病町6
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「…何からお話すればいいでしょう。今回の事は単純ですが、ややこしい事なのです」
「どこからでもかまいませんよ。我々警察は市民の味方。困っている方の手助けになれるのなら、何でもいたします」
「ありがとう。こういう場所へ来るのは初めてで。心配していたのですが、どうやら良い方に巡り会えたようだ」
「俺たち二人は警察の中でも暇な方で。こういう厄介な相談事の担当ですから…」
「おい、余計な口をたたくな」
「すみません」
「…で、わざわざ署に来てまでご相談というのは」
「その前に、これから話すことは内密にしていただけませんか」
「いいでしょう」
「私は二週間ほど前、ある一人の患者さんと出会いました。今思えばそれは運命だったのかもしれない。とにかく彼に出会ったことは、私にとって重要な意味を持っていました。彼は若いが物忘れに悩んでいました。曜日を忘れる、大事な約束をすっぽかす。彼は自分がアルツハイマー型認知症の一種なのではないかと心配していました。しかし私はそうは思わなかった…」
「なぜです?」
「彼が私の病院へ来たからです。あの町へやって来たから」
「…それがなぜ」
「とにかく私は彼には何か別の、特異な原因があると思いました。ただの病ではない、なにかがあると。私は彼にいくつか質問をしました。彼は熱が出る前までは非常に健康で、病気とは無縁の生活をしていました。特に常用している薬もなく、その日主治医からもらったという頭痛止めも普通の成分でした。なんの異常もない。そして最後に採血をし、私の診察は終わりました」
「で、原因はわかったのですか?」
「私はあるひとつの予感を確かめるために、彼の血液を精密に検査しました。…そしてそれはあったのです」
「なんです?」
「ホロフロム」
「ほろ…?なんですかそれ」
「ある医者が偶然発見した、物忘れの原因物質です。脳に直接働きかけ、人の記憶を忘れさせる、あるいは消すといったほうがいいかもしれない。はっきりしたことは分かりませんが、少なくともデータの上ではそういう能力があると思われる。…とにかく彼の血液から微量ですがそれが見つかったのです」
「それで?」
「問題は大きく二つあります。一つ、ホロフロムは自然界には存在しない物質だということ、つまり人工的に化学操作をしなければ作り出すことのできないものなのです。そしてもう一つはそのホロフロムはまだ発見されたばかりで、学会はおろか、世界中どこにも公表されていない極秘物質だということ。それを作り出す方法は誰も知らないはずなのです。…発見した医者以外は」
「なんでそんなものが…」
「ひとついいですか。院長先生」
「はい」
「あなたはなぜその極秘物質とやらを確認できたのですか。発見者以外知らないはずだとおっしゃったが」
「もちろん分かりますよ。私が見つけたのですから」
「えっ、じゃああなたが」
「そう私が実験の最中偶然発見したのですよ」
「なぜそれが彼の血液に?」
「考えられるのは、彼が接種した何かの中にホロフロムが含まれていたということです」
「何かってなんすか?」
「つまり、院長先生。あなたは、理由はともかく誰かが、彼に極秘物質ホロフロム入りの何かを接種させて記憶を操作しようとしている…とこうおっしゃりたいのですか?」
「…はい」
「…ううん、なんとも」
「信じていただけるとは思っていません。ですが、こうしている今も私が発見した物質で身体を蝕まれている人がいると思うと、どうしても助けたくて」
「いくつか質問をいいですか」
「はい」
「まず、その患者さんの中にホロフロムとやらが本当にあるとして、犯人はどうやってそれを入手したのですか。製造方法はともかくその存在自体も知られていないはずなのに」
「…それは私にも」
「まだあります。患者の中からホロフロムが発見されたのは、あなたと出会った日、つまり二週間ほど前。院長先生はなぜ二週間もこのことを黙っておられたのですか。あなたは先ほど彼を助けたいとおっしゃった。ならなぜすぐ知らせなかったのです。どうして今頃になって…」
「それには理由があります。まずこのことを他の方に話すということに抵抗を感じていました。ホロフロムは何度も言うように極秘のもの。人の記憶を自在に消せるかもしれない物質があるなんて、公にするのがはばかられました。…まあ公にする前に今回悪用されてしまったともいえるのですが。とにかくあまり事を大きくしたくなかったというのがひとつ。そして…私は彼の血液を検査したとき、もう一つの発見をしたのです」
「発見?」
「彼は生まれもってホロフロムの抗体を持っていたのです。今までホロフロムにはその力を抑える抗体が存在していませんでした。少なくとも私の研究では作ることができなかった。彼はそれを持っていたのです。そんな人がいるとは想像もしていませんでした。私はこの二週間その成分を詳しく分析し、ホロフロムのワクチンともいえる物質を作ることに成功しました。そして自分一人の力では彼を救いきれないと考え、心を決めてこちらへ伺ったのです」
「では、あなたも容疑者として考えなければなりませんね」
「え?」
「動機はともかく犯人がその患者に何らかの思惑をもち、犯行を思い立ったとする。あなたは発見したばかりで詳しく人体への効果の分からない極秘物質を持っている。その患者にホロフロムを投与することで、犯人は患者にダメージを与えることができる。あなたは代わりに人体実験ができ、効果を確認することができる。おまけに極秘物質であるから、黙っていれば証拠も残らない。一応二人の利害は一致するようですが」
「それは。確かにそう思われても仕方がないかもしれない。現に私は初めてホロフロムの人体への効果を目の当たりにした。偶然見つかった抗体を使ってワクチンも作った。それを人体実験というように言われれば、何も反論はできません。ですが私は誰かと共犯になってそんなことをしたのではありませんし、ホロフロムのことを他言したこともありません。第一、共犯だったらわざわざ自分から警察なんて来ないでしょう?」
「仲間割れして向こうに罪をなすり付けようとしているのかも」
「あるいは、あなたの単独犯という可能性もありますが」
「そんな」
「まあとにかく、まずはその患者に会ってみるしかないか。」
「そうですね」
「お願いします。…彼が心配だ」




