表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/73

10 2月の静かな夜

 ヴァイオラは宿の大部屋に戻る前に、宿の1階に顔を出した。思った通り、バーナードたちがそこにいた。

「よう、帰ったか」

 真っ先にジャロスが声をかけてきた。

「留守中、ありがとうございました」

 ヴァイオラは丁寧に礼を述べた。

「気にするな。あとでまた飲まないか。綺麗な女性を見ながら酒を飲むのは最高の幸せだからな」

 ジャロスは相変わらずつるつると麗句を並べ立てた。ヴァイオラの後ろでラクリマは、彼が夜中に梟を飛ばしていたことを、その顔を見て思い出していた。

「お初にお目にかかります」

 ヴァイオラたちが戸口に向かおうとしたところ、見知らぬ4人組のテーブルから僧侶風の男が立ち上がって挨拶した。ははぁ、これがガルモート一派だな、と、ヴァイオラは推察した。僧侶はにこにこと笑みを湛えながら、

「リーダーのガルモートとともに参りましたエオリス正教のカウリー=ルーヴァンと申します」

 そう自己紹介している向こうで、戦士風の男が「きれいなべっぴんさんが増えてうれしいなー」と声をあげた。軽そうな男だ、と、ヴァイオラは思った。グレーヴス=クローニンという名はあとで知った。

「私はバグレス=クリフォード。あなたは?」

 魔術師風の男が立ち上がって自己紹介した。ヴァイオラは簡単に「私はヴァイオラ、こちらはラクリマです」と返した。4人目の男は何も声を発しなかった。それがコヌア=ウエスザという名のシーフだと、これもあとで知ることになった。

 なるほど、村長の言ったとおり、とにかくあの僧侶が曲者のようだ。「女神」亭の酒場を出て、ヴァイオラは思い返した。目が一瞬も笑ってない。面倒そうな相手だった。




 夕食は、全員「森の木こり」亭で取った。ヴァイオラは本当は「森の女神」亭で取るのが慣わしなのだが、エステラたちが今回は「森の木こり」亭に宿を取ったので、初日はお相伴しようと、今晩は「木こり」亭で食事することにしたのだった。

 「木こり」亭にはエリオットたちも来ていた。

「エリオットさん、先ほどのお約束通り、あなたの冒険話を聞かせていただけませんか。私がいない間に、どんな勇敢な冒険をなさったのか」

 夕食が終わったころ、Gはにこやかにそう言って、エリオットの席に近づいた。

 タイミングよく、エリオットの隣に座っていたダルヴァッシュが席を離れたので、エリオットはその椅子を引き、Gを礼儀作法に則ってエスコートした。彼の手がGの手に触れ、肩に触れたが、Gは何も言わなかった。彼女の白い長い髪がふわりと靡いて、エリオットの目を捕らえた。

 アナスターシャとダルヴァッシュが一声かけて先に部屋に戻ったところで、エリオットは得意満面で話しだした。

「私の英雄談が聞きたいとは、なかなかよくできたお嬢さんではないか。そなたも、街に行って少しは成長したようですな。そなたのような麗しき女性が、そのような謙虚さと思慮深さを身につければそれは立派な婦人になれますよ。何なら、我がガラナークの未来ある青年を紹介してもいいくらいだ」

 エリオットは長々と前置きしてから、Gに聞かれるまま、エイトナイトカーニバルの迷宮での冒険について語ってきかせた。

 彼の話によれば、エイトナイトカーニバルの迷宮付近ではハイブには全く出会わなかったという。「私たちに恐れをなして出てこないのではないかな」と、エリオットは冗談を飛ばした(言っている本人は本気かもしれなかった)。


 エイトナイトカーニバルでは、最初のフロアで8つの試練を受け、そこで手に入れたアイテムを組み合わせて最後の試練に臨む。試練クリアで魔法の宝物を手に入れるが、リトライは不可能らしかった。というのも、次に入ろうとしても入り口が見つからないからだ。また、最後の試練は数パターンあるらしく(ただしそれも定かではない)、いくつかは未踏のはずとのことだった。

 もっと詳しい話を聞き出そうとしたが、ギルティがエリオットを止めたので、話はそこで途切れた。だがともあれ、彼らが迷宮内のお宝を洗いざらい手にしたわけではないらしいと確信したGは、頃合いと見て、

「あ、ごめんなさい……そんなことまで聞きたがるのは不作法でしたね…」

と、わざとしゅんとした様子になって話を打ち切った。

「エリオットさん、とても素晴らしいお話をうかがえて嬉しかったです……では、失礼いたしました」

 「もっと聞いていたかったな」という風情も露わに、Gは深々と頭をさげて元のテーブルに戻った。ちょうど、ギルティに話を止められたので仕方なく席を立った、というようなかたちになった。ギルティはエリオットから非難の声が飛んできそうなのを察して、アルバンにあとを頼むなり「では、ギルドに行ってきます」と足早に出ていってしまった。


