検察審査会の人々14
刑務所見学で最初に訪れたのは受刑者の居住区域だった。
TVのドキュメント番組で何度か視聴したことがある、いわゆる独房だ。
[団体行動が苦手・協調性のない受刑者が入室します。御覧の通りプライバシーのない部屋です。
トイレは剥き出し、最低限の戸板で隠されてはいる程度です。
畳敷きで布団と枕・TV・ラジオが設置されていますが、放送される番組は選べません。
受刑者によってはTVラジオが禁止される者がいます]
どんな受刑者がTVラジオを禁止にされるんだ?
大部屋も見せてもらった。
[ここは団体生活ができる者が入室します。
トイレに違いがあるのがわかりますか?
トイレは個室になりドアがついて各部屋に一つずつ設置されています。
壁の上半分がガラス張りになっていますので完全なプライバシーがあるわけではありません。
畳に枕が入室人数分、洗面台・洗面器が二つずつ設置、TV・ラジオ・スポーツ新聞が入りますが選択肢はありません]
静かに歩きながらイヤホンから聞こえてくる坂木刑務官の話を聞く。
[外国人受刑者は個室と決められています。
畳に布団と枕の習慣がない物にはベッドのある部屋に収容されます。
それぞれの部屋の鉄扉の上を見てください。
記号が書かれています。日本語が理解できるか、話せるか、食事に関するものも書かれます。
日本の食事ができるのか、ご飯とパン食が選べます。
受刑者が入信していて宗教上の食べられない物があるため、外国人受刑者には気を使います。
国名や宗教もすぐに分かりますし、宗教によっては断食や時間ごとのお祈りの時間や礼拝所を用意しています]
礼拝所は宗教の関係で入れないそうで、見学は出来ないのだが刑務所であっても礼拝は欠かしてならないのだという。
[そして、矯正作業の仕事内容による食事の量を表示しています。麦飯の量が大盛り・普通・少量の三段階で、おかずの量は全員同じです。アレルギー食も対応しています]
学校の給食を思い出してしまうそう。
「あ、外国人受刑者には特盛サイズが出ますね。所謂アメリカンサイズ。本当によく食べますね彼らは。我々は驚くことがいっぱいですよ]
お、また坂木刑務官のおちゃめさんな口調が出た。
[では次は体育館に移動します]
あぁ、もう厳しい刑務所に戻ってしまった。
[ここが体育館です。この体育館で身体を動かして日頃のストレス発散をしたり、運動不足を解消したり、スポーツ大会をすることもありますし、いるを並べて集会を開いたり、歌手を呼んでコンサートをしたり。多目的ホールとして使用します]
私立の体育館よりも遥かに小さいが体育館としての機能が備えられている。
[次は、風呂です。
風呂は夏は週に三回、一人十五分で入るように決められています。
例え風呂であっても刑務官が監視は就きます。
……風呂には受刑者たちの暗黙の了解がありまして、古株から順に奥の洗い場を使っているんですよね。
誰が教えているんだか、出入口に近い方を入ってすぐの受刑者が身体洗っているんで、どこで身体を洗ってもいいのに挙動不審な人を見ると、あ、新しく入ってきたんだなとすぐに分かります]
坂木刑務官またですか?
そこで、一・二・一・二と男性の声が聞こえてきて、受刑者の団体と刑務官が廊下を横切るのが見えた。
[えー、今通りかかった受刑者たちの様に、移動するにも必ず掛け声をかけて、足並みを揃えて歩きます。
刑務官は受刑者の後ろから監視します。……受刑者が通り過ぎるまで待ちましょう。皆さん止まって下さい]
服役中の本物の受刑者は見学者に見向きもせずに歩いて行く。
[それでは、実際に矯正作業をしている工場に案内します]
そしてまた廊下を歩き始める。
[矯正作業は主に木工・金属・革の加工、印刷や洋裁など、業種が指定されています。この作業によって出来た製品は、即売会に出され収入となり国庫に入ります。
見学者の皆さんには革製品の加工をしている作業棟に案内します」
隔離扉を通り、ある部屋に入っていく。
[ここが今、受刑者が実際に働いている作業場です。作業時間は午前四時間・午後四時間、間に昼食や小休止があります。
作業場では受刑者六十人を刑務官が一人で監視します。
海外の刑務所に務める刑務官は必ず拳銃を携帯していますが、日本の刑務官は持っていません。
信頼感を持って監視しているので武器は警棒のみ。拳銃は所有しません。
他の作業場を通りながら会議室に戻りましょう]
外国の刑務所は外壁からも銃を持った刑務官が監視をしているらしい。
作業場を出て会議室へと戻る時に坂木刑務官からの声が日本と海外の刑務所との違いを教えてくれる。
[作業終了時間は四時半、点検して五時に食事、教育時間が必要な者には通信教育や、覚せい剤・アルコール依存症など、犯罪の原因になった受刑者が別指導を受ける時間を設けています。
各宗派の宗教活動やクリスマス会・イベント・クラブ活動もあって、自由な時間も確保されています]
人間としての必要最低限の生活があるけど、塀の外に出られない、規則正しく規律に厳しい。
廊下を歩いていると、また、二列縦列で一・二・一・二…という掛け声で受刑者が歩いている。
……あれ?なんとなく移動していく受刑者を眺めていると、胸にまるいバッジが付いている人とついてない人がいる?
