エミリオの悲劇とアレックスの後悔
前話の続きです。ここからが本番。
「まさか、僕が母方の従兄に命を狙われてただなんて。さすがにあの時はビックリしちゃいましたよ」
エミリオは苦笑いをした。
『ハルソラ』通りの未来が来ないように慎重に調査した結果、エミリオは事故という形で暗殺されかけていた事が判明したのだ。
エミリオとジークは双子だが、エミリオは両親から侯爵家を、弟のジークは母方の伯父が子供を残さないまま亡くなった為、現在祖父が持っている伯爵家の爵位を受け継ぐ事が決まっていた。
それを面白く思わなかったのが、エミリオ達の母の姉が生んだ従兄弟の一人だ。
従兄は双子よりもかなり年上だったが、伯母の嫁ぎ先が男爵家だったため、血筋の良さからジークに爵位を譲ると祖父が決めたのだ。
「ジークを狙ったらすぐに自分が疑われるから僕の方を殺そうだなんて、姑息ですよね?」
エミリオが死ねば当然次男のジークが侯爵家の跡取りとなる。
『ハルソラ』の世界では実際にジークが侯爵家の跡取りとなっており、ジークが継ぐはずだった伯爵家の事については触れられていなかった。
ケビンの時と同じように不審に思ったアレックスが提案し、王家と共に調査を進めた結果、エミリオたちの従兄の不振な行動に行き当たったのだ。
「ホント酷い話よね! エミリオが無事でよかった」
ベルヴィアの言葉にケビンとアレックスも頷く。
「エミリオはエロいけど、俺たちの大事な仲間だからな。殺されなくて良かった」
「あの時は、ケビンの家の事が先にあったから、エミリオがいなくなって誰が一番得をするかを考えたんだ。君が助かって心底ホッとしたよ」
ベルヴィアたちの眼差しは、エミリオへの思いやりに満ちていた。
創作活動を通じて潜り抜けてきた、数々の修羅場。
そして、成功した時の溢れ出る喜び。
ベルヴィアとエミリオは大抵周囲がドン引きするような事ばかりやらかすが、それを苦笑いしながらも支えるアレックスとケビン。
彼らは誰一人として欠けてはならない大切な仲間なのだ。
「皆さんありがとうございます」
エミリオは彼にしては珍しく、ちょっと照れたように微笑んだ。
「死ななかった事もそうなんですが、僕は皆さんに出会えて本当に幸運でした。
僕の両親は、僕がゲームの通り死んでた方が良かったと本気で思っているような人たちですから」
『ハルソラ』の中では、ジークが「お前の方が死ねばよかったのに……!」と罵られていた。
だが、その役目は何故か今はエミリオになってしまっていた。
最初はベルヴィアの書いた『ハルソラ』の小説を読んだ双子の両親であるディサート侯爵夫妻は、
『私達が息子にそんな酷い事を言う人間だというのか!! 名誉棄損だ!!』
と、物凄い剣幕で予言書を発見したアレックスとランバート公爵家、『ハルソラ』は予言書だから対処しろと命令してきた王家に対して抗議してきた。
当然そうなるだろうと予測はしていたが、その怒り方が尋常ではなかったため、国王、王妃を含む面々は頭を抱えた。
王家は、紛れもなく天才なアレックスの存在を重要視している。
実際にアレックスは斜め上ではあったが、ラベンディーア王国をオタク大国へと改変し、大陸一の経済大国へと押し上げ始めている。
当時のラベンディーア王国は、平和ではあるが周辺諸国の中で、特別強い立場にある訳ではなかった。
大きな弱点もなかったが、他国に対して強く出れる強みもない。
もし戦争が起きたとしたら、王家が人脈を駆使して他国と同盟を結ぶなりして上手く立ち回らなければならなかった。
だが、アレックスは幼少時から創作魔法、既存魔法の改良の分野で才能を発揮していた。
特に光魔法と火属性の魔法が彼の得意分野で、回復魔法の呪文の短縮化、火魔法の改良による軍事力の強化。
庶民でも簡単に利用できる魔道具の開発による、国民生活の向上。
ゲームを作り始めてしまう前から、アレックスは王家その他有力貴族の間から絶大な高評価を得ていた。
そして、そういった生活用の魔道具やゲームを輸出する事により、現在ラベンディーア王国は大陸内での発言力をどんどん高めている。
そんなアレックスの事を嘘つきだと罵るディサート侯爵は、ラベンディーア王国の王国騎士団長である。
侯爵が脳筋だとの噂は前々からあったが、ここまで空気を読めないとは正直誰も思っていなかった。
国王はディサート侯爵を騎士団長の座から降ろす事も検討していた。
しかし、ディサート騎士団長の剣の腕前はこの国最強であり、騎士団の人間たちには非常に人気がある。
そんな侯爵を無理矢理引きずり降ろせば、今度はその原因となったアレックスとランバート公爵家が騎士団から反感を食らう事になるだろう。
そして息子であるエミリオとジークの事も考慮した上で、様子見をするという事で侯爵の更迭は見送られる事となった。
「エミリオ、君には申し訳ない事をしたと今でも思っているよ」
アレックスは少し垂れる。
上手く立ち回れる自信があっただけに、アレックスは心を痛めていた。
ジークのシナリオは、世間に広げる分だけはもう少し改変するべきだったと思っているのだ。
「何を言うんですか、アレックス!