 夕食を終えて「森の木こり」亭を出たちょうどそのとき、ベルモートが走ってきて「父が亡くなりました!」と小さく叫んだ。

「早く来てください」

 ヴァイオラにそう告げて、彼は別な方角へ走っていった。他の人びとに知らせにいったのだろう。ヴァイオラは仲間と別れて一人、村長宅へ向かった。悲しみに暮れている暇はない。残された課題は多かった。

 村長宅では、キャスリーンが村長の遺体に死化粧を施している最中だった。「聞いたかい。あんたが一番早かったね。ブリジッタもそろそろ来るだろう。一度家族のところに帰したからね。ガルモートは手配に行ってるよ」

 キャスリーンの言葉通り、それから徐々に人が集まり始めた。ブリジッタは、戻ってきたときは一人でなく、夫と子どもを同伴していた。

 村の重鎮が集まったところで、葬儀の段取りが決められた。葬儀は明日。式の執行は、バーナードの仲間のスコルが司ることになった。これに関しては、ガルモートが自分のところのカウリーを強硬に推そうとしたのだが、キャスリーンの鶴の一声で回避された。なお、喪主は立てず、「村葬」として行われることも遺言で決められていた。

(死後のことまでこんなに心配しなければならないなんて…)

 ヴァイオラは村長に同情した。せめて死ぬときは安らかであったように、と、今さらながらに祈った。

 ヘルモークもその場に来ていた。ヴァイオラは彼に近づき、「あとでお話しできますか」と小声で尋ねた。

「ああ……ゆっくり話す間もなくこんなことになっちまったな…」

 ヘルモークはいつもと違って、しんみりした調子で答えた。




 葬儀についてあらかた決まったところで、ヴァイオラはヘルモークとともにみんなのいる離れに帰ってきた。

「ヘルモークさん!」

「よう、久しぶり」

 ヘルモークは一同の顔を見回したあと、「また新顔か?」と、カインを指した。

「彼はカインさんです」

 アルトがカインを紹介するのに、ヘルモークは「俺はヘルモークだ。よろしくな」といつものように簡単に挨拶を済ませた。

「言っとくけど、こいつ、レスタトにそっくりだから」

 Gに言われてカインはまたかと思った。いくらそっくりだからって俺は死人じゃないのに。

「へえ……お前ら、よく平気だな?」

 ヘルモークの言葉を、ヴァイオラは「ええまあ」と軽く受け流した。本当は平気じゃないんだけど。

「ヘルモーク、留守中はどうだったんだ」

「そういえばみんな、ヴィセロ事件の話は聞いた?」

「ああ、俺たちはスマックから聞いたけど」

「なんですか、ヴィセロ事件って?」

 ラクリマだけ話を知らないようだったので、アルトがもう一度その事件の概要を浚った。聞き終わったラクリマの顔面は蒼白だった。

「それじゃアンデッド事件も聞きました?」

「なにそれ」

 アンデッド事件についてはヴァイオラも初耳だった。再びアルトは事件の概要を語った。

「ふ…ん。妙な話だね」

 ヴァイオラは聞き終わってそう言った。それからヘルモークのほうを向いて、「村人たちの評価を聞きたいんですが」と、頼んだ。ヘルモークはああと言って語りだした。


「バーナードたちはよく働いてくれた。村人の、彼らに対する評価はかなり高い。そうそう、収入面で村に貢献してるのは、エリオットたちだ」

 それを聞いて、みな失笑した。確かに、あの金離れのよさは村を潤しそうだった。

「ガルモートたちはまだ来て3、4日だ。ちょうどヴィセロ事件やアンデッド事件に当たって活躍しちまってなぁ」

 ヘルモークはちょっと顔をしかめた。

「あいつの組はみんな生まれが悪そうだ。いや、生まれが悪きゃ悪いってもんでもないんだが、なんていうのかなぁ……あの中では俺は僧侶のカウリーとかいう奴が一番キライだね」

