1 暫くの暇
459年12月30日。
夕刻、セリフィアが負わされた強制労働を分担していたヴァイオラ、ラクリマ、ゴードンは、ノルマ分の労働を終えた。宿へ戻る途中、村の広場にかがり火を焚く薪が積まれているのが目に入った。
「年越しの夜ですね。私、外で年越しするの、初めてです」
ラクリマは続けて、神殿に賛美歌を歌いに行くつもりだと告げた。
「じゃあ、私らは広場で何かやろうか」
「いいぜ、姉ちゃん」
ヴァイオラとゴードンは何か示し合わせたようだった。
この3人とは別なところで働いていたGも、ノルマを終えた。一緒に働いていたセリフィアとレスタトを残し、宿に戻った。
外はもう賑わいはじめていた。Gはちょっとため息をついて、寒くないように身支度すると、一人で宿を出て、こっそりと村外れに抜け出した。喧騒を聞いていたくなかった。手ごろな木の根を見つけて座り込んだ。ぼんやりと周りの景色を眺め、そのまま風景の中に溶け込んだ。
ラクリマは神殿で神官スピットに会い、聖歌でも賛美歌でも歌うなら参加したいとその場で申し出た。
「ミサは簡単なもので、歌は入らないんです」スピットは言った。「でも、もしよかったら広場で賛美歌を歌ってもらえませんか。きっと村の皆さんが喜びますよ」
スピットの言葉どおり、ラクリマは夜2時間ほど賛美歌を歌った。こんなに雑然としたところで歌うのは初めてだったが、歌うのは好きなので苦にならなかった。歌いながら、かがり火って暖かいな、と、ずっと温もりを感じていた。それはあるいは人びとの温もりなのかもしれなかった。
ヴァイオラはゴードンといっしょに投げナイフの曲芸を披露した。実はゴードンに、自分でシールド〔盾〕の呪文をかけさせたのだ。これならナイフはほとんど当たらない。他に芸人がだれもいないこともあって、ナイフ投げの周りは黒山の人だかりだった。二人はついでにちょっとした手業も披露した。あちこちからおひねりが飛んできて、あとで合計したら金貨三枚以上の稼ぎがあった。神殿で托鉢するよりよっぽど効率がいいようだ。
広場の反対側では、ヘレンとマルガリータが踊っていた。もう一人、初めて見る顔の娘が歌を歌っている。大掛かりな祭りではないが、村人は楽しそうだった。
レスタト、セリフィアはずっと夜警をして過ごした。向こうのほうから楽しそうな声や物音が聞こえてくるのに、じっと背を向けて立っていた。途中でスマックが酒の差し入れにきたが、セリフィアは酒が苦手なので丁重にお断り申し上げた。
(年が明けるのか……)
レスタトは無言の友人の隣で感慨に耽った。警備は何事もなく終わり、初日の出を迎えた。
460年1月1日。
早朝、ゴードンは朝日のあがる空を見上げていた。その瞳は、遠くを見つめていた。
「おいら、行かなくっちゃ」
そう独り言を呟くと、広げていた荷物をまとめ、一人静かに旅支度を調えた。
「みんな元気にしてる?」
陽もすっかり昇りきってから起き出した仲間たちに、彼はそう挨拶して回った。皆は訳もわからず曖昧に返事していた。彼らがその言葉の意味を知るのは、少しあとのことだった。
バラバラに年を越した一同も、朝食で顔をそろえた。レスタトやセリフィアもお役ご免で、これで強制労働はすっかり片が付いたわけだった。
「そういえば、ジーさん、顔を見なかったけど、どこへ行ってたの?」
ヴァイオラがGに尋ねると、Gは村外れに避難していたと答えた。
「母さんが死んだとき、ちょうどこんな感じでざわざわしていたんです。お祭りの喧騒は母さんが死んだことを思い出して辛いから……」
そう言って言葉を濁した。「母さん」が死んだ――処刑されたときと同じ喧噪だったから。
「そうか……。でもね、ジーさん、そこで逃げたらだめだよ」
ヴァイオラはGに言った。
「ちゃんと立ち向かわなきゃ。といっても、あんまり無理してもしょうがないけどね」
「はい」いつもの元気はどこへやら、Gは情けない声で返事した。
「あの…ゴードンさんはどこでしょう?」
ラクリマが口を開いた。そういえばゴードンがいない。他のときならともかく、食事時に彼がいないのは妙だった。
「坊ちゃん、ゴードンは?」
