禁書の聖典
薄暗い堂内の最奥、不自然なほど巨大な書架の壇上。影は膨張し、まるで空に浮かぶ禍々しい山の如き重圧をもって鎮座していく。
それは、一見すれば古色を帯びた荘厳な聖典。しかし、その表紙を覆う革は、人の肌を極限まで乾燥させ、腐敗の寸前で止めたような、どす黒い紫色の光沢を放っていた。何より異様なのは、表紙にびっしりと埋め込まれた、数えきれないほどの「種族の眼球」だ。
湿った音を立て、無数の瞼が同時に跳ね上がる。爛々と輝く黄色い虹彩、充血した白目、恐怖に凍りついた瞳孔。それらすべてが、獲物を見定めた猛禽のように一斉に私を凝視した。視線の質量だけで、肺から空気が押し出されるような錯覚に陥る。
やがて、本の下部にある数千を超える目玉が、不快な粘膜の擦れる音を立ててひしめき合い、一つの「亀裂」を作った。
「やあ、聖女セシリア」
そこから漏れ出たのは、慈悲深い聖職者のようでありながら、数千人の亡者が同時に囁くような、実体のない合成された声。
悪魔が言葉を紡ぐたび、本の中から「頁」がひとりでにめくれ上がる。その紙は、魂を吸い取られた犠牲者のなめし皮。そこには今、目の前で対峙している私の動揺や過去の過ちが、リアルタイムで血文字となって刻まれていく。
――けれど、刻まれる文字は思ったより少ない。
間違いない。この悪魔は、終焉の問答集
「ロゴス。」
かつて教皇様が説いてくださった。「地獄の司書長ロゴスにとって、我らの魂は机の上で転がすダイスに過ぎない。救済すらも賭けの対象とする、地獄で最も不敬な悪魔だ」と。
この悪魔に、論理で勝つ。それ以外に道はない。
「私もジョークが好きだ。古い名から、愛嬌を込めた『ラドバール』と呼んでくれ」
その名を聞いた瞬間、私の胸に灯った淡い希望に、鋭いヒビが入った。




