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間奏 葛折り

 ヴァイオラはカインにこれまでの経緯をひととおり語り終えた。カインはひたすら耳を傾け、話が始まる前のように床を叩いたり腕を振り回すようなこともなければ、茶々を入れるようなことも一切しなかった。

 ようやく細々した断片が頭の中で繋がったようだと彼は思った。ここにいる人びとがなぜレスタトという故人に生き写しの自分を持て余していたのか、なぜラクリマひとりが過剰反応を示すのか──実はこの話の間も彼女がこちらを見ないようにしていることに彼は気づいていた──、そしてどのように深くハイブと係わり合っているのか……。

(繋がった)

 カインの納得した顔を、ヴァイオラも、他の皆も静かに見ていた。

「ついでだからここで話してしまうけれど」

 ヴァイオラは全員に向かって注意を促し、断りを入れるようにして話しだした。


 まず第一点。

 現在ユートピア教の手先は神殿内部だけでなく、様々な場所に深く食い込んでいるらしい。今後、行く先々で自分たちの活動を監視されることは必須である。それを逆手にとって「少々偽装するのでよろしく支援をお願いしたい」とヴァイオラは言った。

 偽装の内容は、「使うだけ使っておいて、用済みになるとポイ捨てする各神殿上層部に不満を募らせたヴァイオラは、セロ村での信頼を勝ち得たことに気をよくし、クダヒの召還命令を無視。現世利益を求め、セロ村を手中に収めるべく活動を開始した」というものだった。要はクダヒからの召還命令に従わない理由付けである。

「構わんが…ボソッとだれに言うとはなく不満を述べてみるとかすればいいのかな?」

 そう言ったのはセリフィアだった。ラクリマは話を聞いてやや考え込んで後、軽く笑って次のように述べた。

「わかりました。じゃあ、私はだれかに聞かれたら『ヴァイオラさんが聖職者の道から外れようとしている』と嘆くことにします」

 ヴァイオラは二人に向かって言った。

「あまりやりすぎるとマズイけどね。思わず漏れたという感じでお願い」

「他の皆さんは、ヴァイオラさんを応援する振りをされては? そのほうが『なぜまだ一緒にいるのか』って聞かれても困らないでしょう?」

 ラクリマがそう言うのに、Gが呼応した。

「…実際ヴァーさんにそうされたとしても、多分……止めたりしないだろうからなぁ。私はせいぜい自然に反応させてもらおう」

 それから、カイン。

「ならば俺はその『話』に乗ろう。拠点は欲しいし、ハイブとも戦える。そういった話は『フィルシムじゃ珍しい話じゃない』から、奇異な行動でもないはずだ」

 最後に、アルトが一言、「わかりました」と簡潔に答えた。ただ、その心中は(うまく話を合わせられるかなぁ……)とかなり不安になっていたが。


 第二点。

 ヴァイオラは、これから3年の期限でセロ村のアドバイザーを引き受けているが、それとは別に故・村長から個人的に依頼を受けていることがあると前置きして告げた。「内容はここでは言えないが大切なことなので、私に何かあった場合はキャスリーン婆さんかヘルモーク氏に必ず連絡をお願いしたい」

「わかった……が、3年…か、長いな」Gは半ば独り言のように反応した。それからふっとヴァイオラに顔を向け、「その間ずっとセロ村にいなければならないわけではないんだろう?」と尋ねた。

「そんなことはないと思う」

「そうか」

 それで話は終わった。


 第三点。

 ヴァイオラは魔法の薬を取り出し、一人に一瓶ずつ配った。それからそれが虫除け薬バグリペラントポーションであり、飲用した者はハイブから居場所を気づかれにくくなるという効果を伝え、いざというときに使うように、全員に言い含めた。

