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見つかった密偵

本の山の影から、これ以上ないほど分かりやすくピピンのふかふかな左足が突き出していた。


「……ピピン。そこにいるのは分かっているわ。出てきなさい」


ミレーヌの冷徹な声が書斎に響く。けれど、ピピンは「私は本ですぅ」と言い、そのまま微動だにしない。


「ピピン。……それから、そこのデスクの陰に隠れているセシリア様も。お二人とも、観念なさい」


「……見つかっちゃったわね」

「うぅ、ピピンの隠れ身の術が破られるなんて……!」


私は苦笑いしながら立ち上がり、ピピンも観念して本の山から這い出してきた。ミレーヌは腰に手を当て、深い溜息をついて私たちを見下ろしている。


「こんな真夜中に二人して、一体何をしているのですか?」


「ええと、その……夜の読書会をしようと思って」

「そうですぅ! 本を枕にして寝るのが一番頭にいいって、リアムが言ってた気がしますぅ!」


「……支離滅裂ね」

ミレーヌは呆れたように肩をすくめたけれど、それ以上は追及しなかった。彼女はふと視線を上げ、壁に並ぶ肖像画を見渡した。


「……懐かしいわね。この部屋に来ると、なぜか『空を泳ぐクジラの背中で、銀の刺繍をしていた』頃のことを思い出すの。……おかしいでしょう? そんなこと、あるはずがないのに」


ミレーヌの瞳に、一瞬だけ寂寥の影が差した。彼女もまた、リアムたちと同じ。かつてはこの城の関係者?として、自分だけの物語を持っていたはずなのに、今は「記憶」という名の刺繍を解かれ、作り替えられてしまっている。


「さあ、夜も更けてきました。お遊びはここまでにして、お部屋に戻りましょう。明日の朝食に遅れたら、公爵様が悲しまれますよ」


「はぁーい……。せっかくいいところだったのにぃ」


ピピンは渋々従い、ミレーヌに連れられて廊下へ出た。私は彼女たちの背中を見送るフリをしながら、ドレスの影にあの『砂の本』をこっそりと隠し持ち、自分の部屋へと戻った。


ベッドの中、ランプの微かな明かりを頼りに、私とピピンは再びその本を開いた。


「セシリア、やっぱり真っ白ですねぇ。ピピン、お腹が空いて文字を食べちゃったんでしょうか?」


「ふふ、まさか。でも、アルカード様が大切に隠していたものよ。ただの白紙なわけがないわ。……明日、この本に『光』を当ててみましょう。あの洞窟で見つけた知恵を、もう一度使ってみるの」


「賛成ですぅ! 明日はピピン、虫眼鏡を持ってきますねっ!」


「おやすみ、ピピン。……いい夢を」


「おやすみなさい、セシリア……」


ピピンの規則正しい寝息を聞きながら、私は真っ白なページにそっと指先を滑らせた。

明日の太陽が昇る頃、この空白の中に、誰の叫びが浮かび上がるのか。

私は期待と一抹の不安を胸に、ゆっくりと瞳を閉じた。

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