我が親ながら、父があそこまで脳足りんだとは僕も思ってませんでしたよ。
僕の両親がどうしょうもないクズなのは、『ハルソラ』を読んだだけでも分るじゃないですか。
あの人たちがクズなのはアレックスのせいではありませんし、むしろザマアと思ってる所もあるんです」
ベルヴィアは知っていたが、当事者であるエミリオはアレックスが今もまだ後悔しているとは思っていなかったので、驚いていた。
「お兄様、ここはやっぱり双子の両親を罵る所だと思うの!」
「さすがベルヴィア嬢! その通りです!!」
「ラノベに登場するクズキャラのテンプレみたいな人達よね、エミリオの両親って」
ベルヴィアは調子に乗って、前々から思っていた事を口にしてみた。
「そうなんですよ! 僕が死ぬかもしれないって本気で怯えているのに、まったく相手にしてくれなかったんですよあの人たち」
エミリオはここぞとばかりに愚痴り始めた。
「うわ、ありえねー!!」
ケビンが叫ぶ。彼はエミリオたち双子の家の事情について、詳しくは聞いた事がなかった。
ケビンは繊細な所があったので、アレックスとベルヴィアが配慮したのだ。
「ですよねー。
アレックスと王太子殿下が不審に思ってくれたからこそ、従兄の所まで調査出来た訳なんです。
それでいざ本当に暗殺計画があって、僕の命が予言書通りに危なかった事が判明しても、
『そんなのは偶然だ!! そうでなければ捏造だ!!』とか、
『わたくしの甥がそんな事を計画するハズがありません! 出鱈目を言って、わたくしの親族を貶めるつもりですか!!』なんて言うんですよ?」
エミリオは両親の声マネを器用にしながら言う。
これが遠い他人事なら吹き出してしまったかもしれないが、エミリオの実話なのでベルヴィアたちは顔をひきつらせた。
「典型的なクズね……」
「あー…。プライド高いんだな、エミリオの親って」
アレックスは直接ディサート侯爵夫妻に罵られた当事者だったため、ここは沈黙を守った。
「それで、渋々事実を認めた後は、何故か僕を罵るんですよ?
『お前がいたせいで要らぬ恥をかかされた!!』
『王太子もランバート家の長男も、最早わたくしたちの敵です!
なのにどうしてあなたはいつまでも彼らと交流を続けているのです!!
わたくしたちを裏切るのですか、エミリオ!!』
あの時はもう、僕驚きすぎて、目玉が飛び出ちゃうかと思いましたよ!」
エミリオはハハハと明るく笑う。
「お兄様はともかく、王太子殿下って、侯爵夫妻の敵なんだ……。すごいわね、エミリオのお母様」
ベルヴィアは顔を引き攣らせた。
「息子の命の恩人なのに、敵な訳!?
殿下とアレックスがいなかったら、エミリオまじでヤバかったんだろ!?」
ケビンはのけぞる。
「ああ…王太子殿下の事まで敵認定か。そんな人間が騎士団長の妻…頭が痛いな」
アレックスは首を横に振った。
「今じゃ、アレックスよりも、殿下の方が両親に憎まれてますよ?