 この間、アルトはずっと神妙に耳を傾けていた。今のところは、自分が魔導技能を使えることを言わないでもいいだろうと思って、ひたすら聞き役に回っていた。



「なあ、『審判』って知ってるか?」

 ヴァイオラの長い話のあとで、出し抜けにGが発言した。ヘルモークはのらりくらりと答えた。「知ってるよ」

「ヘルモーク、知ってることを話せ」

 Gはヘルモークに詰め寄ったが、敵もさるもの、すいと身を引いて「やだよ」と言った。

「話したら僕が『審判』に関わっちゃうじゃないか」

「ふざけんな!」

 怒鳴るGを見つめたあとで、ヘルモークは口を開いた。

「…性格、変わったな。自分を取り戻し始めたのかい? 前のほうがかわいかったのになぁ」

「ほっとけ。だいたい記憶を取り戻せって言ったの、お前じゃないか!」

「まぁでも、今のほうが生き残りそうだ」

 二人が仲良く喋っているところに、セリフィアが割って入った。

「G、『審判』ってなんだ? よかったら俺たちにも話してくれないか」

 Gはばつが悪そうな顔をした。

「私も何だかよくわからないんだ。断片的で…どういったらいいかもわからない。それに、ヘルモークじゃないけど、話したら係わり合いになってしまうだろうし……」

 みんなを巻き込みたくないんだ、と、Gは言った。

「ジーさん。みんなもう係わり合ってるんだよ」

 ヴァイオラがそれに応えて言った。

「レスタトの神託に関わったときから、ジーさんを拾ったときから、みんな当事者なんだよ。今さら遠慮することはないから、話してごらん」

 Gはそれでも何やら逡巡しているようだった。小声でぶつぶつと「でも…本当にわけのわからない夢なんだ…もっと意味のあるものだったら……本当はもっと自分のことを思い出してからにしたほうが……」などと言うのが切れ切れに聞こえた。

「Gさん」

 ラクリマがGに話しかけた。

「自分のことって、自分で思うほどにはわかっていないものです。Gさんだけじゃなくて、みんなそうなんです。だから、記憶がないとか、そういう引け目は感じなくていいんです。今、Gさんが抱えているものを教えてください」

 Gは皆を見回した。アルトもカインも自分の発言を待っている。セリフィアが肯くのが見えた。

「わかった。話すよ。…ヘンな夢の話なんだ」

 Gは話し始めた。



 ひと月前の満月のあと、夜中じゅう絶えず意味を成さないだれかの言葉が聞こえていた。ところが、その日、聞こえてきた『声』は心地よい『声』だった。どこかで聞いたことのある…懐かしい響きだった。

 夢の中で、二人のひとが会話しているようだった。一人はどうやらGの身を案じ、記憶もない彼女には重すぎる任務ではないかと語った。もう一人はずっと年かさのひとのようで、それをなだめながら「すべては神の御心じゃて。『審判』さえもな」と言ったという。

 そして、つい最近の満月の夜に見た夢はたぶん……「自分に昔あったことだろう」とGは前置きして、先日、ヴァイオラに語ったと同じ内容を話しだした。

 夢の中で、彼女は雲の下の世界を見ていた。

 それは未成年には禁止されていることだったが、わけあって──Gは微妙に言葉を濁した──常習犯だった。

「本当にお前は『下』を見るのが好きだなぁ。でも見つかるなよ。一応禁止されてんだからな」

 そう言って、友だち…やはり未成年の鷹人が飛んできた。彼は「族長がお呼びだぜ。一体なんだろうな。お前、何かしたか」と言った。どうやら彼にも呼び出しの内容はわからないらしい。

 雲の神殿に向かう途中、ついてきた彼はこんな話をした。

「なあ、『にんぎょひめ』の話、聞いたことがあるか? 声と引き替えに地上に降り立ち、最後に泡になって消えていく、あの話だ。あれって、本当にあった話なんだぜ。しかも、『にんぎょ』じゃなくて、禁を破ったホークマンの話だって…」

 これは今考えると、ヘルモークが言っていたことと同じだ。

 ちなみに、自分はそんな忠告めいた話を持ち出してきたのに辟易して「だからなんだ」と、話の腰を折って加速したので、どういうことなのか、とか、彼がその話を持ち出した真相はわからない。



