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洗われた。



起きた時、犬男が移動してて抱き枕にされていたという不満を除けば概ねすっきりしていた。

勿論、左手の怪我は微妙に悪化したままでかさぶたも厚くて痛い。でも、足の他の疲れは大分マシになっていたし、黒リスを見てからの奇妙な喪失感はなんとなく薄まっていた。


ふかふかの寝床は二つの熱源のおかげで暖まって暑いくらいだし、体を解したいからどうにか背中に巻き付く犬男の手を外したい。

下手に起こして怒られるのも嫌だからかなりの間じっとしていたけど、流石に一時間越えただろうなと思った辺りから耐えられなくなった。


人の寝顔なんて見ててもつまらないし、寝ててもうっすら笑ってる犬男なんか論外だ。よく見たら色が白くて鼻筋が通ってるのも許せない。私に寄越せ。


どうにか逃げたいけど、私がもぞもぞ動いてもスヤスヤしてるくせに離れるとぴくりと反応してくるので面倒この上ない。


仕方ないので一計を案じてみた。


ただ、使われることなく放置されてた掛布を手繰り寄せて丸めて身代わりの術的なことをしようとしてるだけなんだけれども。なんとなく馬鹿っぽい犬男なら暖めた掛布に抱きついたまま寝てそうだと思うんだよね。


逆鱗に触れたときは仕方ないと諦めて実行してみる。


……はい、思ったのより5倍軽く抜けられたよね。


この犬男、身体機能はハイスペックでも頭はロースペック過ぎるでしょうよ。軍人は元より、化け物満載の危険な森に住んでるような奴は知らないけれど……危険のただ中に住むような人間が睡眠中とは言え、この無防備さで大丈夫なのか。


よくわからん奴である。



さて。

これから私はこの洞窟を探検してみようと思う。



礼儀だの常識だのは知りません。命かかってますし、人間扱いされてないペットにそういうのを求められても困ります。と思うことにして早速行動に移す。


犬男の保護がいつまで続くかは知らないけれど、ある程度自分の住む場所の把握は急務だから。


多分、よっぽど奥に行かない限りは、この洞窟で迷うことはないはず。頭の足りない気があるものの生態系の頂点に立ってそうな犬男が居住空間とする場なのだ。迷うような仕掛けはいらない。


天然の洞窟なら話は別だが、よくよく壁を見てみれば天然の岩肌と言うには滑らかな部分が多いけれど、一部の荒れている面は鋭利で新しすぎる。人工洞窟としか考えられない。空間も整えたにしては人の意図を感じるし、どうやるのかという疑問はない。昼間見た犬男の身体能力なら道具が無くてもできるだろうからね。


一応足音を立てないようにして、犬男が食料を取りに行っていた仕切りもない通路へ向かう。


通路ってか、接続のための空間という感じだ。


細長い広めの空間には何も置いてなくて、五つの入り口がぽっかりと開いている。どれもそこそこ広いらしくて

私に犬男がつけた光球じゃ照らしきれない。


警報鳴ったりしたらどうしようなんて後にしてみれば杞憂もいいところな心配をしつつ手前の部屋を覗く。


……思わず悲鳴をあげたくなるような、異世界の食糧庫があった。


なんでこの世界は何にでも目玉を付属させてしまうのだろうか。なんか恨みでもあるのか、いや、愛されてるのか。目玉はこの世界の何かに愛されているのか。


ほんの僅かな光にもギラリと光る目玉の群れが食糧だって、果物だってわかってしまった事がとても悲しい。


異世界来て三日目、目玉が果物の基準に思えてきた。


得体の知れない精神的ダメージにふらつきながら反対側の部屋を見ると、よくわからない素材やガラクタが積まれている部屋だった。


衣類が手前に三着ほど並べており、そのどれもが犬男が今着ているのと同じものだった。よく使う物も近くに並べてあるが、目を凝らせば全部に同じ紋章が入っている。木か何かがモチーフになっているのが服の胸部に貼り付けられた一番大きなものでわかった。


物を動かして面倒になるのは避けたいから当然、眺めるだけに留める。


次の二つは、風呂や洗濯に使われてそうな水場とお手洗いらしい場所だった。


お手洗いの方にらしい、が付くのは実際の所、使用方法がわからないからだ。水場と対になる配置で他に部屋もないのでそう判断してみたけれど……どうなんだコレ。


一畳あるかないかの狭い空間。

人が跨げるくらいの亀裂がぽっかりと空き、その上からわりと頑丈そうな蔦をよって作ったとおぼしき綱が下げられている。


亀裂が無かったらいつの産屋かと思ったところだ。


お手洗いお手洗いと言うのもなんだが、ないと困るし、これがそうでなければ万事休すなんだけれども。


そういった臭いがするでもないし、判断し難い。


……下手したら、犬男が用を足すのを覗く必要があるのではないかという最悪の事態が脳裏を過り、震えた。


この世界に来てから何故かその手の欲求を感じていないのが救いだ。良いことか悪いことかは別として、まだ猶予がある……はず。


いろんな意味で不毛なことを考えるのは止めて、正体がはっきりしている水場を見に行こう。



踵を返して反対側の部屋に入ろうとした瞬間、部屋が明るくなった。



……ここの照明たる光球くんは対象の近くに浮かんでいる。スイッチや熱とかに反応して入室と同時につくようなタイプではない。私についている光球は常夜灯レベルでほんのりした明るさしか持っていない。


