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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第28節 危機一陣

 

 図書館の司書に連れられてやってきた職員用の個室には、ずらりと並んだ紙束の山が連峰のように積み連なっていた。

 紐で崩れないようにしっかりと縛られ、目印となる判が一番上の表紙に押されている。

 司書は器用に紙束をより分けると、黄色い印がついたその内の一つを取り上げた。

「ザルタス教授、締切はとっくに過ぎていますよ」

 司書はザルタスに小言を並べながら紐を解く。

「マギが終わったらこの辺は処分するようにと、学位長からも言われているんですから」

「それはすいませんでした、すぐ引き取ります……」

 ザルタスが申し訳なさそうに告げると、司書は一礼して部屋からさっさと出ていってしまった。

 ドーラは不思議そうに書類の山を見つめて尋ねる。

「この紙の束はなんですか」

 ザルタスは頭を掻きながら照れくさそうに言う。

「いやぁ、お恥ずかしい話なんですが、私の書きかけの本なんですよ」

 両手で抱えるほどの紙の束はザルタスの怠惰癖が祟り、大量に溜まった本にならない原稿用紙だった。

 研究結果を積み重ねてはそれをまとめもせず、次の興味へ移ってしまう。先生の部屋も乱雑としていた。

 もしかすると図書館に資料を置いているのは、本にすると偽り倉庫代わりにしていただけなのかもしれない。

 縛った資料を台車に乗せながらザルタスは告げる。

「でもよく分かりましたね、私が図書館へ来た理由が」

 言われたクィーラはニコりとも笑わない。

 それが戯言だと、彼女は知っていた。

 何故先生は隠し事をしているのか。その真意を聞かなくてはならない。

 ザルタスと共にここへ足を運んだ目的を、鋭利な刃物でその身を裂くようにクィーラは言う。

「私たちが初めて先生にお会いした時、ファルケさんは先生に言伝を預かっていましたね」

 ザルタスは笑顔のまま、そうでしたか? と首を捻る。

 構わずクィーラは続けた。

「たしかあの時、図書館からの催促がどうとか、そういう内容でした。覚えているはずです」

 ザルタスは苦笑いしながら返事をする。

「それはお恥ずかしいところを……」

「でもそれは、"なぜ図書館へ来たのか"を聞かれた際の

 私たちに対する"用意された建前"ですよね」

 クィーラの言い放った言葉にザルタスは動きを止める。彼の硬い表情を後ろから見透かし、クィーラは続けた。

「図書館に来て廃棄される資料を急いで取りに来たのなら、真っ直ぐに受付を通ってここへ来るはずです」

 ザルタスから笑みが消える。

 強ばった手から資料が崩れた。

「私たちがいた紛失書庫に立ち寄る理由はないはずです」

 ザルタスを見つめるクィーラの瞳が揺れる。

「偶然……そう、偶然立ち寄った可能性はないんですか?」

 ザルタスは悪びれる様子もなく反論したが、即座にクィーラは頭を横に振る。

「偶然も何も、大会が始まってから慌てて資料を回収しに先生が図書館へ来ること、それ自体が変なんです」

 ザルタスは泣きそうな目をクィーラに向ける。

 それが不本意だと分かってなお、諦めきれない顔。

「そうですよねぇ。私は本当に不器用ですねぇ」

 地面に落ちた資料を集め終えると、端を平らに均す。

 紙束を台車に再び乗せると、彼はクィーラを見据えた。

 観念したような表情を浮かべるとザルタスは話し出す。

「実は今朝、通達があったんです。あなたたちを助けるよう図書館へ行け、と」

 ザルタスは扉の前に進むと片手でノブに触れる。

 カチッと音が鳴り、ドアが施錠された。

「恐ろしい気配、感じませんでしたか? わかる人にはわかる、強力で無差別な魔法でした」

 クィーラの目はじっとザルタスに向けられたままだ。

 彼はそのまま扉に手をあてがうと、続ける。

「バレずにいられれば私も無実だったかもしれません。結局、もう後には引けなくなってしまいましたが」

 ドアから手を離すと自分の研究資料を通り過ぎ、机に並んだ他の書きかけ原稿の前に立つ。

「ザルタス先生……あなたは―――」

 クィーラはザルタスの背中に尋ねようとしたが、ザルタスは声を上げてそれを遮る。

「クィーラさん時間がありません。あなたもここへ来たのは私を問い詰めるためじゃないんでしょう?」

 ガチャガチャ、と扉のノブが回されようとする。

 その向こう側から何人もの気配が感じられた。

「教授? 何故鍵をかけているのですか! 扉を開けてください」

 さっきの司書がドアを開けようとしながら声をかける。ドンッドンッ、と今度はドアを乱暴に叩く音。

 扉の外からは怒号に似た声が発せられた。

 外にいるのは私たちを図書館で監視していた者たちだろう。

 ここに来た時点で目的が露見してしまった。彼らは私たちの目と鼻の先まで迫ってきている。

 ここで捕まってしまえば何もかもが水泡に帰す。手紙に託された想い、学院の秘密に迫る真実。紡がれた私たちを取り巻く様々な感情が、色のない降りかかる悪意のベールで包まれてしまう。

