第11節 夕餉には坩堝に
夕暮れ時の差し迫った学院が、褐色に色を変えて佇む。吐き出した溜息さえ染めてしまうような夕日が、波打つ山脈の谷間から覗いている。
僕らは研究棟凍結の件で管理局に軟禁され、暴走主の代わりに事情聴取を受けていた。
魔力の違いから凍結の容疑は晴れたものの、爆発による建物の損壊は言い逃れできない。
問題を発見して管理局を待たなかったこと、解決のために必要以上の高火力魔法を使ったこと。そして、凍結の主であるルリが見つからなかったこと。
僕らは輝かしいはずの入学初日から、尋問と叱責を受け、聞いたこともないほどの急転直下の転落を迎えた。
金位を剥奪されなかっただけマシだが、子爵家の看板に泥を塗る形となってしまった。
「気にすることありませんよ、私たちは正しい行いをしたのですから」
クィーラは気遣った様子でドーラに声を掛ける。
だが、ドーラはひどく落ち込んでいる様子だ。許せない自分の非を深く内省していた。
「申し訳ありませんでした。私の力が拙いばかりに……」
僕はぎこちない主従二人の様子を居たたまれない気持ちで見ていることしかできない。
管理局から解放された頃にはすっかり日が落ちていた。夕暮れが終わりを告げ空を黒く染める。
学生の数もまばらになり、日中の活気はない。
舗装された石畳の上を歩く。脇には花壇が植え込まれていた。
昼間に優雅だと思った景色は、心の機微に敏感に反応してその姿を消してしまう。
僕は二人が歩く暗い夜道に視線を落とし、付き従いながら管理局とのやりとりを思い出す。
奇妙なことに、管理局はルリを知らなかった。
冷酷な態度で理事長のマーシャはこう告げた。
『そんな生徒がいることは承知していない。こちらが公表するまで、事件のことは口外しないように』
彼女は学外の存在だったのだ。
僕ら三人は食堂で夕食をとることにした。気が付けば昼間から何も食べていない。
若い学生が多い学院では、食堂が常に開放されている。自炊もできなくはないが、そんな生徒は少数派だ。
食堂内は多くの生徒が机を囲い、賑わいを見せる。僕らが来るやいなや、何人かが声を潜めた。好奇な視線がこちらを向く。
今日の騒動は学院中の知るところとなったのだろう。その変な空気感を、一番気にしているのはドーラだ。
彼女は常に無口だったが、いつも以上に硬い表情をしていた。
僕は少し心配になってドーラに言う。
「……気にしないでください、とまでは言いませんが、気にしてもしょうがないこともあります。
……ドーラが気にしていることを、クィーラは気にしていますよ」
彼女の黒い瞳が僕を見た。
いつもと違う控えめな態度。
普段の様子に早く戻ってほしくて、僕は続ける。
「あの魔法、すごい完成度でしたよ。威力も魔力制御も、旅の初め頃と比べたら見違えるようです」
建物を損壊させてしまった自分の魔法を、彼女は今どう思っているのだろう。人を傷付けたわけではないにしても、主人に汚名を着せてしまった。
彼女はそれをずっと心に留めるつもりだろうか。
ドーラがしてくれたことは親切以外の何物でもなかったというのに。
僕は彼女に告げた。
「結果はどうあれ、人のためにしたことなら胸を張るべきです。落ち込むようなことじゃありません。
クィーラも僕も、ドーラの魔法が大好きなんですよ」
自ら給仕することを望んだクィーラが、自分の夕食を持って歩き出した。その背中を追いかけるように僕らも歩き出す。
僕はドーラに自分の魔法を嫌いになって欲しくなかった。自分の個性に躊躇いを覚える必要はない。
ドーラをちらと僕は振り返る。一瞬だけ間を置いて、彼女はふいと顔を背けた。
「やっぱり、外道……」
「え?」
その声が聞き取れず、僕は尋ねる。
ドーラは再び向き直ると淡々と答えた。
「いえ……なんでもありません。お言葉、ありがとうございます」
少しは元気を出してくれただろうか。彼女の実直さには目を張るばかりだ。
クィーラはパンと豆のスープという質素な食事を運んだ。
旅の道中、食事の時は毎回そうだが、いつも僕は全員分の食べ物を魔法で検査する。中に異物や毒が混入されていないか、グラスや器に仕込みがないかを確認していた。
どんな優秀な冒険者でも、旅に完璧な安全などありえない。食事中といえど、いくら備えても足りないくらいだ。
確認を終えるとクィーラが必ずこう言う。
「ありがとうございます、それでは、いただきましょう」
その号令を以て、食事を始める。
旅が始まってからなんとなく決まった約束事。食事はみんなでとる。なにがあっても。そして主人と従者関係なく食卓を囲む。それがクィーラは好きだった。
ここは魔物が潜む平原でも山岳でもない。警戒もなしに心置きなく食事がとれることが幸せだった。
旅は色んなことを教えてくれる。
僕はこんな時でしか聞けないと思ったので、意を決して尋ねることにした。
「……あの、クィーラ」
スープを口に運び終えた彼女は、ナプキンで口を拭う。
不思議な顔をして僕の言葉を待つ。
