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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第27節 ささやかな風

 

 マギで訪れた軍関係者と要人警護の打ち合わせをしていた。

 各国の貴族が訪れるこの大会には、警備の関係上同じ時間帯に何組も来賓することはできない。

 時間を調整し場所を確保しなければならなかったが、学院の用意した時間と来賓の要求が食い違っていた。

 マーシャは保安上の理由という建前で来客を断りたかったが、外交上そういうわけにもいかない。

 長年にわたる学院の抱えた問題、平たく言えば保守的思想。それらがもたらした遅滞的作法は学院長には邪魔だったのだろう。

 私が赴任した時には以前から幅をきかせていた貴族たちが軒並みその地位を剥奪されていた。

 学院長が下した政治的な判断だったのは言うまでもない。あの時より学院は随分変わったように見えた。

 だが無駄を排した一方で、学院に別の問題が発生する。傲慢な貴族主義の温床には派閥という後ろ盾があったのだ。

 貴族社会から離れ宙に浮いた学院が真っ直ぐに飛ぶためには、名だたる名家の看板が必須項目に並べられる。

 多くの古株を失った今の学院の両翼を支えているのは、学院長をはじめとするヤミレスに繋がりのある数人だけだ。

 元々学生の大半が貴族で成り立つ学院が、その状態で長く居続けられるとは考えづらかった。

 腐敗しているとはいえ貴族は貴族。学院のためを思うならば、権力はどの藪蛇でも使うべきだ。

 マーシャは腕を組んで頭の中の予定を繰る。

 私はこんなことをしている場合じゃないのに。

 ただでさえ管理局は多くの来場者に慌ただしい。余計な仕事を増やして欲しくなかった。

 禿げ上がった頭の管理局長は庶務をすべて副長に押し付け、行方不明者の捜索に躍起になっている。

 局長の気持ちも少しは分からないでもない。この忙しさだ。少しでも外の空気が吸いたいと思うのが真っ当か。

 行方不明になったのは沼沢のパレッタ。噂好きで七不思議についてこそこそと嗅ぎ回っていた。

 危険な存在に他ならない。

 飄々とどこへでも侵入できる彼は学院の秘密に容易く近づけてしまう。

 必ず探し出さなければならなかった。どんな手を使ってでも。

 マーシャはヒールをコツコツと鳴らしながら、部屋を往復する。考えがまとまらずイライラしていた。

 増えた雑務を頭の片隅で処理しながら、本件の懸案事項を明確にしていく。

 同席している軍の関係者もその様子に背筋が伸びる。

 ひしひしと彼女の苛立ちが伝わってくるようだった。

「シルビア、午後からの火炎魔法の実演だが、日の落ちた夜間に回すことは可能か?」

 マーシャは管理局副長に予定の確認をとる。

 その所作ひとつとっても会議室全体に緊張感が走った。

「は、はい! えー……と、はい、はい、夜間ですね……」

 しどろもどろにシルビアは確認をする。

 その動きの遅いこと、軍人たちは気が気ではなかった。

 いつ雷が落ちるか分からない雷雨の中、木の下でじっとしている、そんな気分だ。

 屈強な兵士たちが硬直したまま立ち尽くす合間を縫い、マーシャはシルビアの隣に移動した。

 座っている彼女に静かな声でマーシャは耳打ちする。

「予定は全て頭に入れておけ」

「え………あ………」

 会議室が静まり返った。

 蛇に睨まれたように全員が固まる。

「全く、使えないな」

 集まった十数人の顔ぶれを眺めてマーシャは一瞥した。この程度で萎縮されては困るのだが、仕事にならない。

 深いため息と同時に余った白い紙に魔法で文字を書く。再びシルビアの元へ行くと、それを差し出した。

「シルビア、夜間のイルミネーションの予行演習は中止。最終日にぶっつけ本番で行うよう伝えて」

 そう言うと、マーシャはさっさと会議室を後にした。

 扉が閉まると、一時の空白が場を支配する。

 束の間の平穏が訪れたことを次第に理解すると、全員が止めていた呼吸を同時に息を吐き出す。

