城の主
「あなたが、この魔法を……?」
震える声で問いかける私に、白いうさぎは自嘲気味に首を振った。
「まさか。私にそんな力はない。私もかつて、君のようにこの呪いを解こうとした……。だが結果は見ての通りだ。この、反吐が出るほど愛くるしい姿を与えられただけだよ」
嫌な予感が、冷たい刃のように胸をかすめる。
うさぎは静寂の中で、淡々と、けれど重い真実を突きつけた。
「もう気づいているだろう、セシリア。この呪いをかけたのは悪魔だ。それも、とてつもなく強力な……。私や君がよく知っている存在だよ」
心臓が早鐘を打つ。恐怖が全身を駆け巡る。
けれど、脳裏には仲間たちの顔が浮かんでいた。ピピン。彼女の間の抜けた笑い声。アルカード様の純粋な笑顔。リアムの嘘のない献身的な熱意。ヴェノマさんの隠された優しさ。ミレーヌさんのどこまでも冷静だけど、献身的な姿勢。彼らと分かち合った、あのちぐはぐで、けれど温かな記憶が、私の心を繋ぎ止める。
「……その悪魔は、どこにいるの?」
「わかっているはずだ。城の、あの部屋だよ」
私はふとよぎる。
「……あかずの間」
「そう。だがあそこはただの部屋じゃない。奴の領域だ。今ならまだ引き返せる。このまま時が止まった世界で、永遠に眠りにつくことだってできるんだぞ」
私は迷わなかった。一歩を踏み出し、はっきりと告げる。
「いいえ、行くわ」
白いうさぎは、私を止めるのをやめ、最後にこう言い残した。
「奴に勝つことが勝利ではない。奴をこの場所から去らせることこそが、真の勝利だ。……私と同じ過ちを犯すなよ」
重い足取りで、時の止まった城内を歩いていく。
この城で過ごした日々が、走馬灯のように巡る。それこそが、ここで自分を見失わないための唯一の「鍵」だと信じて。
同時に、悔しさが胸を締め付けた。仮にも聖女として生きてきた私が、これほど強大な悪の気配に気づけなかったなんて。これだけ仲間と過ごしたのに、なぜ私は一番肝心なものを見落としてしまっいたのか。不甲斐なさを振り払おうとしても、その澱は重く心に沈殿していく。
感覚が麻痺していくような、底知れぬ圧迫感。
そしてついに、私は辿り着いた。
アルカード様が、かつて入ることを強く禁じたあの扉。
永遠に閉ざされていたはずの、「あかずの間」の前へと。