今、両親のお気に入りはジークなんです。
だからジークを侯爵家の跡取りにしたいのに、僕が王太子殿下の親友その2のポジションにいるから、それが出来ないんです。
次期国王の親友で長男の僕を追い出すなんて、それこそよほどの理由がない限り無理ですから。
子供の頃は僕の方が要領よかったから、両親には可愛がられてたんですけどねえ」
「ジークは嫌われてないの? わたし達や王太子殿下とも仲がいいのに?」
ベルヴィアは疑問に思う。
「だって、ジークはキャロル嬢と婚約したじゃないですか。
自分達は『ハルソラ』なんて信じてないけど、世間はアレックスはキャロルを好きだったと思ってるんだから、これはアレックスが恥をかいたのと一緒だって解釈みたいです
敵から女を奪い取った設定のジークは、両親から英雄扱いされてます。馬鹿ですよね?」
「ブハッ!! ここに来てNTR設定が…!?」
ベルヴィアとアレックスは吹いた。
確かに、『ハルソラ』のアレックスはキャロルにベタ惚れしていた。
ジークがキャロルを略奪したのだと考える人間は、意外に多いのかもしれない。
「僕としては、ジークと交代して伯爵家の方を継いだ方が気が楽なんですけどね。
あちらの祖父の方が僕に優しいですし。
でも、両親がアレなせいでディサート侯爵家の財産、かなり減っちゃってるんですよ。
僕なら建て直しも苦じゃないですけど、ジークが継いじゃったら好きな事が出来なくなるだろうなって」
ジークが贔屓されるようになっても、双子の兄弟の絆は揺らぐ事なく健在だ。
むしろ、クズい両親を持ってしまったという試練が、二人の絆を余計に強くしていた。
「ジークもキャロルも領地運営は確かに向いてないわね」
「木刀姉ちゃん、騎士団に入団したもんな。当てにはできないよな」
「将来夫婦そろって騎士団に行くなら、安定した伯爵家の方がジークにはいいだろうね」
ベルヴィアたちはエミリオが気の毒だったが、そこは納得した。
「『ハルソラ』でジークが身体を鍛えるのに必死になっていたの、僕わかるんですよね。
強さを求める事で現実逃避してましたよね、ゲームのジーク。
今は僕も王立学院の学生寮の入ってますけど、子供の頃、あの家にいると本当に息苦しかったんです。
だから、皆さんのゲーム作りに参加させて貰えてとても嬉しかったんです。
家にいても、部屋に籠ってイラストやゲームのシナリオを書いていれば、全てを忘れられましたよ。
人恋しくなったら、アレックスの仕事部屋にお邪魔したらいい訳ですし」
エミリオの言葉にベルヴィアの涙腺はちょっと潤んでしまう。
なんて可哀想な少年なの、エミリオ……!
「そんな理由でエミリオが仕事をしてただなんて……!!
ごめんねエミリオ、わたし、あなたの事単なるエロ少年なんだってずっと思ってたわ…!!」
ベルヴィアは正直だった。
「エミリオ!! 俺もエミリオの頭の中にはエロしかないんだって思ってた!! ゴメン!!」
ケビンも素直に白状した。
「いつでも歓迎するから、エミリオ。これからも何かあったら僕たちを頼ってくれ。必ず力になるよ」
アレックスは優しく微笑んだ。
今、エミリオに対するベルヴィア達の気持ちは一つだった。
自分達だけは、これから何があろうともエミリオの事を助け、支えて行こう。
彼は一生の友達なのだから、と。
だが、エミリオはやはりエミリオだった。
「え? 現実逃避のためだけじゃ、この仕事はできませんよ?