 語り終えて、Gは苦笑しながら言った。

「ほら、さっぱりわけがわからんが…事が重大そうだろう? 私だけで済むことなら……それで良かったんだ。だけど……ヘルモークが『審判』を知っているようじゃ、確かに私を拾ったときにもう巻き込まれているのかも知れない」

 そう言ってから、ハッと気づいてヘルモークに毒づいた。

「って、みんなに拾われる位置にわざわざ置いたの、ヘルモークじゃないか!!」

 ヘルモークはそ知らぬ顔で受け流した。その横で、

「Gさん、『審判』がもし神の審判なら、この世界の住人で関わりのないひとはいないはずです。だから、Gさんひとりで負おうとしないでください」

と、ラクリマがぼろぼろと泣きながら口にした。セリフィアも続けて言った。

「確かにわけわからんが重大そうだな。まあ、でも一人で背負うよりだれかと一緒に背負ったほうが楽だろ?」

 Gは泣いているラクリマに微笑みかけながら、

「わかった。神託とどっこいの訳のわからん夢だが、また見たら聞いてもらうことにするよ。…ありがとう」

 彼女はセリフィアのほうを見て、再び微笑んだ。直後にヴァイオラと目が合ったので、軽く会釈した。

 そのあとでぼんやりと口にした。

「でも…何年かかるんだ、一体……」

「3年はもらったんだろ?」

 Gはヘルモークを軽く睨んだ。



「レイビルさん、ご病気でしょうか。私、ちょっと見てきていいですか」

 話が終わったところでラクリマは立ち上がった。ちらっとGを見たようだった。

 Gはその視線に気づいて、早ばや腰を浮かせ、剣を持って外に出ようとした。

「ラクリマさん、一緒に行こう」

 ラクリマは嬉しそうな表情になった。Gも微笑んで、それから扉を開けてやった。

「ああ、私も行くよ」

 ヴァイオラが最後に腰を上げた。アンデッド事件のことは、非常にひっかかりがあって、直接レイビルに話を聞きたいと思っていたところだったのだ。

 カインはラクリマにふと目をやったが、そのまま彼女がGとヴァイオラと連れ立って出て行くのを黙って見届けた。扉が閉まり、3人の足音が遠ざかった。

 少しの間、部屋には沈黙が流れた。

「これから色々と頼む」

 カインはセリフィアに向き直ると、軽く頭を下げた。一瞬黙ってから、また続けた。

「俺には知らないことが多い。この村のこと、アンタたちのこと。アンタたちも俺を知らない。俺は俺で、死人じゃないから。これから先のためにも仲良くしたいと思う。だから、よろしくお願いする」

 訥々と喋ったあとで、もう一度、さっきより深く頭を下げた。

「こちらこそよろしくな」

 セリフィアは握手を求めた。

「…ありがとう」

 カインは差し出された手を強く握った。二人の横で、アルトは相変わらずものも言わずに本を読んでいた。



 ガギーソンにレイビルの家がどこにあるか聞いて、3人は扉の前までやってきた。ラクリマは扉をノックし、「お加減いかがですか」とおとないを入れた。

 扉の近くにいたGとラクリマの耳に、レイビルと、その奥方とおぼしき人物の会話がかすかに聞こえてきた。

「心配してきてくれたんですから、そう邪険にしなくても……」

「うるさい、何も知らないくせに口を挟むな。大体よそ者に何がわかる。厄介事ばかり持ち込んできて……」

 そのあとで、ドアも開けずに「帰れ」と言い放つレイビルの声がした。

(蹴破って押し入ろうか)

 何かあってからでは遅いんだ。そう思ってGはいつでも扉にアタックできるよう、身構えた。ラクリマの声が聞こえた。

「レイビルさん、お願いです、開けてください。お怒りになっても構いません。どうか診察だけでもさせてください。みんな心配してるんです。あ、あの、何かあっても患者さんの秘密は必ず守りますから」

 ラクリマは、レイビルが人前に出にくい病か怪我を被ったものと思いこんでいた。その真偽はともかく、彼女の言葉は彼に何も影響を与えなかったようだ。レイビルはドタドタとわざと聞こえるように足音を大きく立てながら、奥へ下がっていった。

