2.死の領地「ガレ」
王都から馬車に揺られること一週間。 舗装された街道が終わり、ガタガタと車輪が悲鳴を上げ始めた頃、俺たちは目的地に到着した。
「……到着しました。ここが、貴方の領地です」
御者台から冷ややかな声が降ってきた。 声の主は、俺の護衛兼監視役として同行してきた女騎士、セリア・フォン・アークライトだ。
銀色の長い髪を後ろで束ね、白銀の鎧に身を包んだ彼女は、王都の騎士団でも有望株だったらしい。 それがこんな辺境への左遷人事だ。不機嫌になるのも無理はない。
「ありがとう、セリア。道中、魔物が出なくてよかったよ」 「魔物すら寄り付かない荒野だっただけです」
セリアは短く切り捨てると、俺より先に馬車を降り、あたりの景色を見渡して……絶句した。
「…………酷い」
彼女の呟きは、決して大げさではなかった。
目の前に広がっていたのは、緑色の一切ない、灰色の世界だった。 地面はひび割れた岩盤で覆われ、風が吹くたびに砂埃が舞い上がる。 遠くには、岩をバリバリと齧る巨大な猪――ロックイーターの群れが見えた。
「水もなければ、木一本生えていない。人が住める環境ではありません。アレク様、悪いことは言いません。今すぐ王都へ引き返して、お父上に土下座をするべきです」
セリアは本気で俺を憐れんでいる目だった。 魔法至上主義の彼女からすれば、魔力のない俺がここで生き延びる術など、万に一つもないと思っているのだろう。
だが。
俺は馬車を飛び降りると、地面にへばりつくようにして膝をついた。
「すごい……!」 「はい?」 「見てくれセリア! この岩盤、ただの岩じゃない! 『魔断層』だ!」
俺は興奮のあまり、地面をペタペタと触った。 コンクリートのようにカチカチに固まったこの層は、強力な魔力干渉によって生まれる地殻変動の一種だ。
「は、はぁ。それが何か? 作物が育たない最悪の土壌だということでしょう?」 「逆だ! この分厚い岩盤が『蓋』になってくれたんだよ!」
俺は立ち上がり、荒野に向かって両手を広げた。
「ここ数百年の間、世界中の農地は魔法使いどもにマナを吸い上げられてスカスカだ。だが、ここは違う! この硬すぎる岩盤のおかげで、地下の土は誰にも干渉されず、太古の栄養分をたっぷりと蓄えたまま眠っている!」
そう、ここは不毛の荒野じゃない。 天然のシェルターによって守られた、世界最後の「処女地」なのだ。
「これだけの広さがあれば、何でも作れるぞ。根菜類はもちろん、大豆も、麦も……夢の輪作が組み放題だ!」
俺が一人でニヤニヤと妄想を爆発させていると、セリアが何とも言えない表情でこちらを見ていた。 汚物を見る目、というよりは、理解不能な未知の生物を見る目だ。
「……噂には聞いていましたが、本当に正気ではないのですね」 「最高の褒め言葉だ」 「褒めてません。……それで? その『宝の山』をどうやって耕すおつもりですか? その岩盤、魔法使いの攻撃魔法ですら傷一つ付かない硬度ですよ」
セリアの指摘はもっともだ。 俺は腰に差していた、なけなしの金貨で買った「鉄のクワ」を抜いた。
「決まってる。気合いと根性と、物理でやるんだよ」




