4.鉄の墓場と、時代遅れの頑固者
領地ガレから山を二つ越えた先に、その街はあった。 かつては大陸有数の鉄の産地として栄え、昼夜を問わず槌音が響いていたという鉱山街、アイアンサイド。
だが、俺たちの目の前に広がっていたのは、錆びついたシャッター通りと、気だるげに座り込む老人たちの姿だけだった。
「……静かね。まるでゴーストタウンだわ」
隣を歩くセリアが、警戒するように剣の柄に手を添えながら呟く。 無理もない。魔法文明が極致に達した今、手間のかかる「鉄の武器」の需要は激減している。魔導銃や魔法剣(魔石を埋め込んだ杖)が主流となり、純粋な鍛冶技術は時代遅れの遺物になりつつあった。
「いいや、死んじゃいないさ。匂いがする」
俺は鼻をひくつかせた。 乾いた土埃の奥に混じる、鉄錆と、コークスが燃える微かな匂い。そして、街の最奥から小さく、だが一定のリズムで響く金属音。
「いい鉄を打つ職人が、まだ残ってる」
俺は音のする方角へ足を向けた。 街外れの崖沿い。そこに、今にも崩れそうなボロ小屋が建っていた。看板には煤けた文字で『黒鉄工房』と書かれている。
入り口には「一見さんお断り」「鍋釜の修理は他所へ行け」「飾り剣は作らん」という貼り紙がベタベタと貼られ、偏屈さを全力でアピールしていた。
「……アレク様。絶対に厄介な人物です。他の鍛冶屋を探しませんか?」 「いや、ここがいい。こういう店構えをする奴は、腕がいいか、ただの性格破綻者のどっちかだ」 「後者の確率が高そうですが」
セリアの忠告を無視して、俺は重い木戸を押し開けた。
「すまん、頼みたい仕事があるんだが」
中に入った瞬間、熱波が顔を叩いた。 薄暗い工房の奥、赤々と燃える炉の前で、一人の男が鉄を打っていた。 背丈は低く、横幅は広い。樽のような体躯に、岩のような筋肉。顔の半分は白髪交じりの剛毛な髭で覆われている。ドワーフの血を引いているのかもしれない。
男は俺たちを一瞥もしないまま、ハンマーを振るう手を止めずに低い声で言った。
「帰んな。今は機嫌が悪い」 「客に向かってその態度は……」
セリアが眉を吊り上げるのを手で制し、俺は一歩前へ出た。
「アンタが親方か? 俺はアレク。隣のガレ領の領主だ」 「貴族のボンボンか。なら尚更帰れ。わしは貴族サマが腰に下げるような、宝石ジャラジャラの飾り剣は打たん」
親方は吐き捨てるように言った。 その手元にあるのは、装飾の一切ない、武骨極まりない大剣だった。おそらく、魔法障壁ごと魔物を叩き斬るための代物だ。
「勘違いするな。俺が欲しいのは剣じゃない」 「あ?」 「俺が欲しいのは、硬い地面を掘り返すための『農具』だ」
カン、とハンマーの音が止まった。 静寂が落ちる。 親方がゆっくりとこちらを向き、燃えるような眼光で俺を睨みつけた。
「……小僧。今、なんつった?」 「農具だ。クワ、スキ、スコップ。それも、最高のやつが必要だ」
次の瞬間、親方の手元にあった真っ赤に焼けた鉄くずが、俺の足元に投げつけられた。 ジュウウウッ! と靴底が焦げる音がする。
「ふざけるな! わしは『竜殺し』のガンテツだぞ! 戦場で命を預ける武器を作るのがわしの仕事だ! それをなんだ、芋掘りの道具を作れだと!? 馬鹿にするのも大概にしろ!」
怒声がビリビリと空気を震わせる。 セリアが殺気を感じて剣を抜こうとするが、俺は動じなかった。むしろ、その反応に満足していた。
「やっぱりな。アンタで正解だ」 「何がおかしい!」 「アンタは鉄を知り尽くしている。だから怒ったんだろ? 『たかが農具』に自分の技術を使うのが勿体ないとな」
俺は懐から、徹夜で書き上げた羊皮紙の束を取り出した。
「だが、俺の相手はドラゴンよりもタチが悪いぞ。アンタの打った剣でも、たぶん折れる」 「……なんだと?」
ガンテツの眉がピクリと動いた。 職人にとって「自分の作品が折れる」と言われることほど、プライドを刺激される言葉はない。
「相手は『魔断層』だ。コンクリート……いや、鋼鉄並みに硬化した岩盤だ。それを何万回、何億回と叩き続け、切り拓く。一撃で終わる戦いじゃない。数年単位で摩耗と衝撃に耐え続ける強度が要る」
俺は羊皮紙を無造作に作業台の上に広げた。
「これが設計図だ。見て判断してくれ。これを作れるのは、世界でアンタしかいないと踏んで来たんだ」