 しばし、静寂の刻が流れた。

(…蹴破るか)

 Gがそう思った瞬間、ラクリマがまた口を開いた。

「開けていただけるまでここでお待ちします」

 Gはちょっと肩をすくめたあとで、「まぁ、それもいいんじゃないか」と、ドアを蹴破るのは止めた。その辺の適当なところに腰掛け、ヴァイオラのほうを見上げた。

「村の掟では夜間は外出禁止だったか? まぁ、静かにしてればいいだろう」

 尋ねるというよりも、自分で納得するように、特に問題にはしていないような口振りでGは言った。

(…これは今日は無理だな)

 そう判断したヴァイオラは、自分は別のところへ行くことに決めた。

「ああいう親父は押すだけだと頑なになるよ」

 そばの二人にしか聞こえない程度の声で忠告し、自分は別のところに回ることを告げた。「ほどほどにね」と肩越しに手を振って去っていった。

 静かに待つこと1時間、さすがに二人ももう帰ろうかという頃、中から奥方だろう女性が遠慮がちに声をかけてきた。

「すいません。せっかく来ていただいたのに。あの人はああいう性格ですので、今日のところはお引き取り願えますか?」

 Gは、それを聞いて答えた。

「私たちは本当に心配しているだけなんだ。…ただの風邪なら養生するように旦那さんに言ってくれ。ただ、少しでも何か気になることがあったりしたら…切羽詰まる前に知らせてくれ。できれば力になりたいからな」

 それから彼女はラクリマを見た。「ラクリマさんはどうする?」という風に。

 ラクリマも屋内の人物に答えて言った。

「こちらこそ夜分遅くに申し訳ありませんでした。Gさんの言うとおり、どうしても心配で……。あの、もし何か困ったら、夜中でも朝でも構いませんからいつでも呼びに来てください。女神亭の離れにいますから。どうぞお体お大切に。早く元気になってくださいね」

 それだけ言うと、Gを振り向いて「ありがとう。戻りましょうか」と声をかけた。

 二人で歩きながら、少し肌寒い感じがして、ラクリマは(Gさんに寒い思いをさせちゃったな)と反省した。それでGに、

「…体が冷え切っちゃいましたね。帰る前に酒場をのぞいて、温かいものがもらえないか聞いてみましょうよ」

と、申し出た。

 Gはつと立ち止まり、ぺたっ、と、ラクリマの頬を触った。

「…本当だ、冷たくなってる」

 G自身はここへ来る前は高山に囲まれたガラナークに澄んでいたので、あまり寒いという気がしていなかった。

「そうしよう、風邪でも引いたら大変だ」

 Gはにっこり笑って、ラクリマの手を引いて「森の女神」亭に向かった。

 二人は「女神」亭でお茶をもらった。2杯で1銀貨(sp)したが、それはお茶代というよりお湯代と思った方がよいようだった。あまり品質のよいお茶ではなく、それをいただきながらラクリマは「……今度から、パシエンスのカミツレ茶を携帯しよう」と考えていた。フィルシムに戻ったら、分けてもらおう。いつでも美味しいお茶が飲めるように。みんなにも美味しいお茶を飲んでもらえるように。

 お茶を飲み干したGは、ラクリマに尋ねた。

「…ラクリマさん、パシエンスの彼女……サラ、さんは、どのくらいのレベルの奇跡を行使できるんだ? …たとえば、灰になった人間を生き返らせるような大技は使えるんだろうか?」

 が、これは逆に聞き返されてしまった。

「は、灰!? 灰から生き返らせるんですか!?」

 ラクリマは本心から驚いているようだった。ちょっと考えるようにしてから、彼女はGに答えた。

「えっと……たぶんサラには…使えないと思います。死人をよみがえらせるなんて見たことないし……ごめんなさい」

「あ・うん…ごめん、聞いてみただけなんだ」

 Gはちょっと困って話を流した。それから「戻ろうか」と言って先に立ち上がり、ラクリマに手を貸して立たせてやった。



 娘たち二人をレイビル宅の前に残し、ヴァイオラはいったん「森の女神」亭へ戻った。宿の若主人ガギーソンから1金貨(gp)の酒を買い、ツェット=ゼーンのところへ赴いた。

