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3 セロ村

 12月26日。

 再び虎の背に乗って、セロ村を目指して出発した。途中でロビィの隊商と再会し、ヴァイオラとGは先の戦闘で壊れた武器を預け、フィルシムで修理するか新品を調達してほしいと、ツェーレンに依頼した。彼女はまた、クダヒの友人とフィルシム大神殿宛に手紙を託した。



 12月27日の夕刻、セロ村に無事に帰着した。

 村の入り口でヘルモークと別れたあと、「森の女神」亭に早速戻り、狂信者の血液やら不浄なものを洗い落とすためにお風呂に入ることにした。一人金貨一枚と高めだが、風呂でも入らないとやりきれない気分だった。女性陣が先発で代わる代わる風呂に入っている間、レスタトとセリフィアはディライト兄弟や5人組の装備品をトムの店に売りに行ったりした。そんなこんなで全員が出払っているところへ、ヘルモークがやってきた。

「お風呂に入ってる? ……そりゃ、『待ってろ』とは言わなかったから……仕方ないか」

 彼は一階の食堂の椅子につくねんと座り、一人でみんなを待った。2時間ほどして、全員お風呂に入り終え、夕食を取りにきたところでやっと出会った。

「ヘルモークさん? 何してるんですか?」

「お前さんたちを呼びにきたんだよ。でもまぁ風呂だっていうから、明日にしてもらったよ」

「あした?」

「村長が君たちを呼んでいるんだ。明日の朝、迎えに来るから」

 それだけ言って、彼は帰っていった。

 一同は、村長の話が何であるか気にしつつも、あたたかい夕食をとり、あたたかく柔らかい布団でぐっすり眠った。寝る前に、Gがコンティニュアルライト〔絶えない明かり〕のかかったコインを見せてくれた。3枚あって、「だれか持ちませんか?」と言ってくれたので、ラクリマとセリフィアが1枚ずつ手にした。



 12月28日の朝。

 朝食を終えて早々に、ヘルモークの案内でセロ村村長宅に伺った。

 村長はアズベクト=ローンウェルといい、60代くらいの老人だ。見た目どおり、かなり年配らしく、なぜ後進に道を譲らないのかが不思議なくらいだった。同室には息子のベルモートと、護衛である20代後半の美人の女戦士が列席していた。セロ村には3人の職業戦士が常駐しているが、自警団リーダーのグリニード、同じく自警団のスマック、それに続く3人目が彼女であることは、あとから知った。

 村長の話はこうだった。

「セロ村のそばにハイブのコアができたらしいという話は聞いた。そこでそのハイブ退治を君たちに依頼したい。報酬は、一人あたり月10gpと、宿での食事と宿泊代だ。もちろん、ハイブを倒したらその分の報奨金も支払う。ただし証拠をきちんと見せてくれ。契約の更新は毎月見直す。君たちの働きがよければ更改するが、役に立たないようならお払い箱だ。必要経費は随時申請してくれ。コアの破壊をもって依頼完了とし、終了時には特別手当を支給する。詳しくは契約書を見てくれ」

 村長はよほど冒険者が嫌いなのか、ずっと苦虫をかみつぶしたような顔で、「ごくつぶしどもが」という程度の軽い悪意をもって話した。

「ハイブについての今回の情報料はどうなるんです?」と、ヴァイオラが尋ねた。「情報をもたらした代価については、支払っていただいてませんが」

 村長は、厭そうな顔をしながら応えた。「情報か。それもあって君たちと優先契約を結びたいのだ。だが、厭ならかまわん。この申し出は強制ではないからな」

 ラクリマがおずおずと口を開いた。

「……私…修道院の許可がないと、ここで契約していいかどうか……」

「だから強制ではないと申しておる。やりたくなければ断ればいいだろう」

 村長はますます不機嫌な声を出した。

「すみませんが、一晩、考えさせてくれます?」

 ヴァイオラがその場をとりなすように言った。

「…面倒な奴らだな。ヘルモークに言われなければこんな面倒なことはせんものを……いいだろう。明日までに返事をするがいい。だが、わしは多忙でな、返事はここにいる息子のベルモートに伝えてくれ」

