第10話 俺たちが討伐!
「おい、まさかあれ……!」
「そのまさかですっ! 全力で走って下さいっ!」
ニョグタ。
あの広大な部屋の中の大部分を占拠していた、あのデカ物。
それが、高さ3メートル、横は5メートルほどしかない場所を、ところてんのようにゆっくりと抜けてきていた。
通路であるこの場所も、全く安全ではないようだ。
「くっ……!」
ハルナが前に構え直すと、刀を真上に振り上げる。
そして。
「奥義ウォノ派流……風の剣!」
振り下ろすと同時に、衝撃波が飛んでいく。
そうか、あれは……!
(名前こそ違うが、あれはソニックブームだ!)
しかも、俺が放ったものとは全くの別物。
やはり本家と言うべきだろう。
凄まじい勢いで飛ぶソニックブームは、地面を這いながらニョグタを直撃した。
「よっしゃ!」
思わず俺がガッツポーズ。
そうさせるだけの手応えが窺えた。
しかし。
「ユウジ! 足を止めないでっ! 全くと言って良いほど、ニョグタには効いていませんっ!」
ハルナが叫ぶ。
それを物語るように、まるで切り込みが入っただけの黒い物体は、何事も無かったように元に戻っていく。
「おいおい……そりゃないぞっ!」
「もとより私たちの手に負える相手じゃないんですっ! いいから早く逃げてくださいっ!」
「ああもう、ちくしょうっ! 行くぞ、走れっ!」
「は、はい」
彼女の手を引いて走る。
ハルナは、それを後目に前を走って誘導してくれる。
「しかし、思ったよりあいつの足は遅いんじゃないのか?」
「バカ言ってないで全力で走ってくださいっ! 私がここまで追いつかれていることを忘れないでっ!」
「そ、それもそうか……」
あの部屋の中だけでも、ハルナのスピードはよく分かった。
そんなハルナが、あの僅かな時間のうちに距離を詰められている。
バカにして良い事実ではなかった。
「まずいです……このペースじゃ追いつかれる!」
「えぇっ?」
「ユウジは振り向かないで、走るのに集中!」
「はいいいい!」
怒られた。
だが、一瞬だが見えてしまった。
まるで津波のように、流れくる黒い液体。
そうだ。
奴は何も、全部身体が出来るまで待つ必要はないし、全部の身体で追う必要がない。
恐らくは、ちょっと端っこに触れただけで、捕まってしまうのだろう。
その先は……考えたくない。
「くっ、何とか時間稼ぎを」
今度は、3本目の腕で刀を持つと、後ろを向いたまま剣を振りかぶる。
「奥義ウォノ派流、風の剣!」
俺達の合間を縫うように、ソニックブームが地面を這って飛んでいく。
凄まじい爆音が通路中に響きわたる。
しかし。
「ダメ、全然効いてない!」
ハルナの悲痛な叫び。
後ろを振り向けないが、妙な気配が急速に迫ってきているのが分かる。
(そ、そうだ!)
ハルナの攻撃がまだダメージに届かないというのなら……
そいつを強化してやればいい!
それを、俺は出来るはずだ!
「は、ハルナ! 俺の作った魔法陣にソニックブームを打ち込め!」
「ゆ、ユウジ……?! あっ、分かりました!」
俺の意図を読みとったハルナは、再びソニックブームを準備する。
それに併せて、俺も走りながらスキルを準備する。
「スキル、強化!」
「奥義ウォノ派流……風の剣!」
息はピッタリ。
俺が魔法陣を作ったその瞬間。
ハルナはソニックブームを魔法陣に打ち込んだ。
その魔法陣を越えた刹那。
ズバァァァァァァ!
洞窟の通路いっぱいに広がる衝撃波。
それは、確かにニョグタを巻き込んだ。
「や、やったか?」
「いえ、ニョグタには物理攻撃は効きません!」
「マジか……それじゃ意味無いだろ!」
「倒すとなれば、神聖魔法による攻撃か、同じく神聖魔法のディスペルで消滅させるしかありません!」
「じゃあ、倒すのは無理ってことか!」
「そういうことですね! ただ、おかげで吹き飛ばすことに成功しました! これなら何度来ても逃げ切れそうですよ!」
「おぉっ!」
すげぇ、俺の強化スキル!
万歳、強化スキル!
などと喜んでいる場合ではない。
今は逃げることを全力で!
