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背徳聖女と呼ばれても、皇子妃はお断りです〜聖の力で癒し、魔の力で魔獣を討ちます!  作者: 麦色 ろっこ


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エピソード121 誓えません

 ……クラウス卿は今、どこにいるんだろう——?


 ——あれからもう、三ヶ月が経つというのに、帝都からも辺境からも彼は姿を消していた。


 帝国監察局は変わらず彼の捜索を続けているらしいけれど、足取りは掴めていないという。


 心配だ……。

 胸の奥がきゅっと縮むように痛んだ。

 何かあったんだろうか——?


 屋敷でじっとしていても不安な気持ちが募るばかりなので、近頃はまたトルエンデ騎士団の討伐戦や魔窟攻めに加わっていた。


「やっぱり戦乙女がいてくれると士気が高まる」

 そう言ってもらってはいるけれど——討伐中もわたしはどこか心あらずで、空元気にしている自分が、少し後ろめたかった。


 部屋に一人籠っていると、良くない想像ばかりが頭をぐるぐる回る。そんな時は抱き潰した枕を涙で濡らしてしまうので、高級な馬毛枕を買い替えないといけませんね、とフレアに溜め息を吐かれた。


 殿下が噂がどうあれ妃にすると言うので、背徳の噂作りのために夜会に繰り出すのはもうやめにした。

 せめて、皇帝皇后両陛下や重臣達の妃選考枠からは外れたと思いたい。


 そして、大聖堂の召喚にも応じ、わたしも聖女候補として正式に名を連ねることになった。

 わたしみたいな評判が悪い聖女候補を、聖女様がたは優しく受け入れてくださった。


 ただ大司教を始めとした司教様がたには、冷ややかな目で見られている。


 わたし以外の聖女候補は今のところ、アリアナ・フォン・オーギュソンとローズ・フォン・バロイエルの二人だけだ。


 アリアナとは暫く会っていなかったけど、魔術競技祭の時に意気投合して以来、侯爵邸を出奔するまでは手紙をやり取りしていた仲だし、ローズとは辺境伯邸で、ジェマとして出会っていた。


 二人とも親しみやすい性格で、特に快活なアリアナとは、不義理を詫びてからはすっかり打ち解けている。

 そして、二人と共に毎週の中日には大聖堂に赴き、聖女様がたと共に魔力抑制や治癒の聖務に励んでいた。


「ジュディー、今日はギルベアト殿下と共に、母君の皇后陛下も来られるそうよ」


 アリアナによると、皇后はかなり気難しい人のようだ。

 魔力量はそこそこ多いらしく、普段は皇帝陛下と共に宮廷で、大聖女であるお祖母様の魔力抑制を受けるらしい。

 

 わざわざ殿下と大聖堂に来るのは、何か目的でもあるのだろうか——?


 大聖堂には聖女の控え室とは別に、聖女候補の控え室が用意されていて、わたし達は司祭が呼びに来るまでの間、そこでお茶をして待機しているのがお決まりだ。


「アリーは本当にお茶を淹れるのが上手ね」

「ありがとう。でも私にもお茶を淹れる才能じゃなくて、魔力があれば——ジュディーみたいに魔獣相手に暴れてみたいわ」


 不意に扉がノックされた。

「皇后陛下と皇子殿下がお見えです」という司教の声が響く。


 アリアナが「どうぞ」と返答すると、音もなく扉が開き、空気が硬質なものに変わった気がした。


「聖務式の前に、聖女候補の皆様にお目にかかられたいとのことです」


 司教のひと言があり、わたし達はカーテシーで礼を取った。


 皇后陛下はデビュタントの時に感じたように、美しいけれど、冷たい印象だ。少し尖った顎や鼻筋の通った顔、つり眉をしていた。


 紫紺色のドレスにはルビーが散りばめられ、輝きを放っている。


 茶色の髪は高く結い上げられていて、身のこなしは優雅だ。年齢的には亡くなったセザビアと同じくらいだろうか?