 村長は最後まで苦虫をかみつぶしたような顔で言った。会見はうち切られた。

 息子のベルモートは20才代で、親に似ず、押しの弱そうな、人の好さそうな男だった。「明日、お返事をお待ちしています」一同はベルモートに見送られて村長の家を出た。


「生きて帰れたお祝いに、宴会しましょうよ」

 Gのいきなりの提案で、本当にいきなり宴会をすることになった。

「私、村の人も呼んできますねっ!」

 レスタトが出費を気にして青ざめるのも気にとめず、Gは村人を誘いに表へ出ていった。だが、まだ昼間だったので、村人たちはみな仕事に出払っていた。話ができたのは、警備についている自警団隊長くらいだった。

「これから宴会するんですけど、お暇だったらいらっしゃいませんかぁ?」

 Gが隊長を誘うと、四角四面な隊長は丁寧に断りを述べた。

「いや。立場上、そういうお誘いはお断りしている。冒険者の方々と親密になると、何かあったときに手心を加えそうになるからな」

「そんなこと言わずに、飲みましょうよ〜」

「私は行けないが、スマックには言っておこう」

 隊長は真面目に伝言したらしく、宿にスマックがふいと現れた。

「宴会だっていうから来たぜ。今日は夜勤で、6時までしかいられないけどな」

「来ていただいて嬉しいです〜」

「何でも飲んでいいのか? じゃあ、あのワイン」

 スマックが指定したのはちょっと高めの瓶だった。レスタトはもう自棄になって「いいですよ、飲んでください。僕にもあっちのワインを」と、さらに高い出費を決めた。

 飲んでいるうちに、レスタトはラクリマがときどき自分のほうを窺っているのに気づいたが、あえて気づかない振りをしていた。そのとき、

「で、どうする、兄ちゃん?」

 ゴードンが話しかけてきた。

「どうするって、何がだ」

「やだなぁ、村長の依頼のことに決まってるじゃん」

 レスタトはちょっと黙った。

「契約するつもりなんだろ、兄ちゃん? そしたらさぁ、早いところ、他の人にも頼んでおいたほうがいいと思うなぁ」

 ゴードンに促され、レスタトは重い腰を上げた。まずセリフィアに話をすることにした。

「村長の話だけど…君はどうするんだ?」

「俺はハイブを倒せればなんでもいい」

「つまり…依頼を受けるんだな?」

 セリフィアは黙ってうなずいた。

「Gはどうするんだろう……」

 レスタトが悩んでいると、セリフィアは通りがかったGに声をかけた。

「G、君はこのあとどうするんだ。予定はあるのか?」

「いいえ! 私、行くところありませんから!」

 Gは何故かやたらと元気に応えた。レスタトがぼやぼやしているとセリフィアが言った。

「君も一緒にやらないか?」

「何をですかぁ?」

「ハイブ退治さ」

「はいっ!」

 Gは嬉しそうに応えた。行き場のない、帰る家のない彼女にとって、セリフィアの申し出はありがたかった。

「これでGも一緒だ」

 戦力に若干自信がついたレスタトは、残る二人のところへ足を向けた。ちょうど「4体死体がなくなっているはず」とスピットに報告して帰ってきたヴァイオラに、ラクリマが「勝手に契約したら、院長様に迷惑がかからないでしょうか…」と相談しているところだった。

「なんだ、坊ちゃん、どうするか決めたの」

 ヴァイオラの語り口にムッとしながら、レスタトは胸を張って言った。

「僕とゴードンと、セリフィアとGは依頼を受けることにしました。戦士が二人参加してくれたので、ちょっとは余裕ができると思います。お二人にもできれば一緒に契約してほしいですが、無理にとは言いませんから……」

(ホントにコドモの中のコドモだねぇ、この坊ちゃんは……)

 ヴァイオラは呆れ返った。ラクリマもそうだが、彼女たちは「レスタトに協力するように」とそれぞれの神殿から命を受けてここにいるのだ。自分にしろラクリマにしろ、彼から「必要ですから協力してください」と言われなければ用がないことになろう。ラクリマは「院長に迷惑がかからないか」などと的はずれなことを言っているが、おそらく彼女もレスタトから「お願いします」と言ってもらえるのを待っているのだ。しかしこの坊ちゃんは素直に「お願いします」とは言いそうにない。他人に「お願い」ができないのか――。