 扉を叩く力が強くなる。衝撃で蝶番が傾いた。

 クィーラはざっと机の上の紙束を流し見る。

 最初の手紙にあった文言はこうだ。

『大切な人を失いたくないのなら、研究棟にある隠された部屋を探せ。

 古く新しい場所へ行き、そこに在ってそこに無い、誰にも見つけられないものを見つけよ』

「先生、私は先生を信用しています」

 クィーラは脇目も振らないで告げる。

 それにザルタスは答えた。

「私も、あなた方が悪意を持っているとは思いません」

 山積みされた本にならない本たち。

 その中からクィーラは紐で縛られた一束を掴み取った。

 重い扉は頑丈そうではあったが、魔法には耐えきれない。今にも破られそうな境界線は、ミシミシと軋んだ。

 ザルタスは二人に合図する。

 ドアの留め具が破壊され、扉がこちら側に倒れ込んだ。決壊したダムから水が溢れるように、司書たちが入ってくる。連れられてドアを踏み倒しながら管理局員も勢揃いだ。

 杖を構えた彼らはクィーラたちを囲む。決して広くない空間に緊張の密度が増した。

「おや、これは穏やかではないですね」

 ザルタスは目を細めて困り顔で告げる。

 厳しい表情をした先ほどの司書は警戒しながら返す。

「ザルタス教授、書きかけの原稿しかないこの部屋で、鍵をかけてまで何をなさっていたのですか」

「何って、探していただけですよ」

 "探す"という言葉に緊張感は更に高まった。

 彼らの反応を見るに、やはり探されたくない物がある。

 いや、探す行為自体が何らかの隠語であり、彼らの共有する一つの殺し文句なのかもしれない。

 だがザルタスは一歩も退かず、言葉を続ける。

「私の他の原稿を探していたんです」

 司書は須らく否定する。

「……いいえ、教授の原稿は私が開封した、その台車に乗っている分だけのはずです」

 ザルタスの表情は変わらないどころか、どこか楽しげだ。

「他にもまだあったような気がしたので探していたんです。まぁ結局見つからず、取り越し苦労でしたがね」

 含ませるように、お互いに、とザルタスは付け加える。

 司書はピクリと眉を動かした。

「調べさせてもらってもいいですか」

「いいですが、乱暴はよしてくださいよ」

 職員同士の諍いは稀に見る光景だった。

 ましてや教授と司書だ。こんな組み合わせ他にはない。

 会話が終わるやいなや、司書は管理局員に合図する。

 ドーラは小さくクィーラに話しかけた。

「お嬢様……」

 顔も見ずにクィーラは反応する。

「大丈夫です。安心して下さい」

 管理局員はクィーラたちの全ての所持品を点検し、部屋に残された原稿も遍く目を通す。

 部屋の隅から隅まで魔法を使って調べ、なにかの痕跡を探ろうと躍起になっているようだった。




 ■■◇■■




 無罪放免、何も持ち出していない彼らは解放された。司書は驚きと怒りを表し、部屋の壁を力強く拳で打つ。

「馬鹿な! 何故何も出てこなかった!」

 部下らしき者が慌てながら宥める。

「落ち着いて下さい!」

 司書の顔つきはさっきまでの様子と全く違っていた。管理局員は悪態をつきながらぞろぞろと退室する。

 部下は再度声をかける。

「本当に彼らは学院を陥れようとしている危険な者たちなんですか?」

 司書は掴んだ拳の力を一層強く握りしめ、呟きながらしゃがみこむと背中を壁に預け俯いた。

「あぁ、そうだ、絶対そうなんだ、そうでなければ……」

 呟く彼の様子を部下は呆れたように見守る。

 倒れた扉の上を、ささやかな風が通り過ぎた。


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Xの方から伺わせていただきました! 取り急ぎここまで読ませていただきましたが、各章ごとに複数の登場人物の視点を交えた群像劇的に物語を進行しつつ、キチンと読みやすさを担保してあり、好感の持てる作品だと…
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