最終話
「西部連合の主要国はどんどん豊かになってる。腐敗の少ない官僚組織を構築しているし、異国との積極的な貿易で経済を豊かにしているし、寛容な宗教政策のおかげで異教徒の技術者や科学者が常駐しているから技術の進歩も早い。騎兵隊を縮小して砲兵を厚くしているのも気になる。騎士団の前じゃ言えないが、俺も騎兵の時代は終わると思ってる」
王国の東側には帝国が君臨していて、西側では中堅国が割拠している。
王国は昔から帝国を中心とする中央同盟に所属しているけれど、近年は西側の中堅国同士が連合を組んで急成長していて、王国は東西を大勢力に挟まれる格好になっていた。
エリーザは胸の鼓動が早まるのを感じながら、肩を寄せてヨハン王子に体重を預ける。
「寝返るのですか?」
「そのつもりだよ」
「戦争の時代になりますね」
「どのみち戦うことになるんだ。勝ち馬に乗らなければ。決して格好いいことではないけど、君主の役割は誇りのために家臣や領民たちを犠牲にすることじゃない。君主の役割は家臣や領民を一人でも多く幸せにすることだよ」
「わたしも、殿下の仰る通りだと思います」
馬車はかたかたと揺れていて、その振動がとても心地よかった。
王子も同じように感じているのか、小さく欠伸をしてから目を細める。
「それにしてもさ」
ヨハン王子は眠そうな声でエリーザに話しかけた。
「何でしょう?」
エリーザはとても小さな声で囁きかける。
「アネットってこんなことできるやつだったっけ? 男に媚びたり晩餐会や舞踏会で立つのは上手くても、こういう泥臭い調査ができる人間じゃないと思ってた。やれと言ってもこんなことはやらない人間だと思ってた。それが、自分からやり出すなんてね」
「さぁ、人間って変わりますから。泥臭い調査といえば、王国内でのネズミ捕りは順調なようですね」
エリーザはとぼけて話題を変えにいく。
王国でも貴族の腐敗が進行しているため、いま王子直属の密偵たちが秘密裏に汚職の調査を行っているのだ。
「証拠は全部掴んだ。これから全ての不正を一掃する。腐敗した貴族どもを牢獄に入れて、王政の主導権をまともな人間たちのもとに戻さないといけない」
もう完全に目を閉じてしまっている王子だけれど、その声は自信に満ち溢れている。
「ねぇ、あなた」
エリーザは「あなた」とヨハン王子に呼びかけてみる。
「なんだい?」
意外な呼び方だったからか、王子はぱっと目を開けた。
「マリナ家はどうです?」
「だいたいクロだな。王室の財産を不正利用してる」
「アネット様は……」
「彼女は関わっていないよ。きっと、政治にかかわったことなんてないだろう。でも、両親の庇護は受けられなくなる。有力な親族も全滅だ。正直なところ、マリナ家からは全ての所領を没収しようと思っている」
エリーザはアネットに深く同情した。いったい、あなたの人生にはどれほどの波乱が待ち受けているのでしょう。
「アネットのことを、サヴァツキ家で雇ってもいいですか?」
「それはサヴァツキ家の勝手だよ。。俺には信じられないけど、エリーザはアネットのことを良い人間だと思ってるんだろ?」
ヨハン王子はそう言うと、エリーザの返事を待たずに再び瞼を閉じた。
すぐに微かな寝息が聞こえてきて、その安心しきった表情からも眠りの深さが伺える。
エリーザは静かに優しく、王国の威光と豊かな自然を称える曲を歌った。
いまはむしょうにこの曲を歌いたい気分だった。
ごめんね、わたしがこんな曲を廊下で歌ったりしなければ、あなたをここまで不幸にしなかったかもしれない。そう思うと、エリーザはなんだか胸が苦しくなってくる。
だからこそ、手紙の最後に書いてあった文章をエリーザは思い出さずにはいられない。
「わたし、あなたのおかげで大切なことに気がつけたと思う。これからは、王国のため、王国に住む人々のために生きたいと思うわ」
エリーザはアネットに深く同情して、そして感謝した。
これからずっと、アネットと一緒に生きていきたい。エリーザはそう感じている。




