エピソード88 恋のマウント、魔窟へ
わたしを襲ってきた刺客は、詰め所に連行してすぐに意識を取り戻すなり、目を剥き、震えながらわたしを見た。
わたしは土魔術を解いて、だるま状態から彼を解放した後は椅子に座って見守っていただけだし、刺客と目が合った時には軽く眉を上げただけなのに。
お尻に蹴りを入れたクラウス卿や、睨みつける殿下の形相の方がよほど怖かったと思うんだけど……。
どんな拷問が始まるのだろうか、と内心怖いもの見たさでちょっとワクワクしていたというのに、騎士達が手足を縛って尋問を始めるやいなや、刺客はポツポツと知っていることを白状し始めた。
辺境伯邸では、急遽殿下が率いる帝国精鋭騎士団を受け入れたため、下働きの人手が足りず、使用人の縁故などに臨時雇いの紹介状を乱発したらしい。
その一枚が刺客を雇った者の手に渡ったらしく、刺客は馬房の雑役として辺境伯邸に入り込んでいたのだ。
彼の正体はこの地に流れてきていた、脛に傷を持つ手合いで、酒場で金もないのに「もっと酒を出せ」と暴れた帰りに、中年の女性に声をかけられたという。
女性は黒いマントで全身を覆い、顔はフードで隠されていたが、上品な言葉遣いだったとか。
わたしが襲撃されたという話は、クラウス卿から全団員にすぐさま周知されたため、十分に気をつけてわたしを警護するように、と辺境伯からも御達しがあったらしい。
刺客が手にした紹介状の正当な持ち主や、入手経路についてはこれから調査するらしいけれど、ブローカーを通していたとすれば、依頼主まで辿りつけない可能性が高い。
辺境伯やクラウス卿からは、邸内にそのような刺客を受け入れてしまったことを詫びられた。
だけど、急にこのような大所帯の客を抱えることになり、人員を整えるのは難しい。
万全の警備体制の穴を突かれたようなものなので、気にしないでほしいとお願いした。
そして今現在、ネームドのコカトリスがいるという魔窟に向かう途中だ。
常に騎士達がわたしの周囲を厳戒態勢で見回してくれているので、ありがたい反面……気づまりだし、色々やりにくい……。
クラウス卿と殿下の二人も、朝からぴったりとわたしに張り付いていて、両隣を陣取っている。
「あのう……、お二人とも——それぞれの騎士団の隊長なので、そちらの指揮を優先されるべきでは?
わたしなら自分の身くらい守れますので、どうかお戻り下さい」
「いや、今日は全て副隊長のニックに委ねてきた。統率力を試す機会にもなるしな。
ネームドは私が単身で討伐するつもりだから、その方が動きやすいし」
「こちらも騎士達の差配は全て副官に任せている。僕がいなければ、使いものにならないような騎士団なら率いる価値もない」
「そうですか……? 刺客も魔窟にまではついてこられないと思いますし、わたしのことより討伐を優先して下さいね」
二人からは返答がなかったので、ミュゲルに話しかけた。
「ねえ、コカトリスの魔窟にはどんな魔獣がいるのかしらね?」
「コカトリスは鶏みたいな顔に蛇の尻尾のネームドらしいですから、ひよこみたいな可愛いのがちょこちょこ歩き回っているのかもしれませんね」
「ええっ? そんな可愛い魔獣だと可哀想で攻撃できないかもしれないわね……」
「じゃあ、蛇みたいな不気味な感じのが、あちこちニョロニョロしてた方がいいですか?」
「ぜっ……絶対嫌よ! わたし、この前ソルカリスに襲われてからというもの、蛇は思い浮かべただけで鳥肌ものなんだから……」
ゾゾ……っ!!!
鳥肌立った腕を両手で擦っていると、殿下が怒った声で言う。
「無闇にご婦人を怖がらせるような発言は慎め!」
「す、すみません、考えが足りませんでした」
ぽりぽりと頭をかくミュゲルを見て、そこまで怒らなくても——と殿下に言おうとしたら、クラウス卿が口を開いた。
「魔獣の大半は悍ましい姿をしています。ジェマは承知だろうが、最悪な姿を想定しておく方が心構えができていいと思います」
「なるほど……。隊を率いる団長としては的確な考察だと褒めておこう。だが、うら若い令嬢にとってはどうかな?」
「うら若い——令嬢……ってわたしのことですか? 殿下」
「当たり前だ。他に誰がいる? 令嬢の心を掴むには、常に優しくし、好意を伝える。
そして、恐怖の対象を取り除き、何があっても守ってみせると示すことが肝心だと……聞いたことがある」
殿下のこの発言は、もしかして昨日の「好きにさせればいいのだな?」という言葉に関係してたりするのだろうか?
「昨日の——過度な邪魔から推測して、もしかしてクラウス卿もライバルかと思ったが、そういった方面では、卿は疎いようだ。僕の方が確実に一歩リードしている」
リードって……ど、どういうことだろう?
殿下の発言を受けて、クラウス卿は不快げに眉を顰めた。
反対に殿下は得意げに鼻先を上向けた。
「——あれだ! 魔窟が見えましたよ」
ミュゲルの声に前方を見ると、灰色の堆積物で形成された丘陵地があり、丘頂斜面の上には巨大な鳥の巣のような形状のものが絶妙なバランスでのっかっている。
巣の中がどうなっているのかは全く見えない。
丘陵地と平地が接する境界線に立ち並んだ、木々の枝にはびっしりと黒い鳥が留まっているようだ。
あれがコカトリスの眷属だろうか?
「グワァーッ、グワァーアーッ」
黒い鳥は不気味な声で泣いていた。
風がざわりと吹き、一斉に何百という数がこちらに向かって飛び立ってきた。
「今日もじゃんじゃんいこ! じゃんじゃん強く、早く、な〜れ! じゃんじゃん守備力あげてこ!」
わたしはいつものフレーズを叫ぶと、支援魔術を展開した。彼らには最強の状態で戦ってほしい——そう思いながら。
団員達も後に続くように叫んだ。
「じゃんじゃんいこうぜ!」
「ぶちのめせ!」
隣で殿下が「防御結界展開!」と叫ぶ。
全くの無詠唱だと、なんの魔術が発動されてるか分からない団員も多いから、連携のために発動魔術を叫ぶようにお願いしたのだ。
この大隊を包むように張られた見えない結界は、襲いかかってきた鴉のような魔獣達をカツンッと硬質な音を立てては跳ね返し、次々と墜落させていく。
そしてクラウス卿が「重力魔術発動」と唱えると、こちらに向かってきた鴉魔獣達が一斉に地面に叩きつけられた。
その後から魔術騎士達が火魔術や雷魔術などでトドメをさしていく。
焼け焦げた臭いが立ち上り、辺りには骸が積み上がっていく。
ガルム副団長は今日は辺境伯邸で留守を守っているけど、クラウス卿と殿下が先頭に立ち、しんがりはテオ副団長が務めている。こんなに心強い布陣はないと思う。




