おはよう
赤ちゃんは子供になります。子供はいつか大人になります。あの男の子も必ず大人になるのです。
月日は流れ、男の子は少年に、少年は青年になりました。顔つきも背丈もアウレよりずっとしっかりしてきました。
一方のアウレはいつもいつまでもこれからも眠りの妖精であり続けるのです。
アウレは毎晩欠かさずあの子の家に通っていました。
いつも男の子が楽しい夢を見れますようにと祈って傘をさしました。
男の子の誕生日にはいつもよりちょっぴり豪華な夢を見せてあげました。
ですが少し気になることがありました。アウレが傘をさすと生まれてくる夢が日に日に小さくなっていくのです。
理由はわかっていました。男の子は日に日に大人に近づいていました。
アウレが男の子の家に来れる夜の数も少なくなってきました。大人のところに眠りの妖精は行きません。必要が無いからです。
大人は眠るのも夢を見るのも自分でやるのです。
男の子はもうアウレが傘を振らなくても眠れるようになりました。傘を差してももう夢は殆ど生まれません。
アウレが家に行っても、何もせずに男の子を見守って帰るだけの日が増えました。
心に隙間風が吹きました。長いこと男の子に夢を見せてきた傘を抱え、アウレは涙を流しました。
明日は男の子が大人になる日でした。今夜はアウレが男の子のところに行く最後の日です。
笑って見送ってあげたいのに、悲しくて寂しくて仕方がありません。
その時、一瞬だけアウレは男の子と目が合った気がしました。まさか、そう思ったときには男の子はもうあっちを向いていました。
アウレは傘を取り出して最後の一振りをしました。すると今までのように男の子はベッドに潜りました。
が、男の子が目を瞑る直前ににこり、一瞬だけアウレに笑いかけた気がしました。
アウレは思わず真っ赤になって震え上がりました。
やっぱり今日は不思議な日でした。
ドキドキが止まないままアウレが傘を開くと、初めて男の子に会った日のようなキラキラ光輝く夢が部屋いっぱいに広がったのです。
その夢は部屋全体を呑み込むくらい大きくて、アウレも夢の中に呑み込まれてしまいました。
今夜の夢は夜空の夢でした。終わりが見えないくらいの群青色の中にアウレは浮いていました。
天井には明るい満月があり、無数の星達が月を囲んでいました。そしてその景色を背にして微笑む男の子が居ました。
男の子は間違いなくアウレの目を見つめていました。アウレは恐る恐る言いました。
「こんばんは……?」
すると男の子はにっこり笑っていいました。
「こんばんは。会えて嬉しいよ。一度君と話がしたいと思っていたんだ。」
「私と?」
「僕が小さい頃からいつも夜になると僕の所に来てくれたよね。素敵な夢を見せてくれたよね。
ずっとお礼が言いたかったんだ。」
男の子はアウレに気づいていたのです。アウレは嬉しくて、でも照れくさくてもじもじしていました。
男の子が手を伸ばしました。アウレは震えながらその手を取りました。
二人はふわりと空高く飛んで行きます。
「いつも来てくれて嬉しかったよ。ありがとう。」
アウレは嬉しくて仕方がありませんでした。けれど同時に、もうこれが最後の夜であることが急にくやしくなりました。
「そう言ってくれると、嬉しいな……。でもごめんね、言わなきゃいけない。
私が君のとこに来れるのはこれで最後なの。」
「えっ……。」
「もう二度と、君とは会えない。……ごめんね。」
アウレは唇を噛んで俯きました。せっかくお話できたのに。
ですが次の瞬間、思わぬことが起こりました。男の子はアウレを強く抱きしめました。
「良かった。じゃあ僕は間にあったんだね。最後に君にお礼が言えてよかった。
ありがとう。元気でね。」
そう言った男の子はとても優しい顔をしていて、アウレには他の誰よりも魅力的な人に見えました。
この夢が醒めなければいいのに。そう願いながらアウレは強く男の子を抱きしめ返しました。
金色の月が夜空に浮かぶ二人を明るく照らしていました。
「ありがとう。元気でね。さようなら。……おめでとう。」
アウレがそう言うと、月を囲んでいた星達が蛍のように飛び回り、満月が花開いて白い花びらが舞い散りました。
辺りは白い光に包まれて何も見えなくなりました。そしてパチンと、シャボン玉がはじけるように最高の夢は消えていきました。
目を開くと、アウレは男の子の部屋の窓際に座り込んでいました。
男の子はベッドで気持ちよさそうに眠っていました。窓の外の空が明るくなり始めていました。群青に花紫を滲ませたような色が町中を染めていました。
さよならの朝日は思っていたよりもずっと透き通って見えました。




