繰り返しオルゴールを聴いておりましたが、もう何年も、いえずっと第2王子殿下はオルゴールについて何も仰っていません。
交換した女性向けのオルゴールが部屋にあったとしたら、今回の庶子騒動の際にでも第2王子殿下の悪評を立てる為に利用されていた筈です。
もしかすると、私は何かとんでもなく間違えていたのかも知れません。
私付きになって長いナーシャも「頂いた物だとだけ」と申し訳なさそうに言いました。
これは、第2王子殿下に尋ねた方が早いかも知れません。
私の記憶ではあの頃は無力で泣いてばかりいて……ディアーモ公爵家でも我が物顔で暴れるエリックに物は取り上げられ、壊されていました。
大事な物などはどんなに隠しても勝手に持ち出され、2度と使えない程にボロボロにされていました。
その中で、このオルゴールは『第2王子殿下から頂いた』から残っているのです。
オルゴールを持つ手が震えました。
第2王子殿下がオルゴールを持っていないとしたら、誰と交換したのか。いえ、誰が私に『第2王子殿下と交換』と言ったのか。
私はオルゴールの側面、底を慎重に確認して何もない事にほっとしました。
考えすぎ? でも、何か期待がありました。
表蓋を撫でていると、唯一の飾りであるはめ込まれたガラス玉に気が付きました。
「ああ……!」
その色はケインの瞳の色に似て、違う色。
今まで夜の落ち込んだ時に持ち出すだけでしっかり見た事もなく、私は全く気が付きませんでした。
知らず、頬を涙が伝いました。
陛下を助けた忠臣として釈放されたカルナートは、直ぐに家を出ました。
神殿に入ると言うカルナートに、誰も理由は聞きませんでした。
「誰も信用出来ないからな」
家族に向かって笑って去って行った姿は、吹っ切れたようにも見えたそうです。
剣を持った相手を止めようとした事故とは言え、主のバルドルは死に、それを持って王妃と不貞したマーキス侯爵家の罪を不問とするやり方は、カルナートにとって理解不能だったと言う事です。
「私が当主とはね……」
結局ケインがマーキス侯爵家を継ぐ事になりました。
同時に隣国との親善の架け橋として隣国から来た女性を伴侶に迎える事になり、セルジュに何度も助言を受けながら、引退した当主に代わり頑張っていると聞きます。
セルジュはあっさりと臣籍降下しました。
当然私との結婚は選ばず、自分のものとなったリーノ伯爵家を今となっては先々代リーノ伯爵の力を借りて治めております。
血の繋がらない息子達を不器用に愛して守ろうとした先々代リーノ伯爵は、陛下の横暴に怒っていい立場ですが、何一つ文句を言う事もなく、
「私には息子がいるからね。孫が出来るのが楽しみだよ」
と領地から王都の方向を見て笑って話しておりました。
側妃様は……隣国に帰られました。
新しい国王が立ってセルジュが臣籍降下したら、もう命が狙われないと判断されたようです。
ここまで振り回された事を何も嘆かず、去って行きました。
夫の陛下とも実子のセルジュとも距離を取っていた側妃様は、次の人生を母国で楽しむと嬉しそうに。
まあ、徹頭徹尾政略結婚だったようですね。
ここまで来ては語る必要もない事ですが、あの日の国王の退位と同時に女王となったソルシアーナはフリードを王配に指名しました。
「私が産んだ子が王になるなら、私が女王で良いでしょう」
ソルシアーナはバルドルが色々足りなかった事から王太子教育も受けていました。
一足飛びで女王になる事は異例ですが、反論は何処からも出ませんでした。
あの日、国王が繰り返す訳の分からない横暴に業を煮やしていた上位貴族達の支持を集め、足枷にもなっていた密約を破棄した上で国王を退位させました。
僅か1日でソルシアーナは女王の座につきました。
やるとなったらソルシアーナはあんなに行動力があるのだと知りました。
同時にあっという間にフリードを絡め取って、有無を言わさず結婚式ですよ。
今では2人とも仲睦まじい姿しか見せませんが、結婚式が終わった後のフリードは呆然としていたのを覚えております。
「王城に出す書類は揃った?」
「ええ。揃えております」
あれから一年経ち、私もディアーモ公爵の席に座っております。
知らなかったとは言え王妃の不貞の子供であったエリックを婚約者に据えた責任を取って、私の両親は引退し今は一回り以上小さな別邸で暮らしております。
仕事の補助もして貰わないといけないですし、領地に引き込まれても困るので。
名前を変えてソルシアーナの元で働くニナリアの書いた書類も確認します。
ホーウェン子爵家はどうにもなりませんでしたが、ニナリアは平民として楽しく仕事をしております。
ノルーン男爵令嬢だったミレーアの妹は、ノルーン男爵家に養子に行ったとして再びノルーン男爵令嬢に戻っております。
彼女達はそれぞれにそれぞれの決断で幸せに暮らしております。
その一方で。
結論的にはエリックは恩赦扱いで生き残りました。
ただ、重罪人である事は変わりなく、これからは慶事が続くと思われる国には置くわけにはいかないと、側妃様が隣国に帰る時に下男として連れていきました。
「誰も甘やかさない状況に置かれた方が、ただの処刑よりもきついでしょ」
ずっと甘やかされて生きてきたエリックは、今後生きる事自体が辛い罰になるでしょう。
最早エリックを恨む誰も殺す程の価値を見いだせず、きっとエリックは何も覚えなかった事を罪と思わないまま、一生嘆き、喚いて、終わっていくでしょうね。
書類も一通り確認した私は、会議に向かう為に立ち上がりました。
「行きましょうか」
私の手を取るのは、グリフィスです。
そのグリフィスの愛が本物だと知ったから、私は是が非でも奪い取りました。
罪ですか?
高位貴族など後ろ暗いものの1つや2つ目を瞑るべきなのですよ。
欲に忠実で、結構!
遠い昔、私とオルゴールを交換したのはグリフィスでした。
取られるのが嫌だから言っていた嘘が、いつの間にかセルジュへの憧憬もあって私の中で混同してしまっていたのです。
辛い中あんなにも必死にオルゴールに縋っていたのに、真実なんて簡単に見失ってしまうのですね。
私はもう見失わないよう、失わないように、手を掴む力を強めると、グリフィスは困ったように微笑みました。
「私は貴方を離さないわよ」
「……私もです」
私達が正解だったのか、そんな事はどうでも良いのです。
私が愛し、グリフィスが愛し、それで上手くいくならどうだって良いのです。
「あなたは愛を選びますか? 家族を選びますか?」
私やフリード、ケインやセルジュ……たくさんの人間が幽閉された陛下の悪質な意趣返しで同じ事を突きつけられました。
その問いには正解はありません。
けれど、生きている限り私達は正解の道に進む事を求められます。
先々代リーノ伯爵夫妻やニナリア、マーキス侯爵夫人も、ケインだって、家族を選んだ事は決して間違いではありません。
かつて家族を選んだグリフィスに向かって私は、
「いつか家族になりましょうね」
その愛は全て私のもの。
これにて完結です。
読んで頂き、ありがとうございました。