 ツェット=ゼーン、通称ツェット爺さんは、足の悪い木こりだが、実はセロ村における盗賊ギルドの役目を担っていた。ヴァイオラも含めた一般の人間にはわからないのだが、彼の家の扉の木目がシーフの符丁になっており、それで村を訪れる盗賊たちにギルドの場所を教えているわけだった。ヴァイオラが彼の生業を知っているのは、特別にロッツから紹介されていたからだ。

「こんばんは」

 ヴァイオラは片手に酒瓶を提げたまま、扉を叩いた。

 程なくしてツェット爺さんが足を引きずりながら姿を現した。

「こんな爺に何の用かね」

 言いながらも中に入るよう促した。時間外の訪問客には慣れっこなのだろう、特に驚いたような素振りもみせない。逆に、早々に用件を聞きたそうな気配があった。

「久しぶりに一杯どうかと思って」

 ヴァイオラは酒瓶を軽く持ち上げてみせた。ツェット爺さんは「ふん」と鼻を鳴らした。それから棚からゴブレット2つを取り出すと、ヴァイオラの目の前に無言で置いた。

 ヴァイオラは酒を注いだ。自分も飲みながらしんみりと、村長の話、村の話をしたあとで、話のついでのようにジールという娘の行方を聞いた。ジールとは、先だって、パシエンス修道院の僧侶サラに「セロ村で消息を耳にしたら教えてください」と頼まれた相手だった。

 ツェット爺さんは、ヴァイオラが何を聞きたいか素早く察知したらしく、

「ジールか。3年前に母親が死んで、フィルシムに向かったことは知っているが、その後はどうしたものかな。まあ女一人で生きて行くには、生き方は限られてくるがな」

と、答えた。

 そこへ、エリオット一味の盗賊、ギルティがやってきた。

 彼はヴァイオラの姿を目にして驚いたように声をかけてきた。

「最近の神官さんは、こんなところにも出入りするんで?」

 ヴァイオラは「?」と怪訝そうな顔で「こんなところ?」とツェット爺さんの顔を仰ぎ見た。飲み仲間として通せるならそのまま通そうという魂胆だった。

 そのツェット爺さんは客が増えて不機嫌そうにしている。

「またまたとぼけちゃって。爺さんの足の具合でも見に来たんですかい、こんな夜中に」

 ギルティはへらへらと、「夜中」を強調しながらヴァイオラを探るように見た。

「で、具合はどうなんだい」

 ギルティは取ってつけたようにツェット爺さんに向き直った。すでに癖になっているのか、始終揉み手をしながらへりくだった様子でいるが、その実、相手を見下している態度がありありと見て取れた。

 ツェット爺さんはヴァイオラとギルティが話し始めたのを見て、

「こんなところで始めるんなら、余所でやれ」

と、二人とも追い出してしまった。

(ジールのことは結局わからない、か……)