 そういえば昔、継母はこのかたの侍女をしていたことがあると自慢げに話していた。


「ローズ聖女候補、前に宮殿に参じてから久しいわね。最近は聖力に磨きがかかっていると聞くわ、励んでいるようね」


「皇后陛下にお目もじいたします。若輩な身ゆえ、母の聖女ミリアムの指導のもと、これからも精進致してまいります」


 皇后は口元だけ笑みの形にし、声をかける。


「そう、感心ね。これからも励んでちょうだい」

「はい、かしこまりました」


「アリアナ聖女候補、あまり大聖堂に来なかったあなたも最近は心を入れ替えたのか、このところは足繁く参っているそうね」


「皇后陛下にお目にかかります。はい私も母マリアンヌ聖女の教えだけでなく、大聖女様や他の方々の教えも受けるべく、なるべく参るようにいたしました」


「そう、頑張ってね」


 それから皇后の冷たい瞳がわたしに向けられた。    

 声をかけられるかと緊張して待ったけれど、数秒に渡って、わたしの顔をじろじろと値踏みするように観察してから、声をかけることなく背を向けた。


 ——気に入らないということだろう。

 わたしを認めるつもりはない——そう伝えたいようだ。


 少なくとも息子の妻として不適格だと見做されたようで、内心ほっとした。

 わたしの内心の喜びを知らない他の二人の聖女候補は、気まずげに視線を交わし合っていたけど。

 安堵のあまり——頬が緩んだわたしの顔を見てローズが不思議そうな顔をした。


 ところが、それまで黙っていた殿下が口を開いた。


「母上、お待ち下さい。今日はジュディリス聖女候補をご紹介したいから——お願いして来て頂いたのです。それなのに、お言葉もかけずに——。

話をして彼女の人となりを知って頂きたい」


 皇后は長い溜め息を吐いて、口を開いた。


「あなたは次期皇帝なのですよ。醜聞のある令嬢など、正妃であれ側室であれ——迎えることなど許されません。

世継ぎの正当性が疑われては、後々にどんな禍根を残すか……」


 ——おっしゃる通りだと思います。


「しかし、彼女の聖力は特別なものです。それに、不貞については私が——必ず改めさせます。

必要なら、宮殿の一室に監禁してでも」


 その殿下の言葉を聞いた瞬間、ラヴォイエール邸に監禁され両親にすら会えなかった、亡き母の苦しみと悲しみが胸を過ぎった。

 息の詰まるような閉塞感に囚われそうになり、思わず叫んだ。


「い、……嫌です。監禁なんて——絶対に嫌です」


 背を向けたままだった皇后が静かに振り返った。

 その眼が細められ、空気が凍りついた。

 ——次の瞬間。

 扇が乾いた音を立てて頬を打った。


 ——痛い。

 頬がじんじんと熱を帯びる……。


「無礼な! 目下の者からの発言が許されると思うの?」


「母上、おやめ下さい! 彼女は、僕が妃にと、強く心に決めた人です。傷つけるような真似は見過ごせません」


 殿下がわたしの前に立ち塞がった。


「はっ……まさか、ここまで誑かされているとはね。——さすがラヴォイエール侯爵の娘だわ。背徳の噂も納得ね」


「彼女は悪くない。悪いのはあの父親と継母、それにイリーナだ。それに彼女の力を見れば母上も考えを改めるはず」


 殿下は食い下がったけれど、皇后は扇を口に当てて、哄笑する。


「あなたが大仰に言うほど——、いえ、その半分の聖力があったとしても、そんなものはあなたに不必要なのよ。魔力抑制と治癒能力があれば十分なの。どうして分からないの?」


「母上はジュディリスの力を知らないから……。僕は彼女以外の者を娶るつもりはない」


「そのような戯言はよして! 帝国の統治者として、最も尊ばれるのは、世継ぎとしての血統の純正と正当性。それを疎かにする者に皇帝の座は相応しくない」


「聖女の血統だって重視されるべきでしょう?」


 話しが平行線のまま続くのに苛立った皇后が、殿下の言いぶんを一部取り入れる発言に切り替えた。


「たしかに多少の疵はあっても侯爵の血筋は悪くない。それにシェスタビア家の直系でトルエンデ公爵の孫である点は認めてあげるわ!」


「だったら——」


 期待に目を輝かせた皇子を前に、皇后はわたしを鋭く睨みつけた。


「ラヴォイエールの娘、皇宮に側室として迎えてあげたら、男と戯れる悪癖を治すと誓えるの?」


「誓えません」


 一瞬、息が詰まるような沈黙が落ちた。


「ジュディリス!」


 殿下が咎めるような強い視線を向けてくるけれど、もう一度きっぱり答えた。


「……わたしには監禁なんて耐えられませんし——妃だなんて荷が重すぎます」


 監禁なんて……絶対に嫌。


「——そんなことは、ないだろう……?」


 頼むから——と訴えるような殿下の視線を振り切って断言した。

 皇后がまた耳障りな笑い声をあげた。


「話にならないじゃないの! ギルベアト、あなたがこんなに愚かなことを言い出すなんて、後にも先にも——これが初めてだったけれど。

この娘はあなたのために我慢するつもりなんてないようよ?」


 殿下は言葉を失って、悔しげに唇を噛んだ。

 そして、冷然と去っていく皇妃の後ろ姿を見送りながら、わたしを一瞥した。


「ジュディリス、僕は必ず母上を説得してみせる。君を逃す気はないと覚えておいてくれ」


 そう言うと、踵を返して皇后の後を追った。

 あれだけ皇后に反対されても意志を変えない、ギルベアト殿下の強い執着——。


 それをまざまざと見せつけられて、心の奥に氷のような冷気が吹き込んだ。

 だけど、あの皇后がいる限り、彼の希望が叶えられることはないはずだ。


 対面の緊張から微かに震えていた指先を丸め、誰かの手の温もりを思い出すように——きゅっと握りしめた。


 今隣で彼がわたしの手を握りしめてくれていたら、どれだけ心強かっただろう。

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