よもや、障気で身体が云々は言っていられない。
確実に俺の身体を蝕んでいるが、それを気にすることも出来ず、ひたすら走り続けた。
◆ ◆ ◆
俺の見慣れた風景が増えてくる。
それはつまり、入り口に近づいているということに他ならない。
俺の体力はとうに限界が来ている。
正直、最初から全身が障気で毒されていたのに、かなりの無理をしていたのは否めない。
しかし。
「もうちょっとです!」
「お、おう……!」
ハルナの励まし。
そして、手にある彼女の温もり。
その2つが、俺の気力を保っていた。
もう少しで最初の扉。
あの、バブリースライムに、無様にやられた場所。
その玄室にたどり着いたのだ。
ハルナは、早くも扉に飛び込んだ。
「さぁ、もうちょっとですよ。急いで!」
ハルナが叫んだ、その瞬間。
「……っ!? そ、そんな!!」
叫んだ主はハルナ。
ハルナは、何とこっちに飛んできた。
「おい、バカ! どっちに来てるんだよ!」
思わず怒鳴ってしまったが、何の考えも無しにハルナがこんな行動を取るはずがない。
まして、こんな苦虫を潰したような顔をしている。
思わず謝ろうとした瞬間、ハルナが独り言のように呟いた。
「ニョグタをなめて掛かったつもりはなかったんですが……あいつの罠に、見事はまってしまいました」
「それはどういう……?」
意味か、と問おうとして、それが愚問だと気づく。
ハルナが飛んできた、洞窟入り口側の扉。
そこから、黒い液体が大量に侵入してきたのだった。
「あいつまさか……」
「そのまさかです。一方で私たちを後ろから追いかけつつ、反対側は別ルートを走って挟撃つもりだったんです」
つまり、あの変幻自在な身体を1本の棒にして、片方は俺達を追いかけ、もう片方は別の通路を通って回り込んでいたということだ。
確かにスライムであれば、自由自在に伸び縮み可能だろう。
しかし、どれだけ伸びるというのか。
それだけ巨大だということなのか。
これが、ニョグタの力だというのだろうか。
「さて、どうするかね」
「私もユウジも、奴に対しての攻撃力は無いに等しいです。となれば……」
視線は、自然と彼女……リザの方へ向く。
「リザ、あなたのことは噂で聞いています。かなり高位のプリーストでありながら、魔力の低さから、魔法の回数が少ないと」
そうなのか。
確かに、回復魔法もすごく効いた。
彼女なら何とかなるのだろうか。
「私1人の時に何度もディスペルを試みました。でも、やっぱりあんなの出来ない……」
「でも、とか出来ない、とか言っていられる状況では無いんです。やってもらいます。やったとして、確率が低いのなら、それで良し。やらなければ、確実なゼロなんです」
「でも、もうあと1回くらいしか……」
「その1回に全てを懸けましょう。それに、ここにとても心強い味方がいます」
チラッと俺の方を見る。
そうだ。
俺は、このスキルを持っていて良かった。
これで俺は、彼女たちを救うことが出来るかもしれない。
直接手を下さないまでも、そのサポートを。
何百倍にも増幅させる、その力で!
「俺のスキルは強化だ」
「き、強化……? あの強化ですか?」
声のトーンは低い。
若干ヘコむが、そんな時間は無いと、払拭する。
「そう、あの強化だ。だが、その能力は、相当な潜在能力を秘めているだろう。お前が、あいつを倒す術があるというなら、俺は全力でサポートする」
「で、でも、強化なんてしても……」
「それは安心していいわ。ソニックブームが、あれだけ強力な技になったところは見たでしょう?」
「た、確かに……」
「さぁ、ぼやぼやしている暇はありません。術式を開始してください。時間は私とユウジが稼ぎます。完成したら、合図を。狙うのは、入り口側で固定しましょう」
「よし、決まったな。作戦開始だ!」
「で、でも私なんかに……」
「リザ!」
びくついた小さな肩に、軽く手を置く。
そして。
「一緒に、町に帰ろうぜ!」
優しく語りかけてやった。
すると、うつむきながら。
「……10秒だけ、下さい」
そう言った。
◆ ◆ ◆
「スキル、強化!」
「風の剣!」
俺は前後。
ハルナは、入り口側を向き、刀を構える。
前は右手で、後ろは3本目の腕が刃を向け、振り向くことなくソニックブームを打ち続ける。
俺は、それに併せて魔法陣を打ち出す。
強化されたソニックブームは、何とかニョグタを通路から出さないことに成功している。
限界なんてとうの昔に越えていた。
それは、俺だけでなく、ハルナもだろう。
スキルを使うのに、何の代償も支払わないとは思えない。
しかし、一回でもソニックブームを撃ち漏らせば。
強化も無しに放たれれば。
そのタイミングを外してしまえば。
あの黒い液体は、この玄室を奴の身体で満たし、遂には俺達を食ってしまうだろう。
だから、集中力を途切れさせてはならない。
通路から出させてはいけない。
もし、失敗すれば、その瞬間。
俺達の全滅が確定する。
リザが宣言した時間は10秒。
たった10秒。
されど、その10秒は、永遠のように思えた。
リザは詠唱をしている。
身体が僅かに光り輝いているのが分かる。
これが、救いの光となるか。
いや、そうするしかない。
この一撃が失敗すれば……
やはり、俺達の全滅は確定する。
「完成しました……!」
それを皮切りに、ハルナが叫ぶ。
「ユウジ、次のタイミングでディスペルを通過させます!」
「分かった!」
後ろに放った強化スキルは、ハルナのソニックブームが通過する。
次に出す魔法陣。
それに、リザの魔法「ディスペル」を通過させる。
その瞬間……
俺達の運命が決まる!
「いけぇ! スキル、強化!!」
より、念を込めて魔法陣を作る。
いつも以上に神々しく見えるのは、それだけ期待がこもっているからだろう。
「魔よ、本来あるべき場所へ誘わん……」
リザの手の上に現れた真っ白な光球。
それこそ、ピンポン球のような小さな球を、前に打ち出した。
「ターンザダークネス!」
ゆっくりと飛んでいく光球が、魔法陣を潜る。
すると,突如巨大化し、辺り一帯を照らし出した。
「うおっ!」
光球はそのままゆっくりと動いている。
ニョグタに直撃するコースだ。
しかし、あまりの眩しさに、もう前が見えない。
ただ、これだけは確信した。
成功したんだと。
生きて帰れるのだと……!
真っ白になった視界。
目が痛い。
まだ視力は回復しきっていない。
少しずつ開けて行く世界。
そして、僅かに輪郭が見え始めた頃……
「ユウジ!」