 ヴァイオラは最後に「女神」亭の1階に入り、ガギーソンにもジールのことを聞いてみた。だがガギーソンも「フィルシムへ向かった」ことまでしか知らなかった。



 Gとラクリマが離れの部屋に入るなり、声がかかった。

「二人とも大分遅かったな」

 セリフィアだった。アルトやロッツはもう寝てしまっていた。

「もう少し待って戻ってこなかったら迎えにいこうと思ってたところだったよ。よかった、無事で。じゃあ、俺も寝るよ」

「あ…うん」

 Gはそれだけしか言えなかった。

 ラクリマは「ごめんなさい、心配かけて」と言ったあと、女性用の区画に何かを取りに入っていったようだった。

 セリフィアはGにさりげなさを装いながら、今一度話しかけた。

「ああ、そういえば俺、両親のどちらかが獣人なんだって。何の獣人かはよくわからないんだけど」

「わぁ、じゃあ、私と半分おそろいなんですね~!!」

 Gは大喜びでセリフィアの手を取り、ぶんぶんと振り回した。

 はっ、と、止まって、

「いや…す、すまない。個人的には喜ばしいのだが…勝手に大喜びするのはよくないな」

と、恥ずかしさにやや顔を赤らめた。それから少し真面目な顔つきになって話を続けた。

「そうか…銀などの問題がなければいいな。もし月の影響などに弊害があるようならラクリマさんに薬草のこととか…相談するのをすすめる。…あ…もう相談したか?」

 セリフィアは軽く笑った。満月期でもないのに、明るい声ではっきりと言った。

「俺もちょっとうれしい。半分だけでもおそろいだったことも、喜んでくれたことも。銀については特に何ともないし、月も大した影響ないから大丈夫だと思うよ」


(半獣人で影響を受ける……聞いたことがないな…)

 ちらりと思ったが、Gは何も言わないでおいた。



 ヴァイオラが最後だった。

 離れに戻ったとき、ラクリマ以外は全員眠りについていた。

「起きてたの」

 よかった、と、思いながらヴァイオラは彼女に話しかけた。

「はい。でももう寝ますね。明日また早く起きるので…朝、うるさくしたらごめんなさい」

 ラクリマは、明らかにヴァイオラを待っていたのだろうが、そのことには触れずに寝床へ向かおうとした。

「待って。寝る前に頼みたいことがあるの」

 ヴァイオラはそう言って彼女を引き留めた。ラクリマは振り向いて戻ってきた。

「何ですか?」

「この先、村の中で起こるだろう衝突を回避するためにも、大まかな人となりをつかんでおきたいの。協力してくれる?」

 ヴァイオラの要請は、現在セロ村に滞在している冒険者パーティの構成員にノウアライメント〔性格看破〕をかけ、それぞれのアライメント(傾向)を知りたいというものだった。その呪文の行使を手伝ってほしいというのだ。

「…わかりました。どなたにかければいいんですか」

「まずバーナード。あとは呪文使いを把握しておきたいから、スコル、カウリー、ダルヴァッシュと…アナスターシャだったかな。あと、レイとバグレス。それに余力があれば、村長候補者3人」

 ラクリマはヴァイオラの言葉に耳を澄ませながら、ひとりひとり頭に刻んでいっているようだったが、やがて口を開いて言った。

「ジャロスさんはやらなくていいんですか?」

 どうしてそこにジャロスが、と、ヴァイオラは訝しんだ。

「なんで?」

「え、だって…バーナードさんのお仲間だから…」

「バーナードの仲間だって全員やるとは言ってないよ? ……何かあったの?」

「……いいえ、何も」

 微妙な間が空いて、これは何かあったな、と、ヴァイオラは瞬時に判断した。

「ラッキー」

 彼女はにこにことラクリマの肩に手をかけた。

「何か私に言うことはなぁい?」

「えっ…」

 ラクリマは明らかに動揺しながら、「あ、ありません」と答えて寄越した。

「ほんとかな~? ジャロスと何かあったんでしょう~?」

「な、何もありません。ほんとです」

「ん~……まぁ今じゃなくてもいいけど、私にはちゃんと話そうね。彼と何があったのか…」

 ヴァイオラを遮って、ラクリマは小さく叫んだ。

「だめです! 約束したんです、だれにも言わないって!」

 言ってしまってから口を押さえたが、遅かった。ヴァイオラは相変わらずにこにことしながら、数秒で考えを巡らし、羊皮紙を1枚取り出してラクリマに渡した。

「………?」

「それに何があったか書いておいて」

「だっ、だめです、だって約束が…!」

「大丈夫、『言う』わけじゃない、『書く』だけだから」

 ラクリマは天を仰いだ。これは、神に仕える者として避けるべきことではなかったでしょうか、主よ……。だが結局は諦めたようだった。

「…あの、今すぐじゃなくていいですか」

 そう言って羊皮紙を手に取り、「お預かりします」と力なくしまいこんだ。

 ショートランド暦460年、2月27日の、宵のことだった。

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