第16話
ヨハン王子は窓を見ながら目を細め、エリーザにそう説明した。
王子が座っている位置からは遠くなっていく馬車の後姿が見えているのかもしれないけれど、エリーザが立っている位置からでは窓の外の景色をはっきりと見ることはできない。
「エリーザ、ここに座って」
王子は再びエリーザへと視線を向け、自分の隣に座るようエリーザを誘う。
それはさすがに、とエリーザは躊躇う仕草を見せた。
二人のあいだには越えてはいけない階級の差があるはずだ。
けれども、ヨハン王子はまっすぐにエリーザを見つめ続けていた。
その視線に捉われていると、エリーザの中でも覚悟が固まってくる。
いまから、特別なことが起ころうとしているのだ。
エリーザはゆっくりと歩を進め、ヨハン王子の隣に座った。
ヨハン王子は流し目でエリーザの様子を確認して、エリーザに問いかける。
「訊きたいこと、あるだろ?」
エリーザはこくりと頷いた。
「ここはどこなのでしょうか」
「シュタイン卿の領地の端っこだよ。この別荘はシュタイン卿の家臣の持ち物らしい」
ヨハン王子は再び窓の外に目を向ける。エリーザも窓に視線を向けてみた。
窓の外には田園地帯が広がっていて、遠くには屋根に十字架を掲げた教会があり、その周りに家屋が集まっている。そんな農村の外れに、この建物はぽつんと立っている。
もう太陽は沈み始めていて、一帯が薄い橙色に染められていた。
高級貴族が宿泊するには簡素過ぎるけれど、その部下が領地を巡回する際に泊まる場所という意味では確かに手頃な広さの別荘だなとエリーザは思った。
「わたしはなぜ、ここに連れてこられたのでしょうか」
エリーザがそう訊くと、ヨハン王子は唇を引き結んで真剣な表情になる。
数秒の沈黙の後、ヨハン王子はゆっくりと口を動かした。
「エリーザと結婚するためだよ。エリーザと結婚するために、エリーザをここに攫ってきた」
エリーザは体温がぐんぐんと上昇するのを感じていた。頬から耳にかけて妙に熱い。
「アネット様は」
「アネットじゃなくて、エリーザがいいからここにエリーザを連れてきたんだ」
ヨハン王子はじっとエリーザの瞳を見つめている。
エリーザは泣きそうになって、泣いちゃう、と思ったときには目尻から涙が溢れていた。
涙が視界を曖昧にしていて、それでも、ヨハン王子の顔が近づいてくるのが分かった。
そして、ヨハン王子とエリーザは口づけを交わした。
唇の感触が離れて、エリーザが涙を拭うと、柔和な笑みを浮かべながら、何事もなかったかのように椅子に腰かけているヨハン王子が目の前に現れる。




