蝋燭
扉は、私が手をかけるよりも早く、招き入れるように音もなく開いた。
奥へと踏み出す一歩ごとに、粘りつくような死の気配が肌を刺す。恐怖を必死に押し殺し、指先に魔力を込めて光を灯そうとした。けれど、背後で勢いよく扉が閉ざされた瞬間、世界は完全な闇に塗り潰される。放ったはずの光の魔法さえ、底なしの虚無に飲み込まれ、灯ることすらなかった。
絶望が首筋を撫でたその時、周囲が不気味な光によって、ぼんやりと浮かび上がる。
広いフロアを埋め尽くしていたのは、数え切れないほど無数のロウソクだった。長さも太さもバラバラで、激しく燃えるものもあれば、今にも消え入りそうなものもある。見上げれば、天井にさえ逆さまにびっしりと吊るし上げられ、そのすべてが異様な色彩の炎を湛えていた。
「これ、は……」
足元の一本のロウソクに目が留まり、心臓が凍りついた。至って普通のロウソク。だがそこには、はっきりと『セシリア』の名が刻まれている。
慌てて周囲を見渡せば、すべてのロウソクに、見覚えのある名や見知らぬ誰かの名が刻み込まれていた。
命の灯火。悪魔に魂を握られた人々の、寿命そのもの。
私は自分の火を消さぬよう、そして誰かの命に触れてしまわぬよう、慎重に、慎重に歩を進める。ここはもう城の中ではない。うさぎが言った通り、悪魔が支配する異界のテリトリー。
歩き始めてどれほどの時間が過ぎたのか。振り返れば、入ってきた扉は暗闇の彼方へ消え去り、ただロウソクの海だけがどこまでも続いていた。
(絶対に救い出す。みんなを……)
心の意志の炎を絶やさぬよう、自分を鼓舞しながら最奥のフロアへとようやく辿り着く。
そこで私を待っていたのは、見慣れた、けれどどこか空虚な瞳をしたアルカード様の姿だった。
だが、私の目は欺けない。
その内側に渦巻くのは、慈しみなど微塵もない、底なしの穢れた魂。
「……あなたはアルカード様じゃない。その姿は偽物。悪魔、私を騙せると思わないことね」
毅然と言い放つと、愛しいはずのその姿が、どろどろと不気味に溶け始めた。輪郭が崩れ、肉が沸き立ち、やがてそれは見るも無残な、悍ましき悪魔本来の姿へと変貌を遂げていく。




