20話 犬神渉殺人事件
「貴方の後ろにいるの」
意識が遠のき、俺の身体がその場で壊れ崩れ落ちる。
俺が最期に見たものは、誰もいないはずの後ろの壁。その壁から生えていたのだーー
ナイフを握り締めた謎の腕。その腕だけが、壁から現れて俺を刺した。
俺の……意識は……記憶は……人生は……ここまで。
俺が倒れて動かなくなったことを確認し、謎の腕が動く。
ズズズと壁から肩が出現し、足、顔などの部分が次々と現れる。
そして現れた1人の少女は、俺を跨いで見下ろした。
ハァハァと息を切らし、ゆっくりと俺の手首を握って脈を計る。
「……よし。よし。今度はちゃんと殺せた。」
幼い少女は、血のついたナイフを握りしめるが、声と足を震えさせる。
涙を流しながら、目の前の遺体を見て叫びたい思いをグッと殺す。
「……これで本当に良かったんだよね?次失敗したら、またALIVEさんに怒られちゃうから……!うぅ……こんな娘でごめんねお母さん……!」
血で染まった自身の腕を見つめながら、何度も何度も謝るのだ。けれどもう失敗は許されなかったから……
仕方がなかったのだと言い聞かす。
そして最後に、自分の犯した過ちーー遺体の少年に向けて。
「……ごめんねお兄ちゃん。でも私、もう消えたくない……!」
泣きながら、この場を去ろうと振り返ろうとしたーーその瞬間、それは叫び声と共にやって来た。
「わーたーるーをー!!」
ドタドタドタ!
高速接近。高速接近。
少女がそれに気づき、振り返った頃にはーー全裸をバスタオル1枚で隠した、赤髪の少女が飛び掛ってきていた最中だった。
「渉を殺したな!!ボクの大好きな渉を!!」
掴みかかるバスタオル姿の少女ーーニール・クルーエルを、後ろのに飛んで距離を取るように交わす。
他に同居人がいる事を確認していなかったのか、苦い表情を浮かべていた。
「そんな……!他に人がいたなんて……!けれど残念ね。もうそのお兄ちゃんは、私が殺したから」
遺体に指差し、もう既に起こってしまった勝ちの結果を言い聞かす。
もう殺してしまった後であるーー
幽霊の少女の計画は遂行されたーー
……筈だった。
ニールは遺体の側で腰を低く下ろし、右掌をそれに向けて唱えた。
それは、大逆転の異能力。
「渉の死を取り消して『キャンセル』!」
刹那。
死んでいた俺の意識が再び目覚め、身体を起こしてガッと叫ぶ。
「よっしゃ!復活……!がっ……!?がががががガハッ!」
ドサッ!
叫びの途中で俺の意識が唐突に引き剥がされ、身体がそのまま地面に向けて崩れ落ちた。
その一瞬の出来事に、少女が唖然と立ち尽くしていたが、ニールはある事を思い出して頷いた。
「あっ……!ナイフ!心臓に刺さったままだった!道理でまたすぐに死んじゃう筈だ!」
そう言って、再び瞳を白色に変え、ナイフの刺さる傷口部に掌を向け直す。
「渉の傷を取り消して!『キャンセル』!」
次の瞬間、ナイフとそれで出来た傷は取り消され、何も刺さっていなかったという現実に塗り替えられた。
そして、もう一つ。
「渉の死をもう一度取り消して!『キャンセル』!」
ガッ!っと意識を取り戻した俺は、息を切らして立ち上がる。
「はぁー!はぁー!なんとか……!生きてるぞ俺……!」
「うん!渉はこれで死は無かったことになったよ!」
「ニール!人を何度も殺すな!」
激しい痛みや、意識や存在が消えていく感覚ーーあれはもう、一生味わいたくない。
けどその恐怖は、ニールや目の前の少女が何より考えている事で……!
その恐怖に支配されて、幽霊は幸せを壊すため暴れまくる。
そんな光景を見てーー幽霊の少女は、ニヤッと笑い歓喜の声を上げるのだった。
「やった……!やったよ……!見つけたよALIVEさん……!この女の人は『キャンセラー』だ!」