 ヘルモークがだれかを「キライ」などとはっきり言うのを聞いたのは、皆、初めてだった。少し驚いて耳を澄ませていると、彼は続けて喋った。

「あそこのシーフも裏町の貧民街あがりだが……悪いことをやってきてる感じがするな。しかもその匂いをわざと消してないところがあって、それがまた鼻につくんだよなぁ」

 ヘルモークがガルモートたちをいずれも好ましく思っていないのは明白だった。彼は最後に「ガルモートはなぁ……まずい奴がまずいときに戻ってきたよ」と溜息をついた。

「それにしても珍しいですね」と、ヴァイオラが少し話の矛先を変えるように言った。「アドバイザーを引き受けるなんて。あんなに面倒なことは嫌がってたのに」

「しょうがないだろ」

 ヘルモークはもう一つ溜息をついた。

「この村には獣人が必要だし、獣人にとってもこの村は必要なんだ。俺がここで手を引いたら、パイプが切れちゃうからな」

「獣人にとってもセロ村が必要…?」

 ヘルモークは一同を見回した。

「…話しておくか。実は獣人の側にも今、問題が起きている」

 彼は思わぬことを喋りだした。


「問題は2つある。一つ目はセロ村を離れてしまったことだ。もう一つは、今いる村の近くにハイブコアが移動してきたらしくて、獣人にも被害が出始めちまった」

「虎族がハイブに…!?」

 驚きをよそに、ヘルモークは話し続けた。

「ハイブコアは、コアの場所があんたたちにわかっちまってハイブの側で危険を感じたんだろうな。それで移動したらしい。こういっちゃなんだが……あいつらは賢いよ。種族として『巣を移動させる』ってのは、かなり大きなリスクを伴うものなんだ。それをおしても移動するほうを選んだんだからな。あいつらは賢い」

 一同は静まり返った。

「新しいハイブコアの場所はわからないんですか」

 ヴァイオラが尋ねると、ヘルモークは首を横に振った。

「わからん」

「どうして虎族はセロ村に戻ってこないんだ?」

 ヘルモークはセリフィアに答えて言った。

「俺の口からは喋れないが、村を離れたについちゃダーガイムという族長の私見が大きい。離れることに関して、他の獣人たちはむしろ同情的だった。だがまぁ、ダーガイムも引っ込みがつかなくなっちまってるから」

「私見というのは?」

「そりゃあ、ダーガイム本人に聞いてくれ」

 俺の口からは言えないよ、と、ヘルモークは繰り返した。

「どうすれば村に戻れるんだ?」

「戻るには2つ条件がある。まず今言ったダーガイム、族長の問題をクリアしないと村には戻れない」

「もう一つは?」

 ヘルモークはGの顔をじっと見つめたようだった。

「もう一つは、獣人族全体に関わる問題だ」

「獣人族全体…?」

 ヘルモークはGの顔から目を離さないまま、「ヒミツは話した時点でヒミツじゃなくなるんだよな」と意味ありげなことを言った。Gは「ああ、もうヒミツじゃないんじゃないか」と答えた。

「…君たちがもし、獣人族を村に戻すことができたら、時の人になれるだろうな。村長の指名権も君たちのものだ」

 ヘルモークはそれだけ言って口をつぐんだ。それっきり、待てども口を開かないので、ヴァイオラは別な話題をみんなに投げかけた。

「実はこれから私たちはスルフト村へ行かなければならないんだ」

「どうして?」

「今日、村長に届けた手紙に、猟師を移民させるから、スルフト村まで迎えに来て欲しいと書かれていたんだ。その役目を村長に頼まれたので、みんなには悪いけど引き受けさせてもらった」

「今、セロ村を空けて、大丈夫なんですか?」

 ラクリマが尋ねた。Gもあとを継いで聞き返した。

「他の奴らに頼めないのか?」

「バーナードのところにはブリジッタがいる。ブリジッタは村長候補だから、私よりも村を空けられないんだ。ヘルモークさんも言ってたけど、ガルモートの一団は信用できないし……エリオットたちに頼めると思う?」

 みな、顔を見合わせ、首を横に振った。

「だからもう一度フィルシムに戻って、スルフト村へ行くことになる。いいね?」

 一同は素直に肯いた。

「俺はごめんだ」

 カインの言葉に皆、一斉に振り向いた。

「あんたたちは事情を知ってるからそうやって鵜呑みにするが、俺は何もわからない。説明も相談もなく勝手にそんなことを決められてたまるかっ!!」

「カ、カインさん…」

 アルトがおろおろと抑えようとするのを振りきって立ち上がると、カインは得物を手に、床をガンガン叩いた。

「わからない、わからない、わからない!! もうたくさんだ!! 俺には何がなんだかさっぱりだ!!」

 カインは覆面を引き剥がして喚いた。レスタトに瓜二つの顔が、まるごと顕わになった。ヘルモークはその顔を見返して「へえ」と呟いた。ラクリマは思わず顔を背けていた。

「説明してくれよ、説明を!! 最初からわかるように説明してくれよ!!」

 カインはさらに拳をブンブン振り回しながら喚いた。まるで子どもがだだをこねるように。

「まあまあ落ち着いて、ボーヤ。ちゃんと説明してあげるから」

 ヴァイオラは思わず笑みがこぼれるのを止められなかった。

 ああ、カインだ。ここにいるのはカインだ。

 だから私は彼をボーヤと呼んだ。

 いつの間にかヴァイオラの中で明確に、レスタトとは別人であるという線引きがなされていた。ようやくカインのことを個人として、仲間として認められたと、ヴァイオラは自分の中に確信を得ていた。そのカインの怒鳴り声が聞こえた。

「説明してくれるんだな!?」

「最初から説明するよ。まあお座り」

 ヴァイオラはそう言って語りだした。レスタトの神託から話は始まった。彼らの長くて短い道のりを、この2月の静かな夜に、カインはようやく知ることができたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