僕のこの、エロスに対する熱い情熱を舐めて貰ってはこまります。
僕は、二次元の美少女たちが心の底から大好きなんです。
子供の頃からずっと、女の子のイラストを描く時は考えていました。
この少女のパンティはいったい何色…どんなデザインなんだろう、と」
仲間たちの涙を裏切る発言を、エミリオはどんどん続けていく。
「王立学院でだって、日夜王太子殿下と共にエロスについて語り合い、来たる日に作成するエロゲーへの準備を進めているんです。
処女作のメインヒロインはどんな少女にするのか。舞台はどこにするのか。
攻略対象は何人にするか。エロシーンはどこまで表現するのか。
やっぱり最初は無難に学園ラブコメって事になりそうなんですが、僕は冒険者の少女がモンスターたちに…って設定も捨てがたいと思うんですよね。
けど、殿下はそれはR21だっていうんです。殿下ってロマンチストな所があるから、そこだけは僕と話が食い違ってしまうんでよね。
でも、そんな殿下も僕が描いたかなりハードでアレな絵をしっかり確保してたりするんですよ?
あ、口がすべっちゃいました。殿下にはこの事は内緒ですよ?」
エミリオはふふっと笑うと、人差し指でしーっと可愛くポーズを決めた。
「…あ、うん。そんな事してたのね、殿下と」
さすがのベルヴィアもドン引きするしかない。
「うわぁ…殿下ってこの国の次期国王でいいんだよな…?」
「ここは、次期国王もオタク文化に対して非常に理解が深いんだなと、そう解釈すればいいんだよ、ケビン」
アレックスの言葉にエミリオは頷く。
「そうですよ。実は僕の立ち上げたあの出版社に、殿下もこっそりお小遣いを投資してくれてるんです。
殿下はとても理解のある、素晴らしい方なんですよ」
「あのエロマンガだらけの出版社ね……」
ベルヴィアは、出版社を見学した時に、女の子の肌色だらけの表紙を目撃してしまった事を思い出す。
「そんな事ありませんよ? ちゃんと少年少女向けのマンガ雑誌だってカムフラージュに作ってますから」
健全なマンガはカムフラージュなのだと、エミリオは堂々と言ってみせた。
「最近、R18な作品が増えすぎてしまったかなと、これでも思っているんですよ?
ですが、これは需要と供給が一致した結果なんです。
世の健全な肉体を持つ男性たちは、常に女性の肌色を求めているのです。
僕の出版社は、そのほとばしる熱い情熱に応えただけ。それだけなんですよ」
エミリオ自身はエロマンガは描いていない。
ベルヴィアが止めたのと、エミリオ自身がゲームを作るのに忙しいからだ。
その為、マンガ家志望の人間を探して試しに描かせてみたのだが、エロマンガは案の定大ヒットを飛ばしてしまった。
そして、印税に心惹かれた者、純粋にエロマンガを描きたがる作家が集い、エミリオの作った出版社は現在とんでもない事になってしまっている。
「殿下も投資が成功して大喜びしています。素晴らしい結果が出せて僕も満足ですよ」
金色の髪をキラキラ輝かせながら、エミリオは満面の笑みを浮かべって見せた。
それはゲームの一枚絵にしたくなるような美しさだったが、ベルヴィアは流されたりはしない。
「エミリオ、エロ本は18歳未満に販売してはいけません。もちろん殿下に渡してもいけません」
「来年は殿下も18歳です。今から準備しておくだけですよ」
「……あやしい」
「ふふ、たまに学生寮で先輩方が、アレな本を持ち寄るような事はありますよ?
そこに僕たち後輩がたまたま訪問する事も。
ですが、それはあくまでも偶然です。事故なんです。
持ち主は18歳になった先輩なんですから、全く問題はありません。合法です」
それを聞いたケビンは顔を赤くしてそわそわし始めた。
ケビンも来年の春には王立学院の学生寮の入る予定なのだ。
アレックスはこの話を止めたかったが、先ほどのエミリオの悲惨な話を聞いたばかりなので、ここまで楽しそうなのに話を遮るのも可哀想だと、色々堪えていた。
そんなアレックスに、エミリオは微笑みかける。
「エロゲーにはちゃんとアレックスの意見も取り入れますからね。
アレックス、どんな女性が好みで、どんな性癖があるのか後でこっそり教えて下さい。
僕、頑張って描きあげてみせますから」
ベルヴィアは思う。
この世の誰も、この妖精君に勝てはしないだろうと……。
エミリオは勿論、ベルヴィアやフィーナのイラストを描く時も、下着の色や形はしっかり設定しながら描いています。
次回は、エミリオの話の続きと、おそらくライアン先生のラブロマンスの噂話になります。