 嵐が去った会議室は、物陰に隠れていた虫がここぞとばかりに這い出て来るようだった。

 ヒソヒソと理事長の態度に悪態をつく人、ウンザリする人。緊張感がなくなった会議室は騒がしくなった。

 シルビアは目元を擦りながら受け取った紙片を開く。

 彼女の厳しさは今に始まったことではない。

 関係者への伝言だろうか、それとも……。

 そこに書かれた字面をシルビアは一目見る。

 読み終わった彼女は顔を両手で隠してしまった。

 溢れ出る涙を堪えようと必死になる。

 鼻水をすすり震えるその姿を見て、会議室はより深い哀れみを彼女に抱いた。




 ■■◇■■




 会議室を出た後、マーシャは理事長室へは向かわなかった。管理局の建物から出ると強い日差しが彼女を襲う。

 今日は風が少なく雲のような光を遮るものがない。頭上高く昇った夏の日差しはじりじりと肌を焦がす。

 目まぐるしく色を変えるタイルを踏みつけながら、足早に歩き目的地へ急いだ。

 闘技大会の日程は恙無く進行している。去年よりもトラブルの報告が少ない。

 闘技場内では出場者たちが思う存分力を振るえるよう、学院長が独自に採用した特殊な結界を施している。

 魔法結界の種類は三つ。

 要人警護のために観客席の外を覆う大結界。出場者の魔法が飛び火しないために観客を守る中結界。そして対戦者同士が致命的な傷を負わないための小結界。

 とりわけ頑丈なのは、小結界だった。

 体が欠損したり深い傷がつかないよう複雑で繊細な回路が組み込まれている。

 決められた上限を超える威力を感知すると作動する魔法。なんとも便利な技術なのだが、使えるのは学院長のみだ。

 場所も限定的で決められた魔法陣の中でしか使えない。中に詠唱者がいることも必須条件だった。

 辿り着いた建物の庇が日光を遮った。

 扉を抜け大理石でできた柱が支えるエントランスに入る。

 この宿舎は貴族からの強い要望があり、多額の金額を費やして近年建造された。

 彼らの子女たちを迎え入れるため、広々とした空間を作りその使用人たちの寝床も別室にて用意した。

 ヤミレスは実力で成り上がる者が多い一方で、中央都市国家としての規律には家柄の力も必要だった。

 その軋轢が軍部と政治に顕著に表れている。

 力で台頭するペンタギアノと、世襲的な政府の重鎮たち。

 まだまだ貴族社会が抜けきれない他国に歩調を合わせるため、対外的に学院では貴族優遇の形をとっていた。

 豪華な飾りつけをされた調度品を横切り、学生たちが住まう居住区へ立ち入る。

 入口と比べると華やかさに欠ける木造の建物。あまり名高くない貴族たちが寝食する寮棟。質素ではあるが空間は広くとられ小綺麗だ。

 マーシャはそれらに目もくれず、中に入り板張を進んでいく。

 その内の一室の前で立ち止まり、後ろを振り返る。

 生活音のしない廊下から木の香りがした。

 この辺りには入居の許可を出していない。

 何の気配もしない廊下を背に、ノブを回し扉を開けた。

 気配の感じられない狭い部屋の真ん中で、佇む者が一人。ひっそりとした空間で、ひしと目が合う。

 マーシャはその瞳を見つめながら告げる。

「手筈通り、順調に計画は進んでいます」

 部屋の中にいた者はゆっくりと頷く。

 衣擦れだけを聞いたマーシャは続けた。

「万全を期すため、お力をお借りしたいのですが……」

 日の当たらない暗い部屋で聞き手は頷き、魔法を唱える。腕を持ち上げ、掌をマーシャに向けた。

 動悸を感じ、唇を引き結んで目を瞑る。

 マーシャは包み込むような魔力に体を預けた。

 淡い光を伴いながら、目の前の者は告げる。

「効果は長く続きません。慎重に行動してください」

 マーシャが言葉を受けて顎を引いた時には、光は霧散し部屋中に暗がりが満ちた。

 一人残されたローブを纏う者は、真っ直ぐに前を見つめ、誰もいない虚空に向かって静かに祈った。

 ドアがひとりでに開き、ささやかな風が通る。


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