04 さいごの手紙
「さて、ファルコのお腹も満ちてきたようですし、そろそろ謎解きの結果を見せてくださいませ」
アロエットは頃合いを見てファルコに声をかけた。
ファルコは、懐から手紙と地図を取り出すと、明かりに透かすように地図の上に手紙を重ね合わせた。手紙に記された点を、地図上の現在地と教会、それぞれの位置と合わせるとピタリと重なる。そして、導き出した答えの点は……
「うー、目標物が何もなさそうなので、よくわからない……ピンを刺して地図に反映させたいけど」
ファルコは、独り言のようにうなっていた。
「ピンは……これでもいいかい?」
コルヴスは、クラバットを留めていたピンを取り、ファルコに差し出した。真鍮で作られた、ツバメのモチーフの古ぼけたピンだった。
「ありがとう! 借りるね、兄さん」
ファルコは丁寧に受け取ると、手紙の点と地図上の場所がずれないように慎重にテーブルの上に置き、左手で押さえた。
「現在地はここ……教会がここ」
鈍く光る飴色のツバメが、地図と手紙の上をトン、スー、トン……と飛ぶように動かされるのを、コルヴスとアロエットは黙って見つめていた。
「次の目的地は、ここです」
さらに、スー、トン!と動かされた場所に、ファルコはピンを突き立てて机の上の二枚を貫通する穴を開けた。
手紙をどけると……ファルコが最初に見立てたとおり、地図上の特段目印になるような地形も建物もない場所に、小さな穴が開いていた。
「合ってる……のかな?」
自信なさげな声を上げたファルコに、兄は地図に顔を近づけ確認した上で言った。
「うん! ファルコの考察で合っていると思うよ。ほら、ここに川があって、こっちに森が広がっている。今の隠れ家の周辺と地形が点対称のようだろう?」
「お父様のこだわりは本当に……いいえ、何でもないわ。この地図には描かれていなくても、きっとここと似たような目印の橋があるのでしょう。とにかく、そこまで行ってみましょう!」
兄と姉の力強い肯定に、ファルコはほっと表情を緩めた。
「本当に、最初の図形の閃きは素晴らしかったわよ、ファルコ。わたくしは『PS』は、てっきり『追伸』だとばかり……」
アロエットの言葉に、「あ!」とコルヴスが声を上げた。
「父さんのことだ。本当に『追伸』も隠しているんじゃないかな?」
コルヴスはしばらく考え込んで、炙り出しのために摩擦熱を起こそうと、魔力を手紙の繊維の中に軽く押し込むように流した。
すると、PSの文字の後ろに、濃淡のある茶色の文字が浮き出てきて、三人は思わず頭を寄せ合って手紙を覗き込んだ。
『PS 次の目的地はわかったかな? 無駄遣いせずに、道中気をつけて』
「……これだけ、ですわね」
手紙を裏返して確認したあと、アロエットは気が抜けた声で言った。
ファルコは、深刻な顔で手紙を――父親の手書きの文字を見つめていた。
コルヴスは、立ち上がってノクティスに近づくと、自分の肩に止まらせて、ファルコの隣に座った。
「ファルコ、ごめんな。話すのが遅くなってしまったけど、聞いてくれるかな……ファルコとアロエットが逃げた後のことを」
アロエットも椅子を運んできて、ファルコの反対隣に座った。
コルヴスは、アロエットに話した内容のうち、詳細と予測を省いた結果のみを、ファルコに伝えた。
「シグナス兄さん、ルナリア姉さん、カイルムは装置を壊された。ライラとルカ兄さんは、装置を壊されずに教会に捕まっている? ……のかな。捕まったあとも、装置が無事かはわからないね。母さんも教会。父さんは……」
弟は、彼自身が見たことと兄が話した内容を合わせて、それらの絶望的な情報を一つ一つ口に出して整理していたが、途中で耐えきれなくなったように声を詰まらせた。
ファルコは、ボタボタと大粒の涙を落としながら、「父さんは死んでしまった」という一言を、どうしても口にすることができない様子で嗚咽を漏らした。
アロエットは、そんな弟を横から抱きしめて、静かに泣いていた。
コルヴスは、弟の冷え切った手を包み込むように握り、空いた方の腕で二人の震える体を抱き寄せた。
二人にこれ以上の悲しみが降りかからないよう、自分が守り抜こう。もう二度と、二人が傷つくことがないようにしようと、コルヴスは固く心に誓った。
三人は話し合い、用意されていた支度金の半分を、この場に残していくことにした。
隠れ家を使った痕跡を消す作業の途中で、ファルコが言いにくそうに提案してきた。
「移動先のヒントを、残しておきたいんだ。……ルカ兄さんと……ライラに」
コルヴスはアロエットと顔を見合わせて、「うーん」とうなって難しい顔をした。
ファルコは、叱られる前の犬のような表情で、二人の返事を待った。
「そうね……どんなヒントか、教えてもらえるかしら?」
アロエットは、ファルコの顔を見て、苦笑しながら助け舟を出した。
ファルコは、書き残したいヒントの全体像を説明する。最初の手紙のヒントに回答を加えた形であるが、地図はここから持ち出すため、場所を示すものだとはわかりづらくなるだろう。
