第83話 夜景
主人である鳳大輝が明るい顔をして帰って来てからもう1週間。
今日まで仕事が残っていた私は遅れて夜行バスで長崎へ向かっている。
1つ上だが、同世代の桜庭美波が居ることで、私も行く決意を固めた。
私だけ年上で、今まで疎外感を感じていた部分はあったから…。
ともかく、私は大輝様のあんな笑顔を見られる事が未だに信じられない。
不敵な笑み、奥に何かを孕み、安心できない表情。
しかしそれは、ある日を境に終わった。
「……負けた…負けたよ!ハハハハッ!!あいつ、ぶっ飛んでるわ!」
そう言って清々しそうにゲラゲラ笑っていた彼の背中は、憑き物が取れたようだった。
黒間弾には感謝している。
彼がいなければ、今の大輝様は居なかっただろうから。
それに、私は大輝様のことを愛しているから、大切だから、今のように自由奔放にしておられる姿は最高だ。
聞けば桜庭美波も黒間弾のことを愛していると言う。
「……どうかしてるな、私も。」
走るバスの中で私は自分が写った窓を見ながらそう呟いた。
1日目、深夜。
俺は鳳を起こし、ある場所へ向かった。
稲佐山展望台。
夜景の名所であるが、本来ならこんな時間には入ることは出来ない。
俺たちはそこまで登っていき、なんとか展望台の上へたどり着いた。
「…やっぱ、バカンスでは終わらせられないか?」
寂しそうに鳳が訪ねてくる。
今や日本一の暴力団の組長とは思えぬほどの温厚さだ、と感心する。
「当たり前だ、俺にはもう時間がない。分からないか、鳳。俺が明王でなくなった時、俺はもう人を殴ることすらできないんだぞ?」
「まぁ、そうだな。」
法が俺を縛るから。
と、この稲佐山にきたわけだが、もちろん夜景を眺める為ではない。
では何故か?
「もう来ていたか、黒間弾。」
輝きを放つ町から離れたこの山のてっぺんの暗がりに、3人目が訪れた。
「…お前が石動か?」
「…俺たちに何の用だ?」
「質問責めはやめてくれたまえよ。」
俺は長崎に到着するやいなや、空港である男にすれ違いざまに耳打ちされた。
“深夜、稲佐山展望台にて待つ、石動より”
振り返れば、手を振り去っていったその男は恐らく手下か何かだろう、少なくとも今目の前にいるこの男ではない。
「で、何の用だ。」
「この長崎出身であるおまえの母がお前の父のもとへ嫁いだ訳だが、あれは俺たちの差し金だ。」
「…どういうことだ?」
そう言えば父と母の出会いは聞いた事がなかった。
というより、聞く術が無かった。
「説明…聞きたいか?」
含みを持たせる。
「…そのエピソードがこれから続く物語において重きを置くならば、聞きたいな。だがなんの意味もない、変哲も無い、ただの出会い話ならば興味はない。」
ただでは引き下がるまいと。
ここで教えてください、と頭を下げれば、石動、だったか、こいつに主導権を握られる。
ましてやまだこいつが何者かすら手がかりもないのだ。
……名前くらい、勝又に聞いておくべきだったか?
「…流石だ、明王。だが浅いな。あえて言うとこの話はお前の今後に多いに関係する。今から話すのはお前の父と母のラブストーリーなんかでは無い、お前の父が犯した、禁忌の物語だ。」
禁忌…?
風がざわつく。
背筋がゾッとする。
俺はふと、とんでもない想像をしてしまった。
「……お前、親父の仲間か?」
「…あぁ、だがお前の味方では無い。敵でもないがな。」
背景にある光輝く街も、少しずつ暗くなってゆく。
ただ目の前に2つ、淀んだ紫の光が、不気味に輝く。
「…大体は分かったが。」
「お前の予想と真実の、間違い探しと行こうか。」
2つの不気味な光が、消えた。