 数瞬で考えをめぐらせたそのすぐあとで、ラクリマの台詞が聞こえた。半分、涙声だった。

「レスターさん、お困りなんでしょう? どうして『協力しろ』って言ってくださらないんですかっ……」

 この娘もお子さまのくせに時々ミョーなところで聡いなぁ、と、思いつつ、ヴァイオラは成り行きを見守ろうとした。レスタトは明らかに動揺したようだ。もごもご口ごもりながら、

「いや、ですから、そんな善意で協力してくださっている方を、僕のせいでこれ以上引き留めるわけには……」

 ゴンッ、と、いい音が響いた。空いた酒瓶でヴァイオラがレスタトの石頭を殴ったのだ。

「……あんた、何様のつもりだよ?」

 彼女は呆然とするレスタトに向かって、

「あんたが何をどう言おうが、最後に契約するかしないか決めるのはこっちだ。選択権は私らにあるんだよ。別に『レスタトのせい』で契約するわけじゃない。そんなふうに勝手に背負い込むのはやめるんだね。背負われるこっちが迷惑だ。私たちは私たちの判断で今後どうするか決めるんだから」

 ヴァイオラに畳みかけられ、レスタトはキョトンとした。彼女が何を言いたいのか、あまりよくわかっていなかった。

「でも、あなたがたは善意で協力してくださってたんでしょう? そんな善意の方に……」

「どうして『困ってるから協力して』って言ってくださらないんですか。『お願いします』って一言言ってくだされば、一緒に協力するのに…!!」

 そう、泣き泣き語るラクリマにつられるように、レスタトは言った。

「じゃ、じゃあ、お願いします」

「わかりました」ラクリマは泣きやもうとしながら言った。「それが御神託を実現することにもなるんですよね。それなら喜んで協力します」

「御神託……ええ、そうだと思います」

「とにかくだね」と、ヴァイオラはうんざりしながら説教した。「全部自分で背負うのはやめなさい。他の人間は他の人間で、自分でちゃんと考えて行動してるんだ。何かあったときに何でも『僕のせい』なんて傲慢に思いこむんじゃないよ。わかったかい?」

「はあ……わかりました……」

(全然わかってないな……)

 そう思ったヴァイオラの腕を、ラクリマがはっしと掴んだ。

「ヴァイオラさん〜、お願いです〜。一緒に契約してください〜」

「契約するよ」

 ヴァイオラはあっさり応じた。

「本当ですか〜!? ああ、ありがとうございます〜!」

 ラクリマはぽろぽろ泣きながら礼を言った。ヴァイオラは心の中で特大のため息をついた。

(しょうがないでしょう! だれかついてなきゃ、君ら、すぐにでも死にそうなんだもの。心配で放り出せないよ……!)



 明けて12月29日、一同は朝早くに村長宅を再訪し、契約する意向を伝えた。

「ああ、契約してくださいますか」

 本当に実の親子かと疑いたくなるほどの低姿勢で、ベルモートはニコニコ答えた。契約書を出してきて、「それではこちらにご署名をお願いします」

 それぞれ署名を済ませたが、セリフィアの強制労働があって、全員でこなしても3日はかかることを相談すると、「では契約は1月2日からですね」ということになった。

 一同はその足で強制労働へと向かった。セリフィア一人だと2週間かかるが、人数を増やせば日数を減らせるそうなので、全員でやっつけてしまおうと昨晩決めたのだ。係官の采配で、ヴァイオラ、ラクリマ、ゴードンは洗濯と掃除を、Gとセリフィア、レスタトは柵の修理を二日間やることになった。セリフィアとレスタトはさらに明日の夜中から明後日の朝まで、つまり12月30日の夜から新年1月1日の日の出まで、夜勤も担当する。正月朔日の朝日とともに解放してもらえるとのことだった。一同は各作業に自分なりに精を出し、強制労働を勤めあげた。もうすぐ新年が訪れようとしている。(きた)るべき試練の年が……。

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