「それだけなら……まあ、大丈夫だろうね」
コルヴスは、悩みながらもファルコの提案に同意した。
(……僕の推論で二人を傷つけたくはない。新しい隠れ家に着いたら、ルカがそこに裏切り者として現れた場合の対策を、早急に打っておく必要はあるだろう)
コルヴスは、我ながら冷静さを欠いた結論を出したものだとあきれつつ、それでも二人にこれ以上の精神的な負担を与えるつもりはなかった。
「通常なら何のことかわからないと思うわ。ルカなら、気づいてくれると祈りましょう!」
アロエットも、頷いてそう言った。
ファルコは、泣き腫らした目でパッと笑った。
ファルコは、ときおりつま先立ちになり、見る角度を変えて確認しながら、ペリグリン邸の納屋から持ち出したナイフでテーブルの表面に図を刻んでいった。
すべてを描き終えると、彼は待っていた二人に声をかけた。
「できました。もしよければ、二人にも差出人のサインをお願いしたいです」
三人は、名前の頭文字だけをそれぞれ一文字ずつ刻む。最後に、ファルコが宛先としてルカとライラの頭文字を刻んだ。
すべての準備を終え、三人はテーブルに乗せた地図で、移動ルートを確認していた。
「教会市街地を避けるために、ここから真っ直ぐ南東には向かわずに、一度南に大きく迂回して、ロザリンド領北部を通過しようと思う」
コルヴスの指が地図上で弧を描いて、南の街を示した。
「ロザリンド領に向かうなら、乗合馬車もたくさんあるからいいね!」
笑顔のファルコに、アロエットがすかさずストップをかける。
「ファルコ、逃走中にルートが決まっている乗合馬車を使うのは危険すぎるわ。それに、ノクティスと一緒に動くとなると、馬をはじめ、いきもの全般が移動手段として選択できないと思う。怯えさせてしまうもの」
アロエットは真顔でそう言い切った。魔力感知が苦手なファルコにはピンときていないようだが、彼女の言うように、ノクティスの放つ魔力の威圧感は凄まじいものがあった。
「そっか……」
ファルコは、変装ごっこで外をうろつきたかったのだろう。落胆した様子で、くたびれた上着の襟を触っていた。
「僕がノクティスを連れて、人家の少ないところを走ってついて行く手もあるけど?」
見かねたコルヴスが、そう提案したものの、
「お兄様! 保護者がいなくなってどうしますの! 町娘と腕白キッズの組み合わせが辻馬車にでも乗ってごらんなさい、目立つことこの上ありませんわ!」
と、けんもほろろに却下されてしまった。
「しかし、馬を選択できないとなると、この道のりはなかなか厳しいね」
顎に手を当てて地図を睨むコルヴスに、アロエットはくすっと笑い声を漏らした。
「馬ならここにおりますでしょう?」
右手を胸に当ててアロエットが微笑む。
気がつくと、外にはもう夕暮れが迫っていた。
アロエットは立ち上がり、「しばしお待ちを」と家の外に出ていった。やがて、カツ、カツと硬い蹄の音に続いて、ノックとともに開かれた扉の外に立っていたのは、クロシェレースのつけ襟ブラウスにエプロン姿の、おさげの町娘風ケンタウロスだった。
「お待たせいたしました。安全に努めてまいりますことよ?」
ファルコは、わあっと嬉しそうな声を上げて姉に駆け寄り、それから期待を込めた目でこちらを振り返った。
「今度は、休み休み参りましょう?」
アロエットは隠れ家を覗き込むように身を屈めて顔を横に倒すと、コルヴスにそう言った。
コルヴスは、「アロエットには敵わないな」と笑って、隠れ家からの出発を決めた。
ファルコとともに隠れ家の中の荷物を運び出し、荷物を分担して背負うと、椅子の背で大人しく待っていたノクティスを、ファルコの肩に乗せた。
最後に、コルヴスはブロンズの守り神を、元の位置にセットするために手に取った。
コルヴスとアロエットは人目を避けながら、手紙の答えの地点まで走った。
たどり着いた橋の側には、やはり二つのブロンズ像の置かれた台座があり、今度は立派な隠れ家が現れた。
新しい隠れ家で、三人と一羽は賑やかに、試行錯誤を重ねながら暮らしはじめた――
♢
七日後――
ルカとライラの合流を諦めきれない二人のため、コルヴスは一人で最初の隠れ家の確認に走った。
しかし、すでにそこは崩壊し、焼け跡だけになっていた。
隠れ家に仕掛けられていた罠が発動した結果だということは、すぐにわかった。
ルカは確かにこの場所へ来ていた。 何よりコルヴスが受け入れがたかったのは、ファルコがテーブルに残した祈るようなメッセージに対する、彼からの答えだった。
——崩れかけた壁に、煤と水を混ぜたもので書かれていた文字は、『さよなら L→』……たったこれだけだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
※この四話は、本編『国家転覆は狙っていません!――教会に対する、兄姉弟の隠蔽は完璧なはずでした――』の【6】で語られなかった内容をまとめたものです。
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