伍:陰陽師
光は私の掌から発せられ、すぐに消えた。
それと同時に、私の頭の中に情景が浮かんだ。
荒波の向こうに浮かぶ孤島。
岩肌が露出した岸、聳える岩山、飛び交う沢山の蝙蝠。
そこが鬼ヶ島だと、瞬時に直感する。
「……北の方角……?」
何故か、その島は北にあると理解した。
私の呟きを聞き取った緑羽が、納得した風情で頷く。
「北は鬼ヶ島の方角だな。やはり、月子殿には陰陽術の才能がありそうだ」
「えぇ? そんな馬鹿な……」
咄嗟にそう答えたが、しかし呪文を唱えた直後に鬼ヶ島らしい情景が脳裏に浮かんだのは事実だ。
私の頭に浮かんだ先程の景色が、本物と同じであれば私の才能は確かだということになる。
「なら、早速準備だ。鬼ヶ島までは、徒歩でひと月かかる。その旅の間に、月子は緑羽から退魔術を学ぶびな。今日はこの町で旅の準備をして、明日の日の出と共に出発しよう」
楓がさくさくと物事を決め、皆それに頷く。
小夜に促されるまま、私は旅で必要なものを揃えるための買い物に付き合った。
意外にも、ロウ一行は先の鬼退治で雷山の周辺の村から謝礼として金銀財宝を押し付けられたらしく、路銀には余裕があるらしかった。
私のことを仲間として認めてくれたので、私の装備や、陰陽術の勉強のために必要な道具などは全て買い揃えてくれた。
港町の宿に泊まって、楓と小夜に挟まれて布団に入った私は、思い切って尋ねてみた。
「……あの、どうして皆さんは鬼退治を?」
私の質問に、楓が横目で私を見る。
「ん? ああ、アタシの場合は、ロウが突然アタシの棲んでいた山を通り掛かったんだよ。で、アタシを一目見たロウが、一緒に鬼退治に行かないかって声を掛けて来てさ。雷山の噂は聞いていたから、少しくらい人助けをしてもいいかと思ってついていくことにしたんだ」
「私も同様です。公家の用心棒を辞めて、どうしようかと思っていた矢先にロウと楓に会い、お誘いいただいたので同行することにしたんです」
「緑羽の場合は、単身で鬼退治のために雷山に向かっている所に偶然出会って、目的が一緒なら共に行こうとロウが誘って、仲間になったんだよ」
「単身で鬼退治……?」
私が呟くと、楓が天井を見つめたまま小さく頷く。
「ああ、緑羽は陰陽師の一族だって言っただろう? 術が使えないアイツに、当主が雷山の鬼退治を命じたらしい。陰陽術を棄て、槍術で生きていくと言うのなら、それが役に立つことを証明してみろ、ってな」
「そんな……いくらなんでも、一人で鬼退治に行くなんて……」
雷山にどれだけの鬼がいたのかは知らないが、少なくともずっと退治されず野放しにされてきたくらいには厄介な存在だったはずだ。
それを、陰陽術が使えない緑羽が、一人で向かうなんて流石に無謀ではないのか。
と、私の考えを読んだのか、小夜が少々怒った様子で嘆息する。
「酷い話ですよね。ただでさえ陰陽師って鼻持ちならない嫌な連中って印象なのに、更に嫌いになりましたよ」
「小夜さんは、元々陰陽師と関わりが?」
「……ええ、公家の用心棒をしていた時に、同じ公家お抱えの陰陽師がいて、それが緑羽と同じ一族の人だったので……」
何やら心底嫌な記憶があるらしく、小夜が顔を顰める。
「だから雉川一族は大嫌いなんです」
「雉川……?」
つまり、緑羽が雉なのか。だから緑の羽って名前なのか。いや、雉の羽は茶色ではなかったか。緑なのは頭では。
そんなことをぼんやり考えていると、楓が嘆息した。
「まぁ、結局雷山の鬼はなんとか退治できたから、緑羽は実家に胸張って帰れるはずなんだけどな」
「ええ……まさかその帰りに、上様から鬼ヶ島の鬼退治まで命じられてしまうなんて思いもよりませんでした」
「ごめんなさい、私が護衛を頼んだせいで……」
あの時私が彼女達の同行を断っていたら、帝から声が掛かることはなかっただろう。
「それはいいんですよ。きっと、この町で会わなくても、噂を聞いた上様にいつか呼びつけられていたでしょうから」
「ああ、月子が気にすることじゃないさ」
そう言ってもらえると心が救われる思いだ。
「……ところで、私からも一つ聞いていいですか?」
小夜が私の方に顔を向けてくる。私が頷いて見せると、彼女は少し言葉を選ぶようにして切り出した。
「月子さんが無理矢理結婚させられそうになったのって、もしかして上様ですか?」
鋭い質問に、私は言葉に詰まる。
それは、どう見ても肯定を示していた。
「え、そうなのか?」
楓が目を丸くする。
「……はい。実は……」
私は仕方なく、二人に生い立ちから求婚されたところまでを簡潔に話した。
勿論、いずれ月へ帰るとか、前世の話とかはややこしいので伏せておく。
「……へぇ。美人も大変だな」
他人事のように両手を頭の後ろで組みながら呟く楓。
「……まぁ、望まない相手との結婚が嫌だって気持ちはよくわかるけどね」
意味深長な楓の言葉に目を瞬く。
「楓さんも経験が?」
「……ああ。アタシの一族猿山と、敵対していた一族の申原が、和平を結ぶためという名目で、私と申原の次期当主の結婚話が上がってね……いけ好かない野郎で、断固拒否しているところにロウが現れてね……アタシにとって、鬼退治の話は渡りに船だったんだ」
つまり、楓が猿ということか。では、小夜が犬なのか。
そう思っていると、小夜が少々揶揄うような口調で口を挟んだ。
「楓には、他に想う人がいるんですよ」
「小夜っ! 余計なことは言うんじゃないよっ!」
楓が焦ったように声を引き攣らせる。
何だか可愛らしい。
「チッ、小夜は気楽でいいよな」
照れ隠しなのかそう呟くと、小夜は少し寂しそうに笑った。
「犬森の血筋が絶えていなければ、私もきっと同じような政略結婚の駒となっていたでしょうね」
犬森、やはり小夜が犬だったのか。
それと同時に、彼女が元々両家の子女であったことを悟る。
所作でも何となく、彼女は育ちがいい察していたが、当たっていたようだ。
と、小夜が「そろそろ寝ましょう。日が昇る頃には出発ですから」と促し、私たちは会話を終わらせて目を閉じたのだった。
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