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第85話 混在

トラウマ並みの過去を聞き、俺たちは山を降りた。


聞きたくもない、だが聞く義務があった、そんな話を聞いて、黙って山を降りた。


石動は、俺もいざという時にはお前の助けとなろう、と姿を消した。


「大方、あの石動という男が話に出てきた頭のおかしな天才科学者なんだろうな。」


鳳が隣で呟いた。


励ましたいと思ってくれているのだろうが、どの言葉をかければ良いかが分からず、そんな分かりきった事を言ったのだろう。


そんなバカな相棒に、笑みをこぼしてしまう。


それを見て真剣な顔になり、俺に尋ねる。


「……母の軌跡を辿り手がかりをつかむはずが、とんでもない鍵を見つけてしまったな…。弾、これからどうするんだ?」


全くその通りだ。


「当てはあるんだ。今クローンを倒してまわることは、得策ではない、かと言って俺に残された時間も短いから、使う事にするよ、鳳。」


「何を?」


「明王軍団だ、だがこれは再編成する。今のままではうちの犠牲者が増えるだけだ、魔眼相手に少し強いくらいの一般人が太刀打ちは出来ない。」


犠牲者は、これ以上出したくない。


今の軍団を編成するにあたり、まぁ残れるのは俺と鳳と白虎の3人くらいだ。


これでは数で劣る。


もっと数が、分裂してでも仕事を成せるほどの強くて圧倒的な数が必要だ。


「どうするんだ?父のように、全国を放浪でもするか?」


「だからあてがあると言ったんだ。歴代明王の3人。彼らには、悪いが俺の…俺たちの計画の片棒を担いでもらう。なに、放っておけば全員死ぬんだ。世界を終わらせるか、自分が死ぬかなら、明王院を背負った彼らなら後者を迷わず選ぶだろう。」


だから次にすべきは、初代から3代目までの3人を引き入れること。


「やるべき事は見えた、樹形図のように、広げれば人脈は広がる。なんと言っても明王だ、お前が思っているよりすぐに編成自体は終わるさ。」


そして一言付け加えておく。


「…今更だが、鳳。お前も俺についてきてくれるか?」


「………放っておけばどの道俺も犠牲者だ、なら歯向かう他ないだろう。やろうぜ、弾。絶対にこの世界を、俺たちで救おう。」


まっすぐなその言葉に、俺は心を打たれた。


「あぁ、勿論だ。」











長崎2日目。


私達は平和記念公園に訪れている。


朝から朝食を食べて、私達はバスに乗り、路面電車に揺られた。


狭い車内は私達皆を乗せるには少し小さかったが、皆の距離が縮んだのは確かだった。


車椅子は、弾君が押してくれている。


ゆっくりとしたペースで、優しさが伝わってくる。


その度に、私はこの優しい少年に殺しをさせてしまった事を、死ぬほど悔やむ。


私が死ぬという手はなかったのだろうか。


何度もそう思ったし、今でも思う。


申し訳なさと嬉しさが入り混じり、気持ちが悪くなる。


だが、それでも、


「大丈夫ですか?」


心配そうに覗き込む彼は、強い。


炎天下の中、平和祈念像の前で手を合わせる。


長崎だけではなく、広島もそうだが、日本は失敗から戦争の愚かさを知っているはずなのだ。


なのに、彼はまだ戦争に巻き込まれる。


この平和な日本で、再び過ちを繰り返そうとする。


「……いつだって、犠牲者となるのは罪のない、全く罪のない人なのです。それが戦争というものです。」


悲しそうに語り部の方が放ったその言葉は、私の心臓を刺激する。


下手をすれば、犠牲者となるのは隣で涙を流している、彼ではなかろうか。


罪もなく生まれ、異端とされ、だが誰よりも優しく、誰よりも自己犠牲を厭わない、強くて恐ろしくて、儚い彼が。


私は彼のいない世界に未練はない。


彼はかつての状況を脱したと思っているが、私の心境自体に変わりはない。


彼の人生が終わる時、私の人生もまた、終わるのだ。


彼はそれではいけないと言った。


だが、どうしても、生きてはいけないだろう。


そしてその私の一言で、彼が生きてくれるのを、切望している。


優しい彼が、その言葉に影響されることを知りながら、ずるく言ったのだ。


語り部の方の話を聞き終えまた炎天下に出ると、スーツを着た女性が1人頭を下げて立っていた。


「なんだ、スーツで来たのか!」


鳳君が嬉しそうにそう言う。


彼は彼女が来たことが嬉しいようだ。


となると、彼女が冴香さんであろうか?


近衛冴香。


鳳会現当主の鳳大輝の側近である、並外れた身体能力の持ち主。


そして……余談だが、可愛くて頭もキレる。


私との差が歴然である。


背後で檀君が、その様子を見てゲラゲラ笑っている。


明るい彼も、素敵だ。


「俺の費用で服を買ってやるから、スーツはやめておけ、仕事じゃないんだから。なんなら敬語もやめてほしいほどだ。」


「……服装のことに関しては、その通りに致します、感謝します。敬語のことに関しましては…善処いたします。」


そう言って、彼女は頬を染めた。


「うん!」


彼は嬉しそうにそう言い、弾君に


「そういうことだから」


と、伝言を残し、冴香さんと駅へ向かった。


宮村さんが面白くない顔をしていたので、いや、私達から見れば面白かったから、私は


「ふふっ、」


と笑みをこぼしてしまった。


彼女…近衛冴香も、彼を愛しているのだろうか。


まぁ、それを知ったところで、私がどうにかできる問題ではないのだが。


「行きますか、桜庭さん。今日はこの後中華街をまわる予定ですよ!」


と、嬉しそうに彼は笑う。


「えぇ!すごく楽しみです!」


私達の関係は、もう、これ以上も、これ以下もないのかも知れない。


でも今は、この優しい彼が、彼との時間が、距離が、なによりも愛おしかった。


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