「今朝は気が利かず、すいませんでした」
講義の前を思い出す。
みんなが群がるのにかこつけて男子生徒が集っていた。
ドーラが言葉だけで追い払っているのを僕は後ろで見ていることしかできなかった。
クィーラは目をぱちくりさせてから、慌てて返事をする。
「謝る必要はありません、少し対応に困っていただけなので……。
それより、声をかけていただけただけでも私は感謝しています」
僕はクィーラの言葉に頷く。
それは本心なのだろうが、なんとなくあの時の心情と合致しない気がしていた。困ると言うよりは、むしろ不満を露わにしていたような。
何かを誤魔化しているのだろうか。再び僕は尋ねる。
「ですが、なんだか他の理由で苛立っていたような……」
あの時は確か、ドーラと談笑していた時の事だった。
僕の頭を小突いた風の魔法。振り返ると、不服そうな彼女の顔を僕は見た。
男子生徒に囲まれて困っている、だから助けて。
………そういう意味合いとは少し違うような気がした。
「口を尖らせていたような気がするのですが……。
何か失礼があったのならおっしゃってください!」
パンをちぎっていた隣のドーラがぴくりと反応する。
逆に、クィーラは言葉を受けて一瞬硬直した。背をちょっとだけ丸めて、髪を耳にかける。
久しぶりに見た彼女の癖だ。
目を左右に泳がせながら言葉を探す彼女。
おろおろしながらクィーラは答えた。
「そ、そんな、失礼だなんてこと、ありませんよ……」
この人、隠し事が相当下手だな。
不躾なことを考えながら、僕はなおも食い下がった。
「なにか僕に不備があるなら教えてください。学院の宿舎でも、どうも様子が変だったので……」
昨日の部屋を案内された時もそうだった。
明らかに不満がっていたのにその理由を明らかにしない。
僕とドーラの二人は使用人部屋として同室だったが、クィーラは一人部屋で何の問題もなかったはずだ。
耳が真っ赤になったクィーラはドーラを見るがドーラは俯いたまま小さく震えているだけだった。
うわずる声でクィーラは否定する。
「不備なんかありません! 私が迷惑ばかりかけてないか、逆にそちらが心配で………!」
さらに彼女は続ける。
「ささ、最近は私、長旅で疲れていたのかもしれません! 全然、お気になさらないでください!」
彼女は無理やり会話を終わらせようとしていた。
手を真っ直ぐにこちらへ向けて、顔を逸らす。
ここで僕が引き下がっていいものだろうか。多少強引にでも聞き出さないと、彼女にまた不快な思いをさせてしまうのではないか。
人とぶつかってこなかった僕はその辺のことがよく分からなかった。だから今苦労しながら彼女に訊いているのだ。
中途半端では終われない。僕は更に食い下がる。
隠しているもの、それを教えて欲しい。
「気にします! 僕らは旅をしてきた仲間なんですよ!
研究棟の地下にいた時だって、初めて会った彼女に凄く怒っていた!」
ルリを抱きかかえた僕を見て、驚愕していた彼女。挨拶と同時に対抗心を燃やしたような態度を見せていた。
いつもの彼女らしからぬ行動の数々を伝えると、彼女は手に持っていたスプーンを落とし甲高い音を鳴らす。
言葉が喉に詰まっているのか、中々声を出さない。
そのままクィーラは両手で顔を隠してしまった。
僕らのやりとりが食堂内の注目を集めてしまう。
だけど聞いておきたかった、彼女の気持ちを。
「なにがあったんですか、クィーラ。僕に君の気持ちを教えてください!」
表情の見えないクィーラ。
震えるような小さな声で告げた。
「…………………………言えません」
煙が出そうな彼女は、まだ抵抗を見せる。
本心を晒したくない気持ちは僕にもわからなくもない。
だけど、僕はなんとしてでも己の不甲斐なさを取り除きたかった。
「お願いです、理由を教えて下さい!」
臨界点を超えてしまいそうなクィーラは、消え入りそうな声で言う。
「無理です……………………教えられませんっ」
僕はどうしてそんなに彼女が頑ななのか分からなかった。
もしかして、本当に説明できない感情なのか?
あの堂々たる彼女がこんなに縮こまってしまうほど、複雑な気持ちの波があるというのだろうか。
身を乗り出した僕と俯き顔を隠すクィーラ。
僅かにテーブルの上のスープが波打つ。
突然、堰を切ったような笑い声が聞こえた。
隣に座っていたドーラが声を上げて笑う。
「あはは、もう、やめて下さいっ、あはははっ」
お腹を押さえ笑い転げる苦しそうなドーラ。
こんな彼女の姿は初めて見た。
真剣な話し合いをしていたつもりだったのだが、そんな面白いやりとりだっただろうか。
ドーラは顰蹙を買いそうなほど、ひーひー言いながら涙を流して笑う。
赤面した顔をひた隠して沈黙するクィーラ。
僕はこのカオスな状況に酷く混乱していた。何がなんだか、分からないことだらけだ。
旅は色んな事を教えてくれるが、この経験がいつか役立つ時が来るのだろうか。
止めどない疑問の洪水が僕の頭を支配する中、ドーラの幸せな笑い声はしばらくの間続いた。