「さあ? どこかその辺にいるんじゃないですか?」
レスタトはまるで意に介さず、ゴードンの行方などには興味がないというように答えた。
「そんな……だって、朝ご飯に来ないなんて……」
「わかりました」と、レスタトはため息をついて立ちあがった。「ちょっと探してきましょう」レスタトが立ちあがるのを見て、ラクリマも「レスターさん、心配だから私も…」と後を追った。
二人は宿の近辺を探してみたが、ゴードンはどこにもいなかった。何の気なしに村の入り口まで足を伸ばし、ふと、思いついて、詰め所に立ち寄ってみた。
「ゴードンを見ませんでしたか?」
警備兵は見たといった。大きな荷物を抱えて出ていった、と。
「出ていった!?」
レスタトは慌てた。「出てったって、どこから?」「セロ村からに決まってるだろう」
そこへ按配よく、雑貨屋のトムJrが現れた。つかつかとレスタトのところへやってきて、「食糧1週間分45gp、支払ってくれ」と請求書を差し出した。
「なんですか、これ?」
「お前さんのところの小さいやつが、ツケで買い物してったんだ。だからその請求。さぁ、払ってくれ」
ゴードンは本当にいなくなってしまったようだった。
レスタトは混乱する頭でトムに金貨を45枚支払い、ふらふらと詰め所を出ていった。
「たいへん…!」
ラクリマは、ゴードンの話をしに宿屋へ駆け戻った。
一方、宿ではヴァイオラが主のガギーソンにゴードンのことを尋ねていた。彼によれば、ゴードンはごく自然に出立の支度をし、「元気でね」と言って出ていったとのことだった。
「皆さんもあとから一緒に出て行かれるのだと思ったので、特にお止めしなかったんです」
「………本当に出てっちゃったみたいだな」
ヴァイオラがつぶやいたところへ、ラクリマが音を立てて入ってきた。
「たいへんです! ゴードンさん、村を出てっちゃいました!」
やっぱり、と、座っていた3人は顔を見合わせた。Gがため息をついた。
「レスタトさんがあんなだから、愛想尽かしちゃったんですよ、きっと」
そのレスタトは、呆然としたまま、だれかの歌声につられて川辺に足を向けていた。
川辺には髪の長い娘がひとり、美しい声で歌を歌っていた。
私は鳥 空高く飛ぶ鳥
私は鳥 羽根をなくしてしまった鳥
私は探している あなたのことを
私は探している 私の羽根を
私はいつまでも見ている 空高くから
ずっとずっと見ている あなたのことを
私の羽根が見つかるその日まで
歌声が止んで、
「だから羽をなくしちゃったんです。探してくれますか?」
娘はいつのまにかレスタトの目の前にきていた。
「えっ…?」
レスタトがへどもどしているところへ、警備の人間がやってきた。
「よう、リール、今日もいい声だな」
「ありがと」
リールと呼ばれたその娘は、舌足らずな感じで返事した。それからわらべうたを歌いだした。見た目は20才を超えているようなのに、その様はまるで6〜7才の子供だった。レスタトはそれを見ながら警備の村人に尋ねた。「彼女は?」
「リールさ」
「いつもああなんですか?」
「いつもあんな調子だ。今日は機嫌がいい。歌を聴いてくれるお客がいたからだろうな」
客とはレスタトのことらしかった。さらに尋ねたところ、彼女がこうであるのは生まれたときからで、両親は彼女に絶望してセロ村を出ていったという話だった。レスタトはそれをぼんやり聞いて、しばらくリールを見ていたが、やがて宿に戻った。
「あ、レスターさん」
「ゴードンはどうするの?」
宿へ帰ると皆が聞いてきた。
レスタトは冷めた朝食の前に座った。
「ゴードンが自分で決めたことだから、仕方ありません。あとは追いませんよ。だいたいあいつ、こうと決めたらてこでも動かないんだから」
そういって食べ物を口に運んだが、美味しいとはお世辞にもいえなかった。おがくずを詰め込んでいるような気がした。それが料理の腕のまずさ故なのか、他の理由からなのかは、彼にはわからなかった。
一同はレスタトを取り巻いて見ていた。一番ゴードンと親しい、ゴードンをわかっているレスタトが「追わない」と言ったのだ。黙ってそれに倣うことにした。