色も違ったりするのは、何かの区別をしているのか? なんだろう……。
あのバッジについての説明がないな。会議室に着いたら聞いてみよう。
[ほかにも、運動が出来るようにグランドがあって、毎年体育祭を開催しています。ちょっと寄り道して見ていきましょうか。おじさん・おじいちゃんが頑張り過ぎて、腰を痛めるわ…足が攣るわ…走って転んで怪我をしたりでひやひやするんですけど、……盛り上がってます]
坂木刑務官~。
また何かちょっと黒いものが漏れ出てますよ~。
[調理室も覗いてみましょか。何か作業してるかもしれません。会議室に戻る途中にありますので、序に見学しましょう。受刑者の中で調理ができる者や刑期終了間近の者が、受刑者全員分の食事を作ります。調理器具の包丁など凶器になると考えられるものは、管理がきちんとされてますので、紛失することはありません。刑務所内でドラマや映画のような事件や事故は起きませんよ]
調理室に到着すると、数人の受刑者が白衣を着て給食センターにあるような大きな鍋を磨いていた。
[あ、調理室なのでここで言っておきます。刑務所の食事の事を『臭い飯』などと言っていますが、美味しいですよ。過去の食事は不味かったようですが随分改善されて、今はちゃんと、管理栄養士さんの指導に基づいて栄養も考えられた食事です。不味いことはありません]
坂木刑務官のブラックトークを聞きながら会議室まで戻ってきた。
[はい、お疲れ様でした。もうイヤホンは外して構いません]
そう言ってから坂木刑務官は口元からトランシーバーを静かに置いた。
坂木刑務官がトランシーバーを置いたのを見て、見学者がイヤホンを外し机の上に静かに置く。
イヤホンは見学に付き添ってくれていた刑務官が回収していく。
「皆さんはこの刑務所をどのように感じましたか?
全く自由のない強制労働を強いられる過酷な場所ではない、と思われているでしょうが、実はけっこう細かく厳しく決められた中で生活しています」
衣食住は揃え得られているが国からの支給品、下着や日用品の中の消耗品類は一定範囲内での自費購入で、入所するときに所持していたものは出所するまで刑務所内で預かっている。
自分の好きな服は着られない、好きなものを食べられない、娯楽は少ないし制限がある、そう説明されると納得してしまえるかな。
「我々大阪刑務所の刑務官は凶悪な犯罪を犯したものや何度も同じ過ちを犯してしまう受刑者と、日々向き合い、信頼関係を築きながら生活しています。
殺人犯や詐欺師、窃盗犯、反社会的勢力いわゆる暴力団、覚せい剤使用者……いろんな受刑者が入ってきますが、改善更生させて再犯しないと信じて社会に送り出します」
そう言って坂木刑務官は刑務官としての受刑者に対する思いを語った。
「何か質問のある方はいらっしゃいますか?」
「はい」
俺は手を挙げて、さっきの受刑者の胸についているバッジの役割を質問した。
あれは、受刑者の更生の進み具合を表しているらしい。
バッジの色ごとにランク分けされていて、真面目に矯正作業をしていたらどんどん色が変わって行って、刑期が短くなるそうだ。
刑務所から早く出たい受刑者は、とにかく優良者になろうと一生懸命に働くという。
監視している刑務官はいつも同じ人ではないので、生活態度やあらゆる分野でそれぞれの担当者に評価してもらって、早く仮釈放にこぎつけるようにポイントを稼いでバッジの色を変えていく。
受刑者にも刑務官にも一目で分かるように胸につけている。
「刑務官の皆さんはどんなことに気を付けて仕事をしていますか?」
「正義感と責任感がなければ刑務官の仕事は出来ない、と私はいつも思って職務に務めています」
坂木刑務官は淡々と話す。質問は見学者からいろいろあったが、丁寧に答えてくれて質問タイムは終了し、帰路につく。
裁判所に戻るためバスに乗り込み敷地から出るまで四人の刑務官が付き添ってくれた。
帰りのバスの中で、別の審査会の男性同士の会話が聞こえてくる。
「それでもやっぱり、中の方が楽しそうやったな……」
「そうかぁ? 俺は好きな時に好きなもん食えんのは我慢ならんわ」
「日曜出勤もノルマも残業もない。休憩時間も食事も部屋も確保されてるんやし……」
……と。
「なんやねん、大人げなぃ」
それに対して、望月さんが小さな声で向井さんにこっそりと文句を言った。
「刑務所の方が居心地ええやて……? そんなこと思うから再犯が多いんちゃう? でもそんなん、ただ現実から逃げてるだけやん。おっちゃんらもっとしっかりしてーな……」
あぁ、望月さんが通常運転だ……。
なんて、正論を吐く彼女の声はまっすぐで強い気持ちが妙にグサグサとささるのだった。
刑務所見学終了しました。
見学は貴重な経験でした。受刑者さんとほんの数メートルしか離れていない所を歩いたりもしましたが、皆さんとても真面目に集中して働いていて、何でこんなに働いている人が服役しているのかと思う事もあります。
機会がありましたら見学ツアーに参加されるのも良いでしょう。
遊び半分の浮かれた気持ちでは受刑者さんたちの邪魔になりますので遠慮してほしいですが……。
そして、坂木刑務官。
こんな本音駄々洩れに案内するき刑務官はいません。私の勝手な想像上の刑務官をつくりました。
坂木刑務官はお笑い大好き、思春期には芸人を目指したこともある人……という設定も考えてました。