であるならば、部屋が明るくなったのは、当然。


犬男が来たからだよね、うん。


恐る恐る振り替えれば、光球を背後に従えた犬男の姿が。後光が差してるかのように眩しく、逆光になっているのが大変うざい。


というか、微笑みの種類がわからなすぎてこわい。


犬男は通常営業でいつも微笑んでる。正直、マクド◯ルドでもこんなに笑顔の安売りはしない。そんな量産型スマイルを浴びせられて硬直していると、びっくりするほと自然な動きで抱き上げられた。


「ちょ、んな?!」


泥まみれになった寝間着がいっそたどたどしくて不安になる下手さで剥ぎ取られていく。痛くはないけれど服を破られるのではないかという不安とこんな見ず知らずの犬男なんかに肌を見られるという屈辱が膨れ上がる。


我ながら命の恩人に対する礼儀なんてちっとも思い浮かびやしなかった。こっちは蜘蛛の巣にかかった蝶が戯れに子どもに逃がされたと思ったら標本にされそうな状況なのだ。お互いエゴで行動して、相手を見ていない。それに、結局は飢えた捕食者と無邪気な殺戮者のどっちの手にかかるかなのだ。


幼子が無邪気にきせかえ人形で遊ぶような手軽さで扱われる日が来るなんて思ってなかった。


ここまで人権を損害される理由なんてない。少なくとも、私の世界じゃ、地球じゃ、そのくらいの権利を主張することは建前だけでも認められていた。


照れるとか異性に裸を見られるのが恥ずかしいとかではなく、この理不尽に対する怒りで頭に血が上る。


さわるな、さわるな。


私に、さわるんじゃない。


さわるな、私は、さわられたくない。


異世界に持ってくることができた唯一の(よすが)である寝間着はどんなに泥に汚れていても私には大切なものだ。


それを何の断りもなしに奪われるのが嫌で、無駄を承知で暴れようとすれば、寝間着が裂ける。


犬男はそれを大して気にかける様子もなかった。


その関心の無さに、下手をすればその場で服を破り捨てられる可能性があったことにようやく思い至った。


……この世界は、ほんとうにままならない。


有効打を入れることも出来ず、気が付けば一糸纏わぬなんとやら。


完全に自棄になって全身から力を抜く。犬男は服を着たままで色がないのが救いとさえ言えない。これはもう汚れたペットを洗いにきたという風情だ。


力を抜いたことをどう捉えたのか、もう犬男はいつの間にか湯を張った浴槽らしい窪みに近寄った。


しかし。


寒いから早くお湯に入れてくれと思っているのに、中々入れてくれない。


どうしたことかと後ろを見れば今更ながらに悩む犬男がいた。


ジョン、悩むだけ頭あったのか……。


なんてことを考えて身を震わせていると、むんずと足首を掴まれた。地球の下手な男より細く見える指だが万力など目ではない力を秘めた指である。明確な意思を持って一部を掴まれたなら、ゴリラの手より怖い。あの人外魔境っぷりから言って、握力はトンどころではない気しかしないし。


最早、裸で抱えられていることすらどうでもいい。


部位と命が欠損しなければ。


そう思っていたが、犬男は予想外に心ある行動をとった。


足首を掴んだ意味がいまいちわからないのはあれだが、どうやら私にとっての湯加減を見ようとしただけのようで湯に足を僅かに浸しただけだった。


思っていたより普通だった犬男と湯船の温度に安心する。ドラゴンを飛び蹴り一発で貫通する男も皮膚感覚の温点は一般人と同じらしい。


ほっと安心して足を伸ばし、お湯を楽しむ。透明で汚れの欠片も見当たらないお湯は適温で気持ちいい。


ここに来てから汗もかいたし、泥にまみれたりもした。


石鹸はこんな森の奥にないにしても少しくらい身体を擦って汚れを落としてしまいたいのだが……。


そう思って足に手をかけて、私をしゃがんだ膝の上にのせたままの犬男を見上げた瞬間。


湯船に放り込まれた。


この犬男、本当にものを大切にできない奴らしい。


出会ってから三度目にもなる感覚に涙しそうになる。


ヤスリのような岩の浴槽に背中と臀部の一部が擦れて、擦り傷が出来るのがわかった。ドラゴンよりこの犬男による投擲(ただしされるのが自分)によるダメージの方が多いんだが。


湯を跳ねさせて咳き込むように顔を出せば、満面の笑みを浮かべた犬男。


小学生のガキによるペットのシャンプー風景を思いうかべて、スイと後ろにさがった。


さがったが。


リーチの差は一目瞭然、即座に捕まる。


守るべき服もない私は必死に抵抗したが、美容院に連れていかれたわんにゃん達の宿命通りに洗われた。


隅々までな!


その時のことを細かく説明する気は毛頭ないが、一つ言えるのは、きちんと呼吸を確保している地球の飼い主の皆さんは素敵ってことだろうか。


……私は、地球に戻れても色んな意味で戻れない気がしてきて余計に目頭が熱くなった。


今日の屈辱は忘れない。


いつか復讐する。


物理的には無理そうなので脳内で罵るに留めるが。


その罵りも低俗なのでカットさせていただく。




異世界に来て三日目。

洗われた。


カットした罵倒について言うならば、犬男は不能ではありませんよと言ったところ。


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